第97話 王宮は魑魅魍魎の伏魔殿
王宮の謁見の間は息が詰まるほどの静寂と、大理石の床に反射するシャンデリアの冷たい光に満ちていた。
玉座に鎮座するレンデモール四世の顔に、戸惑いと苦悩の色が浮かんでいる。
俺たち勇者一行は、リュカたち一行とパーカッション爺さんと共に王の前に恭しく頭を垂れていた。
……まあ、俺は内心、床の大理石の模様を数えながら、早くこの茶番が終わらねえかと欠伸を噛み殺していただけだがな。
重い沈黙を破ったのは、リイナの凛としていて怒りに震える声だった。
「父上! なぜ黙っておられたのですか! 私の身に巣食う呪いの正体が父上の兄君……グリーンウェル叔父上であったことを! そしてその原因が、この国の貴族による卑劣な陰謀であったことを!」
リイナの魂の詰問に、王はただ目を伏せるだけだ。
すると玉座の横に控えていた、けばけばしいドレスに身を包んだ女が、扇子で口元を隠しながら甲高い声で口を挟んできた。
「まあ、リイナ姫殿下。お言葉が過ぎますわ。マーサから全て聞き及んでおります。あれはただの可愛らしい姉妹喧嘩ではございませんか。それをさも国家を揺るがす大事件のように騒ぎ立て、政局に利用しようとなさるなど……第一王女として、あまりに見苦しい振る舞いですわね」
第三王女マーサの母、第二夫人マリッサだ。瞳は蛇のように冷たく、ねちっこい光を宿している。
「それにグリーンウェル様の名を騙るなど、不敬にも程がございますわ。彼の御方は反乱を企てた罪で歴史から抹消された大罪人。そのような方の名を口にすることすら、この国では禁忌とされておりましょう?」
(ははーん、こいつ、全部知ってて白々しくとぼけやがってんな。ていうか姉妹喧嘩で片付けようとしてるあたり、自分の娘がガチのサイコパスだって気づいてねえのか? 親の欲目ってやつは恐ろしいぜ)
第二夫人の毒に満ちた言葉はさらに続く。矛先はなぜか俺へと向けられた。
「大体、リイナ姫殿下も人が悪うございますわ。ご自分の主張を通すために、あのように素性の知れぬ、下劣極まりない男を勇者などと祭り上げ側に置くなど……。見なさいませ、あの男の顔を。欲望と劣等感だけで構成されたかのような卑しい顔つき。このような男が側にいては、王家の権威も地に落ちるというものですわ!」
(なんで俺に飛び火してんだよおおおおおおお!)
俺の内心の絶叫も虚しく、第二夫人の言葉に同調するように、周りに控えていた貴族どもがヒソヒソと俺を指差して笑い始めた。
「確かに、あの男が勇者とは……。猿を玉座に据えるようなものだ」
「聞けば、武闘大会では卑劣な手ばかり使っていたとか。品性が疑われるな」
「王女様も男を見る目がないのでは? あのような下賤の者に誑かされて……」
クックック……いいぞ。もっとやれ。
ただし嘲笑の輪の中で、数人の貴族は違う反応を示していた。特に列の端に立つ若い貴族は、ゴクリと唾を飲み込み、俺の姿を値踏みするように観察している。
(あの男……武闘大会での勝ち方は異常だった。下劣? 品性? 笑わせる。あれは我々の理解を超えた『何か』だ。エルグランド公爵が肩を持つというのも腑に落ちん。今は第二夫人派についておくのが得策だが、万が一の保険として、あの勇者とのパイプも作っておくべきか……?)
(おっ? 1人だけ分かってそうな奴がいるじゃねえか。まあいい、どっちにしろ全員、後で俺に土下座することになるんだ。俺に突き刺さる貴族どもの侮蔑の視線。王の困惑した眼差し。そして俺にジト目を送る仲間たちの顔。ああ、たまらねえ。この四面楚歌な状況、最高にゾクゾクするぜ。さあ、どうする? ここで俺の『リア充絶対殺すマン』を発動させ、この場にいる貴族ども全員を恐怖のあまり失禁させてやるか? それともあえて黙り込み、この後の展開で手のひら返しさせて、土下座させるか? どっちも最高に愉快な展開じゃねえか!)
俺がどちらのルートを選ぶか至福の悩みに身を捩っていると、隣でリイナが強く拳を握りしめているのが分かった。
(黙れ、この女狐が……! セイヤは下劣で、どうしようもない男だ。だが、あいつが命を懸けて仲間を、民を救ってきたのを私は知っている! お前のような安全な場所から他人を貶めることしか能のない女に、セイヤを語る資格などない!)
リイナは口を開きかけた瞬間、父である王の苦悩に満ちた表情が目に映る。
(……いや、ここで私が感情的になっては駄目だ。父上をさらに追い詰めるだけ。今は耐えろ、リイナ・レンデモール。王女として感情ではなく、事実で奴らを追い詰めるのだ……!)
リイナが激情を理性の奥に押し込めたていると、予想外の方向から助け舟が出された。
「……皆様、お言葉が過ぎるのではないかな?」
静かだが、その場にいる誰もが無視できない重々しい声。
声の主はエルグランド公爵だった。彼はゆっくりと前に進み出ると、第二夫人に鋭い視線を向けた。
「勇者殿は我が娘たちの命の恩人。そしてザッハークの街を魔族の企みから救った英雄でもある。その方を根も葉もない噂で貶めるのは、いかがなものかと」
「なっ……! エルグランド公爵、貴殿! その男の肩を持つのか!」
第二夫人が驚愕の声を上げる。
公爵は構わずに今度は玉座の王に向き直り、深々と頭を下げた。
「陛下。……恐れながら申し上げます。グリーンウェル殿の悲劇……その発端は我が父の代の過ちにございます。歴史から消された忌まわしき罪。ですが今こそ真実を詳らかにし、王家と我が一族が犯した罪を共に償うべき時かと愚考いたします」
公爵の覚悟を決めた声が謁見の間に重く響き渡る。
王は目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
「……全て、知っていたのか」
「は。……陛下も全てをご存じの上で、これまで沈黙を貫いてこられたのでございましょう?」
王と公爵の間に流れる重苦しい空気。
もはや誰もこの流れを止めることはできない。
リイナは父の苦悩を察しつつも、最後の楔を打ち込むように自らの推論を口にした。
「父上……。マーサは叔父上の力を利用し、この国を……いえ、この世界を意のままにしようとしています。彼女は今、叔父上の魂を完全に復活させるための、最後の儀式を行おうとしているはずです!」
リイナの悲痛な声が響き渡った刹那。
ガシャーン!
謁見の間の巨大なステンドグラスが、凄まじい音を立てて粉々に砕け散る。
夜の闇を背負い、逆光の中に浮かび上がったのは2つの人影。
「ごきげんよう、お姉様。そして、愚かな父上と母上」
宙に浮かぶマーサ王女が憎悪を込めた笑みを浮かべていた。
隣には侍女アルディスが控えている。
「儀式の準備は整いましたわ。さあ、始めましょう? この腐った世界を絶望で塗り替えるための、最後の祝宴を!」
マーサがそう言って高らかに笑うと、王都の上空に禍々しい紫色の巨大な魔法陣が不気味な光を放ちながら浮かび上がった。




