第96話 英雄は愛に堕ち、絶望に沈む
王都冒険者ギルドが誇る飯屋の一番奥まったテーブル席は、異様なほどの静寂と、それ以上に異様なメンバー構成によって周囲から完全に浮いていた。
勇者一行と、黄金のナイト一行。ここまではいい。問題はそんな中心で伝説の大魔導士が、孫どころかひ孫の世代の若者たちに囲まれ、プルプルと子鹿のように震えていることだ。
「……パーカッション殿。ふざけている場合ではない」
リイナがピシャリと冷たい声で場の空気を引き締める。
彼女の瞳には王女としての覚悟と、自らの呪いの根源に迫ろうとする強い意志が宿っていた。
「貴殿は、私の身体に憑いているというグリーンウェルという男を知っているのか? リュカ殿たちの調査で、貴殿が彼と浅からぬ仲であった可能性が浮上したのだ」
リイナの真摯な問いに、リュカが懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
そこに描かれているのは陽光のような眩しい笑顔を浮かべた若き日の王子と思われる青年と、その隣で少し困ったように親しげに笑う、今と寸分違わぬ姿のパーカッション爺さんだった。
「じいさん……なんでここに写ってんだよ! しかも、隣のイケメン……どこかで見たことあるような……」
俺が首を傾げていると、リュカが重い口調で解説を始めた。
「この肖像画は25年前に描かれたものだ。描かれているのは当時『賢王子』と謳われた、第一王子グリーンウェル殿……そして、その側近であったパーカッション殿だ」
「「「なっ⁉」」」
俺とアンナとカレンの声が見事にハモった。
リイナはただ、息を呑んで肖像画を見つめている。
レイラは……うん、俺の皿から唐揚げを一つ拝借している。後で説教だ。
「グリーンウェル……。私の身体に憑いている男と同じ名……。まさか、叔父上……?」
リイナの震える声に爺さんはついに観念したのか、ふぅ、と深く息を吐いた。
爺さんの顔から、おどけた表情が消え、かつて英雄と呼ばれた男の深い苦悩と叡智の色が浮かび上がる。
「……儂も、もう隠し立てはせん。あれは……今から25年ほど前の話じゃ」
爺さんは遠い過去を懐かしむように、ゆっくりと語り始めた。
「当時のグリーンウェル殿は、まさに王国の太陽じゃった。誰もが彼こそが次代の王にふさわしいと信じて疑わなかった」
(へえ、あのインテリヤクザのおっさんが、そんな絵に描いたような王子様だったとはな。信じられねえぜ)
「だが彼は王位を弟君に譲り、自らは別の道を選んだ。……長年、人間と対立していた魔族との真の平和を築くという道をな。お相手は魔族の女王、マリア様じゃ」
なん……だと? 亡き妻マリアが魔族の女王だっただと⁉
「……あれは政略結婚などではない。2人は、ただ純粋に愛し合っておった。種族の壁を越えて互いの魂で惹かれ合っていた。儂も何度か2人の姿を見かけたが……それはもう、眩しくて直視できんほどじゃったよ」
(ちくしょう……! なんだよその少女漫画みたいな展開! 王子と女王の純愛だと⁉ しかもガチの両思い! 羨ましすぎるじゃねえか! どうせ夜は毎晩、エルフ特有の敏感な身体をアンアン言わせてたに決まってんだろ! このリア充が!)
俺が内心で嫉妬の炎を燃やしていると、爺さんの声が一段、低くなった。
「だが……その純粋すぎる愛が悲劇を呼んだ。人間至上主義を掲げる貴族どもが、2人の仲を裂こうと陰謀を企てたのじゃ。……結果、マリア様は暗殺され、その罪は魔族になすりつけられた。グリーンウェル殿は王国から存在を抹消され、彼に関する文書も肖像画も全て破棄されたのじゃ」
「……!」
リイナが息を呑む。俺も、アンナも、カレンも、リュカたちも、言葉を失って爺さんの話に聞き入っていた。
「最愛の妻を失ったグリーンウェル殿の絶望は計り知れんかった。彼の強大すぎる力は憎悪によって暴走し、もはや人の手には負えん、世界そのものを破壊しかねない『災厄』と化した。……儂は親友として、そして魔導士として、決断せねばならんかった」
爺さんは一度言葉を切り、深く息を吸い込んだ。
爺さんの目は過去の自分を断罪するかのように、暗く淀んでいた。
「……儂は彼の魂を封印したのじゃ……。親友を救うため、そして世界を守るため……そう自分に言い聞かせたわい。じゃがな、本当は……怖かったんじゃ。最愛の妻を失い、世界全てを憎む、あの友の姿を見るのが。彼の絶望と正面から向き合うことから、儂は逃げただけなのかもしれん。世界の理不尽に、友の魂と儂の罪の全てを押し付けてな……」
重い沈黙がテーブルを支配する。
リイナはただ唇を固く結び、俯いていた。
「それがマーサ王女の母親の策で、リイナを媒体して蘇ろうとしていたわけ……か」
「……セイヤさん、なんだか今回の話、笑えませんね」
「もぐもぐ……。こういう時、どんな顔をすればいいか分かりません」
カレンとアンナとレイラの囁き声が、やけに大きく聞こえた。
そうだ。笑えねえ。笑えるわけがねえだろ。
「ちくしょう……」
俺はテーブルをドン、と拳で叩いた。
「畜生じゃねえか……! そんなの、あんまりだろ……! ふざけんじゃねえ……! 俺は見てきたんだよ! 机の上で! 体育倉庫で! 自分の欲望のためだけに女を貪る、クソみてえなリア充どもをな! あいつらと……グリーンウェルのおっさんの愛を一緒にするんじゃねえ! おっさんは本気だった! 種族とか立場とか、そんなもん全部乗り越えてたった1人の女を愛したんだ! それが……! それがなんでこんな結末にならなきゃならねえんだよ! こんな悲劇があっていいわけねえだろ! こんな運命にした神なんざいたらぶん殴ってやる!」
俺の言葉に仲間たちがハッと息を呑む。
「その貴族ども、どうなったんですか?」
「……グリーンウェル殿の手によって、全員、塵も残さず消滅したわ」
レイラちゃんの問いに、パーカッション爺さんの声が沈む。
「……そうかよ」
俺はそれ以上、何も言えなかった。
ただ胸の奥からどうしようもない怒りと、悲しみが込み上げてくる。
リア充は嫌いだ。だが、こんな悲劇的なリア充がいてたまるか。
「……叔父上も、マリア様も、そして私も……。ただ、運命に弄ばれただけだというのか」
リイナの震える声に俺は立ち上がった。
「違う!」
俺はリイナの肩を掴み、無理やり顔を上げさせる。彼女の瞳は絶望の涙で潤んでいた。
「運命なんかじゃねえ! これはクソみたいな人間の嫉妬と差別意識が生んだ、ただの人災だ! だったら俺たちがやることは一つしかねえだろ!」
俺は仲間たちを見回し、そして天を衝くように拳を突き上げた。
「グリーンウェルのおっさんを、この呪いから完全に解放する! そしてこの悲劇の元凶である、腐った連中の思惑を全部まとめてぶん殴る! 純愛を邪魔する奴はリア充以上に、この俺が許さねえんだよおおおおお!」
俺の魂からの絶叫に仲間たちの目に、再び闘志の炎が灯る。
そうだ、俺たちの戦いはまだ終わっちゃいないんだ。
「……で、お会計はセイヤさんが全部持つんですよね? お代払ってきてください」
レイラのブレない一言が、感動的な空気を一瞬で台無しにしたのは言うまでもない。




