第92話 男の友情は時として緊縛される
黄金の光が弾け、俺とフェリックスのおっさんの魂が肉体に戻った瞬間、俺の意識は完全にブラックアウトした。
……そして次に俺が目覚めた時。
そこは見慣れない石造りの天井と、背中に感じるむさ苦しいオヤジの体温だった。
(ん……? なんだこの状況……? 俺、気絶してたよな……? なんか背中があったけえ……。もしかしてリイナか? アンナか? それともカレンか? 俺を心配して、ずっと抱きしめてくれてたのか⁉ グヘヘ、最高じゃねえか……!)
俺が桃色の妄想に浸り、温もりの正体を確かめようと身じろぎした瞬間、全身を締め付ける縄の感触と、背後から聞こえる死んだ魚のような声に現実へと引き戻された。
「……うぅ、腰が痛え……。なんで俺、セイヤと背中合わせで縛られてんだ……。せめて相手は美少女にしてくれよ、神様……」
フェリックスのおっさんだった。
「って! どういう状況おおおおお⁉ なんで俺、おっさんと背中合わせでがんじがらめに縛られてんだよ! 俺とおっさんの純粋な友情が、なぜこんな屈辱的な緊縛プレイに発展してんだ!」
俺の魂の絶叫にリイナたちが「ああ、起きたか」と、心底どうでもよさそうな顔でこちらを一瞥した。
「セイヤさん、おはようございます。朝ですよ?」
「アンナちゃん! どういうことだよ、これ! 俺、何かしたのか⁉」
俺の悲痛な問いにアンナは「うーん」と小首を傾げながら、昨夜の出来事を語り始めた。
***
「……セイヤ! フェリックス殿!」
俺たちが魂のシンクロの果てに相討ちとなり、気絶して床に転がった直後。
「勇者セイヤと教師フェリックスのストレートパンチが同時に決まったあああああああ! 両者ノックダウン! ワン、ツー、スリー!」
カンカンカンカン!
「起き上がらない! どっちも起き上がらない! 一体我々は何を見せられてるのか⁉ ていうか、なんであの2人が互いに殴り合ってKOされてるんでしょう! はっきりと言えるのはマーサ王女とアルディス侍女も巻き添えでKOされたことだけだあああああ!」
シャーロットの実況が響き渡る中、リイナたちがポカーンと呆然としていると、ホールの外から凄まじい勢いで学生たちが駆けつけてきた。
「カレン様! 学長! 会長! 一体何が⁉ この凄まじい魔力の残滓は……!」
「敵襲ですか⁉」
パニック状態の学生たちを前に、リイナはハッと我に返ると、リーダーとして王女として、凛とした声で号令を放った。
「は⁉ みんな! この騒ぎを起こした元凶は気絶している! 捕らえるのだ!」
リイナがビシッと指差した先には気力で起き上がり、逃亡寸前のマーサ王女と侍女アルディスがいた。
けれど興奮と混乱の渦中にいた学生たちの目には、床に転がる不審な男2人組しか映っていなかった。
「「「了解です!」」」
学生たちは一斉に頷くと、蜘蛛の子を散らすように俺とフェリックスのおっさんに群がり、まるで汚物でも扱うかのような、ものすごーく嫌そうな手つきで俺たちを縄で縛り上げ始めた。
「えっ」
「ちょっ」
リイナとカレンがツッコむ間もない、あまりにも見事な連携だった。
「そっちではない! 気持ちはすごくわかるが! 私が指差しているのは、あちらの2人だ!」
リイナがようやく悲鳴に近いツッコミを入れるが、時すでに遅し。
学生たちが俺たちを捕縛している僅かな時間稼ぎの隙に、マーサとアルディスは音もなく姿を消していた。
***
「……っていうのが昨日の顛末だ。おかげでマーサたちには逃げられた。まあ、お前たちが気絶していなければ、こんなことにはならなかったのだがな」
リイナは心底呆れたようにため息をつく。
「……まあ、セイヤさんたちが元凶といえば元凶ですから、間違いではないんですけどね」
「レイラちゃん! さらっと酷いこと言わないで!」
俺とおっさんは顔を見合わせ、ただただ項垂れるしかなかった。
「……済まない」
「……本当に申し訳ありません」
俺たちがしょんぼりしていると、カレンが「まあ、過ぎたことを言っても仕方ねえ」と、縄を炎で焼き切ってくれた。
「問題はこれからだ。あたしの予想通り、マーサもアルディスも王都に向かったと見て間違いない。あたしたちも急ぐぞ」
「ですが、グリーンウェルがまたリイナ様に憑依する危険性があります。何か対策を考えなければ」
レイラの冷静な指摘に場の空気が再び緊張する。
そうだ、この問題を解決しない限り、俺たちは前に進めない。
そこで俺は緊縛プレイ中に閃いた、天才的な名案を披露することにした。
「よし、ここは俺に任せろ! 名付けて『グリーンウェル炙り出し大作戦』だ!」
俺はビシッと胸を張り、高らかに宣言する。
「フェリックスのおっさんの結界魔法の中に、俺とリイナが入る! そこに催眠魔法を結界内に充満させ、リイナを眠らせて、巣食ってるグリーンウェルを炙り出す!」
俺の作戦に仲間たちが「おお……」と感心の声を漏らす。
だがすぐに、カレンが「危険すぎる」と眉をひそめた。
「馬鹿言うな、セイヤ1人でグリーンウェルを抑えられる保証がどこにある」
リイナも不安げに呟く。
「俺を誰だと思っている! 勇者セイヤだ! なあに、催眠魔法なんざ、俺には効かん!」
俺は自信満々に言い放つが、当然本音は……。
(グヘヘ……結界魔法で寝ているリイナと密着! どさくさ紛れにあんなとこやこんなとこを……。これはもう、実質的な添い寝イベント! 最高の展開じゃねえか!)
俺がよだれを垂らしそうな勢いで下卑た妄想に浸っていると、リイナがブルっと悪寒に震えた。
「……たしかに、このままでいるわけにはいかんな。フェリックス殿、頼みます。セイヤ、結界内の近接戦、油断するな。今回はあくまで話を聞き出すのに専念するんだ。いいな?」
リイナが釘を刺すように俺に念を押していると、レイラがゴニョっとカレンに何かを耳打ちした。
「なあ、フェリックスさん。あたしとレイラの力も使いな。結界内にもう一つ結界を張って、セイヤとリイナを分断して入れるんだ。その方が安全だろ」
カレンの提案にフェリックスのおっさんがポン、と手を打った。
「なるほど、その手があったか。よし、それでいこう」
「って! ちょっと待て! それじゃ俺が入る意味がねえだろうが!」
俺の魂の絶叫も虚しく、フェリックスの結界詠唱が始まってしまう。
アンナが俺の肩を叩き、満面の笑みで励ましてきた。
「リイナ、乗っ取られないでね! セイヤさん、グリーンウェルを仕留められなくても体力消耗させてくださいね。その後はお任せください!」
……俺への心配が微塵も感じられないのが、泣けるぜ。
こうして俺の不純な動機が完全に打ち砕かれた状態で、グリーンウェル炙り出し作戦は決行されることになったのだった。




