第86話 愛は世界を救わない
巨大ホールに響き渡っていた熱狂は、恐怖に染まった悲鳴と凍りついた静寂に取って代わられていた。
壇上、そしてVIP席。ついさっきまでこの学園の頂点にいた者たちが、今は冷たい刃を首筋に当てられて青ざめた顔で硬直している。
「なあ、カレン。どう見ても悪役ムーブかましているあの女教師たちは、見知った顔か?」
俺は眼前の信じがたい光景から目を離さず、隣に立つカレンに小声で問うた。
「……半々ってとこかな。中にはウィザードの権威もいる。バッファーでは一番の使い手だ。厄介な」
カレンは俺の問いに怒りを内に秘めた低い声で答える。拳は、わなわなと震えていた。
俺の視界には、既に無慈悲なウィンドウがポップアップしている。敵対する女教師たち、全員の頭上に。
【最終性交時間:1ヶ月10日と3時間22分前(相手:同僚のベティ先生)】
【最終性交時間: 1ヶ月7日と5時間前(相手:街でナンパしてきた女の子)】
……マズイな。半分以上がひと月以上前か、それ以上だ。
俺の【リア充絶対殺すマン】が絶対的なアドバンテージを発揮できる相手じゃない。
俺がわずかに上回る程度で、しかも人質付き。苦戦は必死、いや、下手をすれば詰みかねない状況だ。
「何故このような狼藉を! 貴女方は若人を導くべき教師ではないのですか!」
リイナの怒りに満ちた叫びが静まり返ったホールに響き渡る。
だが、それに答えたのは、人質を取る教師たちの愉悦に歪んだ笑い声だった。
「狼藉? いいえ、違いますわ、リイナ姫殿下。これは……『愛』ですの」
「愛、だと……?」
「ええ、そうです。『愛は世界を救う』。なんと素晴らしい言葉でしょう? 我々はマーサ姫殿下に、真実の愛の向かう先はどこかと、その身をもって教えていただいたのです」
学長カミラに刃を向けている女教師ロジーが、うっとりと歌うように呟く。
「ですので、マーサ姫殿下に命じられたことは必ず実行する。それが我々の捧げる、無償の愛というものなのです」
中央の壇上、カーラの首筋に剣を当てている女教師ベルタが、恍惚とした表情で続ける。
「ああ! なんて素晴らしい気分なんでしょう! 愛にすべてを捧げるこの感覚、これこそが世界を救う唯一の道標となるのです!」
サーシャに刃を向けている教師が、天を仰いで叫んだ。
(サーシャもギリッと舌打ちしてるし、完全に想定外の暴走か。連中全員、マーサって王女に洗脳されてイカれてやがる。こういう一点突破した狂信者は心のタガが外れてる。俺たちが下手に動けば、躊躇なく人質を始末する可能性が極めて高い)
「あ、あの~、貴女は何か言わないんですか……?」
パニックに陥ったシャーロットが、自分を人質にしている無表情の女教師に恐る恐る尋ねる。
「……」
「無言が一番怖いんですけど! 他の方々のように何か叫んでください! もしかして裏ボスは貴女だったりします⁉ わ、私はただの可愛い17歳のピッチピチな実況バニーガールなんですけど!」
「20代ですよね?」
パニクるシャーロットに、レイラちゃんが冷静に事実を突きつける。
いや、それどころじゃないから! そういうツッコみは後にして!
「カレン……シャーロットの後ろにいるのが一番厄介なバッファーって奴か?」
「……ああ。レギーナ先生。彼女を瞬時に封じないと詰むが、魔法を放ったらシャーロット嬢を巻き込んでしまう恐れがある」
この会場の中で、唯一戦う術を持たない実況バニーガールを選ぶとはな。
やり口が効率良すぎて反吐が出るぜ。
……レギーナ先生ね。
【最終性交時間: 18時間04分前(相手:マーサ王女の侍女アルディス)】
あの教師の対処は俺がするしかないな。
「目的は何ですか! ずっとこのまま睨み合っているわけではないですよね!」
アンナがいつでも飛び出せるよう、指を鳴らしながら鋭く問う。
「睨み合いかい? 用があるのがあたしや勇者一行っていうなら、無関係な生徒たちは解放してくれるとありがたいんだけどね」
カレンの低い呟きと共に、彼女の身体から渦巻くような魔力の波動が立ち上るのが魔法の素養がない俺にすら分かった。
「残念ですが、生徒たちを逃がすわけにはいきません。彼女たちはこれから、『贄』になるのですから」
「贄だと⁉」
「ええ。我々が奪ったロンブローゾ領の男たちの精気、それにこの魔法学校の優秀な女子生徒たちの精気を加えて解き放ったら、どうなるでしょう? 興味ありませんか? リイナ姫殿下」
カーラを人質にしているベルタ教師が、心底愉快そうにリイナに問いかけた。
リイナに聞く? それってつまり……そういうことか。
「リイナを男にするつもりか! そんなことは断じて許さんぞ! どうしてもやるってんなら、その時は俺を女の子にしろおおおおお! お願いします!」
「ちょっ⁉ バカ言うなし! 街一つ分の男女の精気を解き放つ威力だし! 性転換なんかより、よっぽどヤバいことが起きるに決まってるし!」
俺の魂の叫びに、人質にされているサーシャが即座にツッコみを入れてきた。
が、刃を喉元に突きつけられてしまう。
「こんなこと、魔王様が許すはずないし。調子に乗るなし」
後ろの教師に向けて小声で囁くサーシャ。
「あら? サーシャ生徒? 魔王様のことをご存じなのですか? もしかして人類の裏切り者なのかしら?」
「……具体的にどうなるかは予測できませんが、リイナ様に言及するということは、彼女に憑依しているグリーンウェルに関連することかと思われます。皆様、気をつけてください」
レイラちゃんが俺たちだけに聞こえるよう囁く声に、一同の間に緊張が走る。
(なるほど、それなら辻褄が合う。グリーンウェルの封印を、大量の精気を使って無理矢理こじ開けるつもりか? そのために女子生徒全員を人質に……!)
許せねえなあ。
俺は仲間たちの前に、一歩踏み出した。
「俺がこの世で一番嫌いなのは、イチャイチャアンアンしているリア充連中だ。だが、それと同じくらい……いや、それ以上に嫌いなことがもう一つある」
「ほざけ。……さあ、愛の贄となりなさい! 全員、その精気を捧げるがいい!」
「男性教師が使い物にならなくなって残業残業の日々! マーサ姫殿下だけが私たちの怒りを理解してくれた!」
「夜のお楽しみも、男が相手じゃなくっていいじゃないとアルディスさんが教えてくれた。あの興奮を味わったらもう戻れないの!」
敵の女性教師たちが一斉に右手に禍々しい魔力を集束させていく。観客席の生徒たちから絶望の悲鳴が上がった。
「はい! クイズ300人に聞きました! このまま俺に助けられて愛を囁かれたいならそのままで。俺に愛を捧げたくなければ、みんな! 抵抗しろおおおおお!」
俺の叫びに仲間たちや人質にされていたサーシャやカーラ、カミラ学長、観客席の女子生徒たちがハッとして我に返り、恐怖から強い意志による抵抗の感情が身体を突き動かす。
精気を吸い取る魔法とやらが、女子生徒たちが発動する魔法によって防がれる。
叛乱教師たちの驚愕、その一瞬の隙を俺は見逃さない。
「なっ⁉ 『秘めたる力を解き放ち、大いなる……』」
「させるか!」
俺は床を蹴り、無言でシャーロットを拘束していた女教師レギーナの懐に潜り込むと腕を捻り上げて拘束する。
「ぐっ……おのれ! 勇者とは名ばかりの厚顔無恥な下賤の分際が!」
ほぼ同時に、リイナの剣閃が、アンナの拳が、カレンの魔法が、レイラの結界が、残りの教師たちを襲い、人質を解放していく。
全員の無事を一瞬で確認し、俺は捕らえた女教師を睨みつけながら、先ほどの言葉の続きを吐き捨てた。
「俺はなあ、現実でも物語でも、罪のない無関係なモブが、てめえらのような悪役の都合で酷い目に遭うのが大っ嫌いなのさ」
フッ、決まったぜ。これは勇者らしい活躍とセリフだろ?
ここは聞かずにおれまい。いや、ここで聞かないでいつ聞くんだ。
俺は顔を見上げて、動揺と興奮冷めやまぬ会場中の女子生徒たちに叫ぶ。
「……はい、クイズ300人に聞きましたの答え! 俺に愛を捧げた人、手を挙げて!」
シーンとするディベート会場。
あれぇ? おっかしいなあ?
「フッ……世界を救うのは愛じゃない。各個人の悪に負けない強い心だったってことさ」
俺は少し寂しい気分になりながらも、そう締めくくった。
「おおっと! 勇者セイヤ! 魔法学校全女子生徒にフラれたあああああ! ぶっちゃけ、カッコいい勇者なら全員惚れてると思いまーす」
「うるさいよ! 年齢詐称バニーガール!」




