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第83話 大人たちのダーティプレイ

 ロンブローゾ魔法学校の学生食堂は昼時の活気と喧騒に満ちていた。

 ガラス張りの天井から降り注ぐ陽光が、湯気の立つ料理や生徒たちの賑やかな笑顔を明るく照らし出している。

 だが、俺たちのテーブルだけは別だ。準決勝を前にして、なんとも言えない緊張感が漂っている。


「どうでしょう? リイナ姫殿下、よろしければ午後はマーサ姫殿下と共に観戦なさってはいかがでしょう」


 不意に俺たちのテーブルに影が差した。

 そこに立っていたのは、燃えるような赤い髪をきつく結い上げたスーツ姿の妙齢の女性。

 カレンの叔母であり、この魔法学校のトップ、カミラ学長だ。

 彼女の慇懃な申し出にリイナは顔色一つ変えず、優雅にカップをソーサーに戻すと淡々と返答した。


「今は勇者一行の立場であって王族の権威をひけらかすつもりはない。ありがたいが、辞退いたします。マーサには勉学に励むよう伝えておいてください」


(はは~ん。この学長、中々どうして腹黒いな)


 俺は内心で舌を巻いた。急遽訪れた姉王女が、妹王女に途中から会いに行くなんて、学生たちから見れば姉が妹より格下だと認識しかねない。

 それが狙いだな。

 在籍している王女の権力を盤石にしたい。ましてやリイナに魔力はなく、魔法学校としては魔力持ちのマーサの権威が増したほうが都合がいいという腹づもりなのだろう。


 リイナに素っ気なくあしらわれたカミラは、無表情のまま、今度はサーシャに視線を向けた。


「サーシャ。準決勝進出おめでとう。カレンの退学後、首席としてよく頑張っていますね」


「は、はい! ありがとうございます!」


 サーシャが緊張で背筋を伸ばす。けれど学長の次の言葉が彼女の期待を無慈悲に打ち砕く。


「ですが、今までの勝利はカレンに頼ってばかりです。ですので準決勝はサーシャあなた1人で出場なさい」


「な⁉ そ、それは⁉」


 絶句するサーシャと、どこまでも平静なカミラ学長の声。ちなみにカレンはテーブルに突っ伏して寝たフリを継続中だ。

 サーシャは唇をわなわなと震わせたが、やがて悔しさを滲ませながらも「……分かりました」と力なく頷いた。


(まあ、学長の言い分は正しいな。ここまで勝ち上がったのはカレンのおかげだし、首席卒業を目指すなら受け入れるしかないわな。クックック、てことはポンコツサーシャだけが次の俺たちの対戦相手か。こりゃ楽勝だぜ。万が一追い詰められたらまたパンツ奪ってやろう)


 俺がそんなことを思っていると、カミラ学長の冷徹な視線が俺へと振り向けられた。


「勇者セイヤ、貴殿にもご遠慮していただくようお願い申し上げます。あくまであなたはフェリックス教師のサポートとして出場しているはずですが、ここまでまるで貴殿が当学校の学生かのように弁舌を振るわれております。このままではフェリックス教師の尊厳にも関わります。準決勝はフェリックス教師1人で参加しますように。……よろしいですね? フェリックス教師」


「は、はい! 承知しました!」


 寝たフリしていたフェリックスのおっさんが、バネ仕掛けのように跳ね起き、直立不動で返事をする。


(……ちっ。やられた。せっかくここまで勝ち上がったのに、権力で出場取り消しかよ)


 これには俺も納得できない。堪らずカミラ学長へと視線を向ける。


「ちょっと待ってくれよ。途中で棄権なんて真似させるなら、最初から参加させなきゃいいじゃねえか」


「セイヤ!」


 俺がブー垂れてカミラ学長に反論しだすと、リイナに鋭い視線で制される。


「学長をあまり困らせるな。大体セイヤが優勝したところで意味はあるまい。ここはサーシャに任せておけ」


「そうですよね~。あとはみんなでサーシャちゃんを応援しましょう!」

 

「もぐもぐ。セイヤさん、ここで引けば不敗のまま語り継がれる存在になるんです。カレンさんと同じですよ? 伝説の中身は違いますけどね、フフフ。あとはサーシャさんに後事を託しましょう」


 リイナ、アンナ、レイラが口々に俺を止める。

 クッ! 仲間からここまで言われたら、ここは引き下がるのが無難か。


「……分かったよ。サーシャ、頑張れよ」


 俺が不貞腐れながら言うと、サーシャは複雑な表情でこくりと頷いた。


「……あの~、俺は?」


 フェリックスのおっさんの小さな呟きが聞こえた気がしたが、ここはスルーだ。

 悪いがみんな、おっさんが勝てるなんて思っていない。女性と目線が合わせられず、会話もできないのにディベート大会で勝てるわけねえし。


「それでは失礼いたします。年に一度の魔法学校ディベート大会の観戦、楽しんでください、リイナ姫殿下及び勇者御一行様。……そうそう、フェリックス教師、わたくしたちはあなたの経歴よりも腕前を高く評価しております。ですので教師としてお招きしたのです。活躍を期待しております」


 それだけ言うと、カミラ学長は満足げに口の端を吊り上げ、優雅に去っていった。


「ぷはあ、やっと行ったか。ああ、しんど」


 学長が去ったのを確認して、カレンがようやく寝たフリから起き上がった。


「いいのかよカレン。せっかく準決勝まで勝ち上がったのに出場不可になって。お前だって四連覇かかってたんだろ?」

 

「別にもう学生じゃないからどうでもいいさ。ま、ディベートでセイヤとの対決で、あんたに愛は世界を救う肯定派にしたら、どんな意見が出るか楽しみにしてはいたけどな」


「な……んだと? カレンは否定派で俺と論戦する気だっただと? それ、俺に勝ち目ねえじゃねえか?」


 最悪の未来が見える。俺がいかに熱っぽく愛を語ろうが、これまでの戦いで俺が放った数々の暴言がブーメランのように突き刺さるのを!


「セイヤさんが愛を熱く語ったら、身体が溶けて消滅するところでした。それはそれで見たかったです」

 

「ちょっとレイラちゃん? 俺、悪魔じゃないから! 人間だから!」


「でも、セイヤさんも言ってましたが今更ですよね。なんでこのタイミングでって思っちゃいます。もう片方の準決勝出場者たちも女性教師がサポートについてますよね?」

 

「だよなあ。自分の娘のカーラ生徒会長を優勝させたいってのが見え見えだぜ」


 アンナの疑問に俺は口を尖らせながら言う。


「まあ、そのどっちも生徒がきちんと弁説を振るって主軸になっているんだ。文句を言ったところでどうにもなるまい」

 

「リイナの言う通りさ。あとは会場で異変が起きないか観戦していこう」


 リイナとカレンの大人な意見に、俺もヘイヘイと軽く返答する。

 その時、隣から絞り出すような声が聞こえた。


「……お腹痛くなってきたぜ」


 フェリックスのおっさんだ。

 

「ここまで来たんだから棄権すんなよ。なあに、学長は実力で雇ったって言ってたじゃねえか。よかったな、おっさん」


「……フッ。勇者セイヤ。人間は努力すればいつかきっと報われる時が来るのさ。……性的以外はな」


「そいつは……報われねえな」


 俺はおっさんの肩に力なく手を置くと、おっさんもまた俺の肩に手を置き、2人で涙目になりながら乾いた笑いを発し合う。

 女子たちの冷たい視線を浴びながら。

 

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