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第82話 愛が救えない者たちの昼食

「ペンで愛を伝道すれば世界は救われるだあ? 編集者なんてのは金になるもんにしか興味ねえんだよ! 読者はみんな読んでるのしか興味ねえんだよ! 違うってんならホームレスになる覚悟で自費出版してみやがれ! きっと誰にも読まれずに駄作認定されて、誰の記憶にも残らずに消えるだろうさ」


 フェリックスのおっさんが、自身が書いた『結界魔法の全て』をスッと手に持つ。

 誰も知らない、でも中身は数年後に権威ある魔導師が書いた内容そのものだ。


「為政者が民を愛すればいい? 為政者なんてのは私腹を肥やすだけの存在だ! 違うっていうなら六畳一間の極狭宿で、寝泊まりしながら無報酬で政治させてみな。無論、飯は共用台所でそこら辺に生えてる雑草の自炊さ。果たして1ヶ月持つ奴がいるかな?」


「俺は3年、その生活をしました。あっ、政治はしてません。ただの貧乏です」


 フェリックスのおっさんがボソリと呟いた言葉に、会場がシンとなった。


「愛を全人類共通認識にして教え広めればいい? そいつは宗教の強要だ。誰も彼もがあっちむいてホイで一斉に行進するわけねえだろ? 人間ってのは欲望と他人への嫉妬で構成されてるんだ。押し付けられて縛られた愛なんかじゃ、世界に救いは来ないぜ」


「もう……壺は要りません!」


 フェリックスのおっさんの、一体何個買ったんだろうと思わせる呟きに、会場の空気は氷点下並みになっていく。


 次から次へと対戦相手の膝を地面に付かせる、とどめの一言。

 今日の俺、絶好調だぜ。これで次は準決勝か。


「な、なあ。勇者セイヤ。なんか会場中の視線が刺さってきて痛いんだが……俺、こんな雰囲気でこれからこの学校で教壇に立つことになるの⁉」


 壇上の隅で、フェリックスのおっさんがガタガタと震えている。


「案ずるな、おっさん。確かにヒールみたいになっちまったが、優勝すればいいのさ。そうすれば就任初日でディベート大会優勝した教師として、永遠に語り継がれる存在となるぜ」


「俺には就任初日で、全生徒と学長以下教師陣の好感度が永遠にゼロに戻らない、マイナス表示のままになる未来しか見えないんだけど⁉」


「そんなことはないさ。……見な、去年まで三連覇した元生徒への歓声を」


「「「「「「「キャー、カレン様~」」」」」」」


 観客席360度全てから黄色い声援が、隣の壇上で勝利を収めたサーシャ・カレン組に飛ぶ。

 どうやら勝ったようだ。俺たちの準決勝の対戦相手は、この2人になったか。

 カレンの従姉のカーラも順調に勝ち上がっている。戦うとすれば決勝か。

 頼むからモブに敗れて準決勝敗退なんてやめてくれよ? はい、カーラ生徒会長! 俺を無視してカレンにバチバチと火花を散らすのやめてくれません?


 そんな経緯があったが、準決勝は昼休憩を挟んでからスタートだそうだ。俺たちは観客席にいるリイナたちと合流する。


「カレンちゃん、よかったよ~。サーシャちゃんも乙~」


 アンナが2人を出迎え、ハイタッチを交わす。

 いいな、あれ。俺にもやってくれないかな? ドキドキ。


「ところでセイヤさん、もう十分役割は果たしましたし、準決勝は不戦敗でいいのでは? 全校生徒を敵に回して狙われやすくさせる作戦、グッジョブです」


 レイラちゃんが俺に向かって、右手親指をグッと立ててくる。


「いやいや! そんな作戦してねえよ! ここまで来たんだ! 優勝を目指すに決まってんだろ!」


「まあ、あたしはどっちでもいいさ」


「ええ~? 私はこいつらと会話するの無理だし! ていうか現役学生の勲章とんなだし!」


 カレンに相変わらず腕を絡ませながら、サーシャが俺たちを睨んでくる。

 まあ、こういう大掛かりなディベート大会なんだ。学生にとっては結果によって卒業後の人生が左右されるのかもしれないな。

 そう考えると悪いことをしたとは思う。が、俺に言いくるめられたのはいい経験だろ。これをバネに精進してもらいたいものだ。


「それでセイヤ、カレン。怪しい人物はいたのか?」


 リイナが学生食堂のテーブルにつき、真面目な顔をして訊いてくる。

 ちなみに俺たちのテーブルは、俺とおっさん以外全員女子という、傍から見ればハーレム状態だが実態は針の筵だ。


「あたしは特に……。ただ見ない顔の女性教師はいるな。サーシャに精気抜かれて、男性教師全員が役立たずになっているんだ。人員補充するのは当然だろう」


「魔族じゃない普通の人間だし、魔王様とも関係ないと思うし、関係してたら私に接触してくると思うし」


「サーシャ、それってもうポンコツサキュバスは要らないって見切られたんじゃ?」


「誰がポンコツだし! ちゃーんと魔王様から、首席で卒業するんだぞ! って期待されてるし!」


 こいつに期待するしかない魔王に同情するぜ。しかし、だ。この会話で分かったのは、サーシャは魔王を裏切るつもりはなく、俺が攻撃された件にも、リイナの呪いについても無知でガチの役立たずってことだけか。


「ここまでカレンに協力してもらったんだ。魔王について少し教えてもらおうか? 北での軍事作戦は止めているようだが、王国の内部工作は進めているようだ。魔王の目的は一体何なのだ?」


 リイナの鬼気迫る尋問に、サーシャはカレンの後ろにそそくさと隠れた。


「し、知らないし。内部工作って言われても私の役目は精気集めと首席卒業だし。恋愛は制限されてないし」


 魔王……恋愛も制限しとけよ。


「精気集め……ね。実際問題、精気抜かれた男がどの程度で回復するか知らんが、このままなら人類は子作りできずに滅亡だ。ザッハークのラブドールも同じだ。ラブドールに子を孕む機能はないからな」


 俺の指摘に間髪入れず、フェリックスのおっさんが学食の薄いスープを啜りながら呟く。


「ハハ、どっちにしろ、俺に子孫はできないんですけどね」


 諦めるな、おっさん! もっとこうポジティブにいこうぜ!


「私も気になってることがあります。魔王って男なんですかね? 女の子なんですかね? なんとなく私、女の子だと思うんです」


 山盛りの唐揚げ定食を頬張るアンナの直感的な発言に、サーシャがビクッとする。

 ……合ってそうだな。


「どうしてそう思うのですか?」


 レイラが自分の皿に盛られたニンジンを俺の皿にこっそり移しながら、アンナに問う。


「一つは私が男の子で魔王なんて権力者なら、サーシャちゃんみたいな可愛い子を側に侍らせると思います。実力は確かですから護衛にも適任ですしね。それをもっと強くさせるために、敵地に潜入させて魔法学校に通わせる。これって女の子の発想なんじゃないかな~と思ったんです。男の人の観点からどう思います? セイヤさん、フェリックスさん」


「本命がいて、サーシャは捨て駒にちょうどよかったとか?」


「酷いし!」


「魔王様ってのがまだ性に目覚めていない幼児の可能性もある……かなあ?」


 目を背けながら囁いたおっさんの言葉に、サーシャが正解を口にしてしまう。


「幼児じゃないし! 女性だし!」


 サーシャが、ハッと口を塞ぐがもう遅い。


「ほお? 顔は? 名前は? スリーサイズは?」


「全部知らないし!」


「は? 顔も知らないのかよ」


「玉座に薄い布が被ってるから見てないだけだし! でもでも声は女だし!」

 

 ……サーシャに嘘はなさそうだ。女魔王か。

 デュフフ、処女だといいなあ。いや、処女だったら俺が負けるのか。

 そんな重大っぽい会話を俺たちがしていると、不意に背後から声をかけられる。


「リイナ姫殿下。ご挨拶が遅れました。わたくし、学長のカミラと申します」


 燃えるような赤い髪をきつく結い上げたスーツ姿の妙齢の女性が、リイナに向かって優雅に挨拶してきたのだった。

 

 カレン……退学になった学校の学長であり叔母だからって、テーブルに突っ伏して寝たフリしたって無駄だと思うぞ?

 フェリックスのおっさんも寝たフリすんな!

 

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