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第81話 愛で救えない者たち

「じゃあ、そこから……あんたたちが必要としない存在は救われねえのか? あんまりじゃねえか。それで愛が世界を救うって本気で思ってるのか? 俺たちみたいなのを切り捨てて、自分たちだけは平和を享受して子孫を残すためにアンアンする。都合の悪い存在は目にしないってか?」


 俺の言葉は壇上の空気を一変させた。

 それはもはや嘲笑の対象ではなく、彼女たちの掲げた理想の根幹を揺るがす鋭い刃となって突き刺さる。

 エリカの顔から余裕の笑みが消え、瞳に初めて動揺の色が浮かぶ。モニカも息を呑んで姉の顔を見上げた。


「……切り捨てる、ですって……? あなた……今、我々が、誰かを切り捨てるとおっしゃったの……?」


 声が震えているのは侮辱されたことへの怒りか、それとも図星を突かれたことへの狼狽か。

 彼女は一度唇を固く結び、感情を押し殺すように深く息を吸い込むと再び俺を射抜くように見つめた。


「……ええ、そう聞こえましたわ。なんと愚かしい曲解でしょう。我々は誰も切り捨てたりはしません。ただ、救済とは無条件に与えられる甘い蜜ではないと申し上げているだけですの。それは自ら手を伸ばし、掴み取るべき高潔な果実。我々が示しているのは果実へと至る道筋……そのための秩序と理なのですわ!」


 姉の言葉に妹も必死に同意する。

 彼女は両手を前に突き出して純粋な魔力でできた、傷一つない完璧な水晶を宙に浮かび上がらせた。


「そうですわ! この水晶のように清らかで理に適った魂だけが、真の調和……すなわち『愛』の力を受け入れ輝くことができるのです! 濁り、歪み、自らの欲望に溺れる魂は……」


 モニカが指を鳴らすと水晶の隣に黒く濁った石くれのような魔力体が出現する。

 彼女が水晶と同じ救済の光をそれに注ごうとすると、石くれは光を弾きパリンと音を立てて砕け散った。


「……このように、自ら救いを拒絶するのですわ! 我々が切り捨てているのではありません! 彼ら自身が手を差し伸べる我々を拒んでいるのです!」


「その通りよ、モニカ。そして……あなたはその『都合の悪い存在』の代表格ですわね。自分たちの怠惰や堕落を棚に上げ、秩序を保とうとする者を『偽善者』と罵り足を引っ張ることしかしない。愛を語りながら、その実、自分たちの獣じみた本能を肯定してほしいだけ……。あなたのような存在を無条件に救うことこそ、世界を混沌へと導く最大の愚行ですわ」


 エリカは扇子をパチリと開いて顔を半分隠す。

 ただ扇子の向こうから覗く瞳は俺をただの虫けらではなく、明確な『敵』として認識して燃えるような敵意を宿していた。


「ええ、そうですわ。我々は平和を享受し、子孫を残すでしょう。それは我々が示す秩序と『愛』を受け継ぎ、この世界をより良くしていくための神聖な義務。それをあなたの言うような……下劣な行為と同一視するなど、万死に値しますわよ」


 詭弁だな。

 俺は壇上の隅で、ただただ俯いている男を指さした。


「このおっさん、フェリックス教師を見よ! おっさんは魔法学校の教師になるほどの逸材だ! 救いを自ら拒絶してるだあ? おっさんは行動を起こした! 愛を得るために勇気を出して声をかけたんだ! けれど待っていたのは半年間の牢獄生活。これが世界の真実なんだよ。理想のみで弱者切り捨てのお嬢様たちよお」


 俺の言葉にフェリックスが「寒かったなあ。俺はただ一言、散歩でもしないと言っただけなのに」と、涙を浮かべて一言呟いた。

 そんなリアルすぎる悲哀に会場がざわめき始める。

 エリカとモニカの顔から血の気が引き、視線は困惑と焦りの色を隠せずに俺とフェリックスの間を行き来した。


「き、詭弁……ですって? そ、そこの……教師だという男性の話を我々が信じるとでもお思いでして?」

 

「そ、そうですわ! たとえそれが事実だとしても、それは彼の個人的な問題! 彼の対人能力に著しい欠陥があったというだけの話ですわ!」


 必死に体勢を立て直そうとする姉妹に、俺は畳み掛ける。


「相互理解と言ったな! けれど俺たちには相互の関係すら築かせてくれねえんだよ! 所詮あんたらの愛の理論は、俺たちみたいなのを生み出して世界を愛じゃなく邪悪に歪めるだけの理論だ! 目を覚ましてもっと周りを見やがれ! でないと、あんたらもいずれ誰かに裏切られて破滅を望むようになっちまうぜ」


「……破滅を望む、ですって? フフッ……それは滑稽な脅しですわね。我々のように真の信頼と秩序に基づいた関係を築く者が、裏切りなどという下劣な行為に遭うはずがありません。それはあなたのように……他者への不信と嫉妬に満ちた、歪んだ心を持つ人間だけがたどり着く末路ですわ」

 

「そうですわ! あなたの負の感情こそが、世界を邪悪に歪めているのです! あなたは……あなたは愛を語る資格などありません!」


「フッ、語るに落ちたな、愛は世界を救う立場でディベートしてるのに、否定派には発言の機会すら与えねえのかよ! 命題に反する暴言だ! 所詮あんたらは、都合の悪い事実には目を瞑り、見たい世界だけを見ているだけなんだよ」

 

 俺のチェスで王手をかけたかのような一言に、エリカの顔からサッと血の気が引いた。

 彼女の口元を隠していた扇子が力なくはらりと手から滑り落ち、カタン、と乾いた音を立てて壇上に転がった。


「なっ……! わ、我々が……命題に……反する、ですって……?」


 その声はもはやディベートではなく、不意打ちに遭った少女のか細い呟きだった。

 彼女の視線が信じられない、といった様子で俺と壇上に書かれた『愛は世界を救う』というテーマの間を彷徨う。

 完璧に磨き上げられた理論の城が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを彼女自身が目の当たりにしたのだ。


「ち、違いますわ! あれは……あれは比喩ですの! あなたのような歪んだ愛は、我々の定義する高潔な『愛』とは異なる……だから、それは救済の対象外……いえ、そもそも『愛』ではないのですわ!」


 必死に言葉を紡ぐが反論は明らかに精彩を欠き、狼狽を隠せていない。

 自分で言っていても論理がもはや破綻していることに気づいてしまったのだ。

 一度開いてしまった矛盾の穴は、もう塞ぐことができない。


 姉の動揺を目の当たりにして妹の顔も蒼白になる。彼女は震える声で姉を庇うように叫んだ。

 

「そ、そうですわ! あなたの言っているのは愛ではありません! ただの……ただの、邪悪な感情ですわ! だから……だから……」


 だが、言葉は続かなかった。俺の全てを見透かすような視線に射抜かれ、モニカの瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ち始める。


「う……うぅ……お姉様……」


「……そ、そうですわ……愛の力を……正しく理解できぬ者に、愛を語る資格など……あ……」


 エリカは自らの言葉の刃が自分たちの掲げた理想の心臓を貫いたことに、ようやく気づいた。

 彼女は膝から崩れ落ちそうになるのを、かろうじて壇上に手をついてこらえる。

 完璧に結い上げられた髪の一房が、はらりと汗の滲む額にかかった。


 しーん、と、あれだけ騒がしかったホールが水を打ったように静まり返る。

 壇上の隅ではフェリックスが静かに涙を拭っていた。

 会場の誰もがこの勝負が決したことを理解していた。


 やがて実況のシャーロットが、呆然とした様子から我に返り、震える声でマイクに向かって叫んだ。


「……しょ、勝者……! 勇者セイヤ&フェリックス教師チームッ!」


 その宣言が姉妹の敗北を告げる無慈悲なゴングとなった。

 エリカは唇を強く噛み締め、俯いたまま動かない。モニカは、その場で子供のように声を上げて泣きじゃくっていた。

 

『愛は世界を救う』――そんな美しい命題は救われない者の存在を突きつけられた瞬間、あまりにも脆く、彼女たちの足元で砕け散ったのだった。


 観客席で見ていたリイナは頭を抱えて呟く。


「会場をこんな空気にして、勝ってどうするのだ……」


「セイヤさんって、女の子にモテたいんですよね? 自分からフラグへし折ってるって気づいてるんですかね?」


 口をポカーンと開けたアンナの問いに、魔法学校特性クッキーをポリポリ食べながらレイラが答える。


「もぐもぐ……セイヤさんは自分が勝つことに全力集中ですので、そこまで頭が回ってないのです。……フフ」

 

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