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第80話 愛は世界を救う、だと?

 ロンブローゾ魔法学校が誇る巨大ホールは、年に一度の祭典への期待と熱気で満ち満ちていた。

 数百名の生徒たちが固唾を飲んで見下ろす先の中央には、円形に設置された二つの壇上がスポットライトに照らし出されている。


 そして垂れ幕にデカデカと書かれた今年のディベートテーマ……。


「愛は世界を救う」……だと⁉


(ふざけてんのか! 愛が救うのはリア充の財布とコンドームメーカーだけだろうが! なんだよこのクソみてえなテーマは! 抽象的すぎて、どうとでも言えるじゃねえか!)


 俺は壇上で、これから始まる茶番劇に内心で激しく悪態をついていた。

 クソッ! 何をどうディベートすればいいか皆目見当もつかん。こういうのはまず、他の奴らの戦い方を見て参考にするのがセオリーってもんだろ。


「それではー、ディベート大会スタート! まずは記念すべき1回戦、第1試合! 早速、壇上の皆様に登場していただきましょう!」


 実況のシャーロットが、相変わらずのピッチピチ(自称)の美少女ボイスで叫ぶ。

 その声に俺の背筋を氷のような悪寒が駆け抜けた。


(……は? まさか、俺たちからかよ!)


 俺の最悪の予感は的中した。壇上にスポットライトが当てられて対戦相手となる2人の少女が、もう片方の壇上へと優雅な足取りで登ってくる。

 年は15歳と13歳ぐらいか。揃いの栗毛をサイドテールにした、いかにも育ちの良さそうな美人姉妹だ。

 知的で品があって、何よりその瞳にはエリートとしての自信と誇りが満ち溢れている。

 ……クソッ、いけ好かねえタイプだぜ。


(俺の『リア充チェッカー』、仕事の時間だ)


【エリカ(人間・魔法生徒)】【最終性交時間:無】

【モニカ(人間・魔法生徒)】【最終性交時間:無】


(だろうな! こんな真面目そうな優等生がヤってるわけねえか! つまり、こいつら相手に俺のスキルは発動しねえ! 面倒くせえことこの上ねえ!)


「さあ、まずは試合の先攻後攻を決めますが、今年は特別ルール! より大きなファイヤーボールを生成したチームから先攻となりまーす!」


 シャーロットの甲高い声に、会場が「おおっ!」とどよめく。


(普通じゃんけんかクジだろ! なんでこういうところだけ魔法学校らしくしやがるんだ!)


 まあいい。俺の隣には結界魔法の第一人者らしいフェリックスのおっさんがいる。ファイヤーボールの一つや二つ、赤子もびっくりのデカさのやつを放ってくれるはずだ。


「おっさん、出番だぜ! 派手にかましてやれ!」


 俺が自信満々に隣を見ると、そこには別人がいた。

 さっきまでの死んだ魚の目をした覇気のないおっさんはどこへやら。

 今はただ、ガタガタと全身を震わせて滝のような冷や汗を流し、小声で何かをぶつぶつと呟いている、ただの哀れな中年男性がいるだけだった。


「お、落ち着け俺……ここでは俺は教師……そうだ、教師なんだ。目の前にいるのは可愛い生徒……俺の娘だと思えばいい……いや無理だ! 俺、童貞だし! 娘いねえし! ていうか今の若い娘が何を考えてるかなんて分かるわけねえだろ! 下手に話しかけて『キモ』とか言われたら俺のライフはゼロだ! 逮捕される! 絶対に逮捕される!」


 めちゃくちゃ早口で、自分自身にマインドコントロールを仕掛けようとして盛大に失敗してやがる。

 ダメだこりゃ。こいつ、使い物にならん。


 こうなったらやるしかねえ。俺がなんとかしてやる。

 壇上の向こうでは栗毛姉妹がすでに手のひらにバスケットボール大の火球を浮かべ、余裕の表情でこっちの様子を伺っている。


 俺はシャーロットと姉妹に向かって、堂々と告げた。


「そっち、先行でいいぜ」


「おおっと、何故か参加している変態勇者セイヤ、余裕綽々で相手に塩を送ったああああ! これは王者の風格か、それともただの馬鹿かーっ!」


「変態は余計だろ!」


 俺のツッコミも虚しく、姉妹の顔がみるみるうちに屈辱に染まっていく。

 そうだ、エリート魔法学校の生徒にとって、俺のような得体の知れない部外者から、しかも魔法も使わずに先攻を譲られるなど、プライドが許さないのだろう。


「……ええ。その余裕、万死に値しますわ」

「お姉様! やっちゃいましょう!」


 あかん。完全に火に油を注いだ。

 だが、もう後には引けん。俺は腹を括った。


「それでは、エリカ、モニカ姉妹の先攻でディベートスタート!」


 シャーロットの宣言と共に、ロンブローゾ魔法学校ディベート大会の火蓋が最悪の形で切って落とされたのだった。


 壇上に立つエリカは侮蔑の色を隠そうともしない冷ややかな視線を俺に向け、すっと背筋を伸ばすと澄み切った声で口火を切った。


「それでは、始めさせていただきますわ。テーマは『愛は世界を救う』……あまりに自明の理で、議論の余地すらないように思えますが、あなたのような方にも理解できるよう、我々が懇切丁寧に解説して差し上げましょう」


 その声はホール全体に朗々と響き渡り、会場の生徒たちから「さすがはエリカ様だ」と感嘆のため息が漏れる。

 エリカの隣で、妹のモニカがこくりと頷き、姉の言葉を補強するように両手に小さな魔力の光を灯した。


「まず、我々はこの命題における『愛』を、『相互理解と協力によって生まれる、秩序と発展をもたらす建設的な力』と定義します。それは個々の力を調和させ、より大きな力へと昇華させる魔法の基本理念にも通じる、極めて論理的な概念ですわ」


 モニカが両手の光をそっと合わせると、二つの光は反発することなく滑らかに融合し、瞬時に何倍もの大きさの、暖かく輝く光球へと変化した。会場から「おお……」というどよめきが起こる。


「ご覧なさい。これこそが『愛』の力の可視化。個では成し得ないことを可能にする、調和と増幅の理ですわ。歴史がそれを証明しております。かつて王国を二分した『薔薇戦争』が、敵対する王家同士の婚姻――すなわち政略という名の『愛』の形によって終結し、今日の平和の礎を築いたことは、図書室の初等歴史書にすら記されている事実ですわよ?」


 エリカの淀みない解説に、モニカが「さすがお姉様ですわ!」と目を輝かせる。


「つまり、愛によって生まれる調和と協力こそが、混沌とした世界に秩序をもたらし、結果として世界を救うのです!」


「結論は明白ですわね。『愛は世界を救う』。これは真理です。……さて、そちらの粗野で下劣な方。この高尚な理屈に、何か反論はございますこと? もっとも、あなたに理解できるかはなはだ疑問ではございますが」


 エリカとモニカは腕を組み完璧な笑みを浮かべ、俺からの反論を待っている。

 フッ……完璧な理論だ。完璧すぎて反論の余地がないように見える。だがな、お嬢様方。あんたらは致命的なことを見落としてる。


「愛は世界を救う……か。ならどうして世界は平和にならないんだ? 愛が世界を救うなら、アンアンする連中で、すでに世界は救われているだろ?」


 俺の下品極まりない言葉に、エリカは一瞬、信じられないものを見るかのように目を見開いた。

 そして次の瞬間、美しい顔は侮蔑と嫌悪で凍りつき、心底汚らわしい虫でも見るかのような冷たい視線を俺に突き刺した。


「……なんですって? アン……アン……? ……まあ、あなたのような方から高尚な語彙が出てくるとは期待しておりませんでしたけれど、ここは神聖なる学び舎の、由緒正しきディベートの壇上ですのよ。そのような、市場のゴロツキが使うような言葉は慎んでいただきたいものですわ」


 モニカも顔を羞恥で真っ赤に染め、ぷいっとそっぽを向きながら姉に同意する。


「そ、そうですわ! お姉様の前で、なんて破廉恥なことを……!」


 エリカは気を取り直したように一つ咳払いをすると、憐れむような目で俺を見下ろし、反論を再開する。


「よろしいですわ。あなたのその稚拙な問いに、敢えて答えて差し上げましょう。『なぜ世界は平和にならないか』ですって? それは、あなたのように『愛』という言葉の意味を、その程度の低俗な行為としか結びつけられない、思慮の浅い人間が多すぎるからですわ」


 姉の言葉に勢いづき、モニカが再び俺を睨みつける。

 彼女の手のひらには先ほどの調和した光とは対照的に、禍々しく不安定に揺らめく小さな闇のエネルギー体のようなものが作り出された。


「そうです! 私たちが定義した『愛』は、相互理解と協力によって生まれる建設的な力! あなたが言うそれは、ただの動物的な本能の発散! 全くの別物ですわ! ご覧なさい! このように調和を欠いた魔力が破壊しかもたらさないように、秩序なき欲望は世界を救うどころか、混沌と堕落を生むだけですのよ!」


「その通りですわ、モニカ。要するに愛が世界を救うのではありません。我々が定義した、気高く、論理的な『愛』だけが世界を救うのです。あなたの言うような獣じみた行為で世界が救われるなら、それこそゴブリンの巣穴あたりが、世界で最も平和な場所ということになってしまいますわね。……お分かりになりましたかしら?」


 エリカは勝利を確信したように扇子で口元を隠し、クスクスと嘲笑を漏らす。

 モニカもまた得意げに胸を張っている。

 

 会場の生徒たちからも「そうだそうだ」「レベルが違いすぎる」という囁き声が聞こえてくる。

 だがな、お嬢様方。その完璧な理論にこそ、最大の穴があるんだよ。

 

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