第7話 血の匂いの道中
盗賊たちの無残な死体が転がる惨状を背に、俺は2人の少女を連れて森の中を歩き始めた。
木々の隙間から差し込む光は既に弱々しく、森は徐々に夕闇に包まれようとしている。
鼻をつくむせ返るような血と鉄錆の匂いが俺の胃を不快に刺激し、何度も吐き気をこみ上げさせた。
足元がおぼつかない。先ほどの殺戮の感触がまだ手に生々しく残っているかのようだ。
人を殺した。何人も。その事実がずしりと重い鉛となって俺の心を沈ませていく。
俺の前を歩くソフィとサファイヤの足取りはひどく覚束なかった。
破れたドレスは泥と血で汚れ、白い肌には痛々しい痣や引っ掻き傷がいくつも残っている。
特に2人とも股を擦るように、痛みに耐えながら歩いているのが見て取れた。
サファイヤは時折「……っ」と小さく呻き、唇の端が切れているソフィは妹を庇うようにゆっくりと歩を進めている。
「……おい、大丈夫か」
俺が声をかけると、ソフィはびくりと肩を震わせ、怯えたような目で振り返った。
「はい……大丈夫、です……救世主様……」
彼女の瞳には先ほどの崇拝の念と共に、俺の常軌を逸した力への純粋な畏怖が浮かんでいた。
「……救世主ってのはやめろ。星翼でいい」
俺は小さく舌打ちをすると、仕方なさそうに2人の前にしゃがみ込んだ。
「……乗れ。その足じゃ、夜までに森を抜けられん」
俺の行動に、姉妹は一瞬戸惑ったがソフィが妹の背中をそっと押し、サファイヤがおずおずと俺の背中にしがみつく。
続いて、俺はソフィを正面から抱きかかえる。いわゆる「お姫様だっこ」の体勢になった。
ステータスオール1の身体に2人分の重さがずしりと堪える。
2人を抱え上げた瞬間、俺の鼻腔に生々しい匂いが直撃した。
背中のサファイヤから子供らしいミルクのような甘い匂いと、腕の中のソフィから花のようなかぐわしい香り。
それらに混じって、先ほどの盗賊たちの精液の匂いと、2人の少女自身の愛液の匂いがむわりと立ち昇ってくる。
その瞬間、脳裏にあの日の光景が雷に打たれたように蘇った。
『ぁ……んっ……もっと、おく……っ、りゅうや、くんの……すごいぃ……っ』
熱っぽく、蕩けきった成瀬遥の声。
パンッ……! パンッ……! パンッ……!
俺の机が軋む音と、肉がぶつかり合う湿った音。
『んむ……っ……隼人くんの……おっきくて、おいしい……』
じゅぼ……じゅぼ……っ……ごぷ……
体育倉庫に響いた、愛崎咲耶の淫らな水音。
そうだ、この匂いだ。この俺の純情を粉々に砕き、俺を絶望の底に突き落とした、裏切りの匂いだ。
【リア充チェッカー: ソフィ・エルグランド 最終性交時間 1時間15分02秒前】
【リア充チェッカー: サファイヤ・エルグランド 最終性交時間 1時間11分31秒前】
脳内に出る無慈悲な表示。
(そうだ……だから俺は、あいつらを殺したんだ。この世界にも成瀬や愛崎を貪ったクソ野郎がいるんだろう。そいつら全員殺す。喜んで受け入れる女もだ)
憎しみが再び黒い炎となって燃え上がる。
少女たちの柔らかく、か弱い身体の感触が制服越しにダイレクトに伝わってくる。
特に、腕の中のソフィの丸みを帯び始めた臀部と、背中に感じるサファイヤの小さな胸の膨らみが俺の下腹部を不謹慎にも疼かせた。
(クソッ……! なんで俺は、この裏切りの匂いに欲情しちまってるんだ……!)
俺は奥歯をギリリと噛み締める。股間が俺の意思に反して熱を帯び、硬くなっていくのを感じた。
くそっ、この衝動は……俺の中に眠るもう一人の俺が目覚めようとしているのか……!
……フッ、我ながら呆れるな。こんな子供相手にムラムラしちゃうとは。
俺は心の中でクールに呟き、必死に平静を装う。
そうだ、落ち着け……思考を無にするんだ。心頭滅却すれば火もまた涼し……。羊が1匹、羊が2匹……。
ここで理性を失い、この力を失えば、この残酷な世界で待っているのは死だけだ。
(そうだ……今は耐えるんだ。レベルを上げて、信頼できる清らかな仲間を見つける。そして魔王を倒し、世界を救った後で……その時こそ、俺の童貞を捧げるにふさわしい、女の子を見つけるんだ……!)
俺はまだ見ぬ理想の未来を思い描き、固く心に誓うことで、昂る欲望を無理やりねじ伏せた。
歩きながら、俺はソフィに質問を投げかけた。
「なあ……なんで君たちみたいなのがこんな森にいたんだ? それに、俺はこの世界のこと、何も知らないんだ。教えてくれないか?」
ソフィは俺の腕の中で少し身じろぎしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私たちは王都の公爵家エルグランドの娘です。今日は忙しい両親の代行者として、隣町の領主様が行う婚約の儀の参列に向かう途中でした……。この森は近道だったのですが、まさかあのような凶悪な盗賊団が出るとは……」
ソフィは唇を噛み締め、悔しそうに俯く。
「この世界には私たち人間の他に、エルフやドワーフ、獣人といった様々な種族が暮らしています。魔物と呼ばれる恐ろしい生き物も……。今、世界は北の大陸から現れた魔王とその軍勢によって、危機に瀕してます」
淡々と語られる異世界の常識は、俺がゲームや小説で腐るほど読んできた、テンプレ中のテンプレみたいなファンタジーの世界だった。
まるであらゆるテンプレ作品をミキサーにかけて、適当に上澄みを掬ったような世界観だ。
だが、そこに俺が今いるのは紛れもない現実だ。
ソフィが話し終えた頃、俺は自分の股間の昂りがソフィの臀部に当たっていることに気づいた。
ソフィもまた、俺の硬さと熱さに気づき、身体をびくりと震わせていることにも。
「……っ」
ソフィが息を呑み、顔を真っ赤にして俯く。
「わ、悪い……! これ、その……!」
俺は慌ててソフィを抱え直し、腹より上に位置をずらす。
でも能力値オール1の俺の腕は、少女の重みに耐えきれず、プルプルと小刻みに震え始めた。
「くっ……! 早く王都へ……!」
汗だくになりながら、俺は必死で森の中を進む。
どれくらい歩いただろうか。
ようやく木々が途切れ、視界が急に開けた。
目の前に巨大な城壁に囲まれた、美しい街並みが広がっていく。
白い壁の家々、青い屋根、中央にそびえ立つ壮麗な城。
「……王都だ……」
ようやく目的地が見え、俺は安堵のため息をつく。
腕の中のソフィも、背中のサファイヤも、故郷の景色を見て、ほっとしたような表情を浮かべていた。
だが俺の旅はまだ始まったばかり。
この王都で、俺を待ち受けるのは安息か、それとも新たな絶望か。
俺の腕は限界を迎え、足元はふらついている。
だが俺の瞳に、この理不尽な世界への反抗の光が静かに灯り始めていた。