第75話 魔法学校潜入で思うのはメインヒロインが主人公と結婚しないのはいかがなものかということ
リイナの剣も無事に新調し、俺たちはロンブローゾ魔法学校へと続く、綺麗に舗装された石畳の道を歩いていた。
道すがら見かけた街の男たちの生気のなさを思えば、これから向かう場所はまさに魔境。
だが、リイナが手にした新たな愛剣の輝きは、俺たちの不安を希望の光で塗り替えるには十分だった。
「どうだ、リイナ。新たな剣は?」
「プリンセスソードと比較すると格は落ちるが、十分だ。魔法耐性があるのが心強い」
俺の問いに、細身の両手剣を腰に差したリイナは満更でもない様子で答えてくれた。
プリンセスソードが攻撃力+100なら、新剣は+70で追加属性に魔法耐性か。悪くない買い物だったな。
「この時間ならみんな授業中だから、受付で勇者一行が図書室を確認したいと言えば許可は下りると思う。リイナもいるしな」
カレンがそう言うと、俺はニヤリと口の端を吊り上げ、ビシッと胸を張った。
「ああ、任せろ。リイナの出番は必要ないさ。この勇者俺が、見事受付に国家権力の偉大さを見せしめてくれよう」
俺がカッコつけていると、リイナが深いため息と共に、冷ややかな視線を向けてくる。
「王国に迷惑をかけるなよ。自己責任という言葉を忘れるな」
「分かってるさ。俺の名声も広まってるんだ。喜んで入れてくれるだろうさ」
「悪名ですけどね」
レイラちゃんがボソッとだが、的確に俺の心を抉る事実を呟くも俺は動じない。
「悪名は無名に勝るんだからいいの!」
(フッ……どうせ俺の人気なんて地に落ちてるんだ。今さら悪名の一つや二つ増えたところで痛くも痒くもねえぜ)
「ところでカレンちゃん。さっきから警戒していますが、やっぱりサーシャちゃんというサキュバスのこと苦手なんですか?」
アンナの純粋な問いに、カレンもまた嘆息した。
「まあな。さすがにあたしも男になりたくはない」
「そのセリフは俺がホッとするぜ。安心しなカレン。俺が女の子の幸せを与えてやるぜ」
俺がキランと歯を輝かせると、カレンは「遠慮しとく」と真顔で即答した。
「サーシャも問い詰めたいが、魔法学校では生徒を巻き添えにしかねないな。ここはサーシャにバレずにリイナ問題に一本化だな」
俺の発言に、みんなが頷いてくれる。フッ、俺の発言力、少しは上がっていて嬉しいぜ。
「リイナ様の妹王女様のマーサ様とは、カレンさんは仲はどうなんですか?」
レイラの質問に、カレンは億劫そうに首を横に振った。
「あたしはあんまり友達いなかったからな。マーサ様とも会話した記憶はない。まあ、マーサ様もいつも従者の子と一緒で、他の子と会話しているの見たことないなあ」
「なるほどな。王族らしい高貴な存在として振舞ってるってわけか。そっちは協力関係構築は無理そうだな。もう1人、カレンの従姉ってのはどうなんだ? 協力してくれるタイプか?」
俺の問いの裏にある、カレンの親族なら美少女に違いないという下心を見透かしたのか、カレンは呆れた顔で答える。
「あ~、前にも話したが、あたしは親族受けが悪くてな。カーラ姉さんもそっち側さ。だから会わないのが無難だろう。ただ校舎入るのに叔母の学長の許可は必要だし、受付であたしがいることもバレると思う。だから授業が終わる前に蹴りをつけるのが無難だな」
「……私もマーサと鉢合わせて波乱が起きるのは避けたい。王都にいるマーサの母にどう伝わるか知れたものではないからな」
(くそっ! リイナとカレンのドロドロ確執話、俺の脳内百合アニメではもうとっくに解決済みだぞ! 互いの頬を涙で濡らしながら抱きしめ合い、『ずっと会いたかった!』って言いながら唇を重ねる神回になってるってのによ!)
そんな俺の妄想を乗せて、俺たちはついにロンブローゾ魔法学校の壮麗な正門をくぐった。
……なんか校舎の向こう側から、ドゴォッ! バキィッ! という凄まじい爆発音が聞こえるのは聞かなかったことにしよう。
「校庭で魔法実技の最中みたいだな」
カレンがボソッと言うが、いや、校庭半壊してね? あれはもう実技っていうか戦争だろ。
俺たちは一瞬顔を見合わせ、全員一致でスルーを決め込むと、静まり返った校舎へと足を踏み入れたのだった。
受付カウンターには、俺たちの予想を裏切る光景が広がっていた。
そこに座っていたのは、背筋を伸ばし、ハキハキとした笑顔が印象的な若い女性だった。この街の他の男たちのような、魂が抜け殻になった様子は微塵も感じられない。
「あら? 知らない顔だな」
カレンが俺たちにだけ聞こえるように、不思議そうに呟いた。
受付の女性もまた、カレンの顔を見ても特に反応を示すことなく、完璧な事務スマイルで「ご用件はなんでしょうか?」と尋ねてくる。
「む……カレン、知り合いではないのか?」
リイナが訝しげに小声で問う。
「この学校の受付なら、優秀な生徒だった君の顔を知らないはずはないと思うが……」
「まあ、あたしが退学になった後に雇われたんじゃないか? ならそんなもんだろ」
カレンは特に気にした様子もなく肩をすくめると、受付名簿にサラサラっと「勇者一行」と記入する。それを横目に、レイラちゃんがすっとペンを奪い、その横に「責任者:勇者セイヤ」と付け加えた。
(おい! なんで俺が責任者なんだよ! 何かあったら俺のせいにされるやつじゃねえか! ……いや、レイラちゃんも俺がリーダーだと認めてくれてるんじゃね? そうだよな! 勇者が全責任を負うのは当たり前だ! ど~んと構えていこうぜ、俺!)
俺は気合いを入れて先頭を歩く。
俺たちが受付から去ったあと、受付の女性の背後で腕組みしている女がクスりと笑ったのを、俺たちは気づくことができなかった。
しばらく歩いていると?
「こっちだ」
カレンの声に、全員が俺の背後から姿を消す。
俺に声かけないで曲がり道で曲がらないで! 頼むから1人にしないで!
まあ、そんなこんなで名門魔法学校に潜入ミッションは成功だ。
だがこの警備のガバガバっぷりだ。何も起こるはずがない、と信じたいが望み薄だろう。
カレンの従姉のカーラや、リイナの義妹のマーサの語りがビンビンにフラグを立てているしな。
それにサーシャだ。ポンコツとはいえサキュバス。カレンが同じ屋根の下にいるのに気づかないとは思えない。
きっと現れるし、カレンと一悶着あるだろう。俺にまだ激おこなのも間違いない。
……まあ、奴は単純だし、奴が履いていた黒ビキニパンツも俺のポケットにまだある。交渉の余地はあるだろう。
最終手段、カレンに惚れているなら、ここで協力してポイント稼ぐべきだ。俺が協力してやるってなあ。
クックック、目に浮かぶぜ。ポンコツサキュバスが一生懸命図書室の本棚から、背中の小さい羽根をパタパタさせて取りに行っては戻して取りに行くのを繰り返すのがなあ!
奴は今、学生だ。ならば制服を着ている。つまり飛べばスカートの中の下着を合法的に覗けるんだ。こんなチャンスは滅多にない!
クワッと目をギラつかせ、やがて辿り着いた目的の図書室。
さあ、最初のフラグイベント発生は誰かな?
そう思いつつ扉を開けると、そこにいたのは……。
「……はあ~」
テーブル席ででっかい溜息を吐く、フェリックスのおっさんだった。
「またおっさんかよ!」
「「「「図書室では静かに!」」」」
俺の怒声に、リイナたちが真顔で注意してくるのだった。




