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第72話 さよならは突然に

 ロンブローゾ魔法学校へ向かう旅路の、何の変哲もない昼下がりだった。

 幌馬車は街道をガタンゴトンと心地よいリズムで進み、車内ではレイラがどこからか仕入れた干し肉を静かに咀嚼し、アンナが座席でできる腹筋運動に勤しみ、リイナとカレンが地図を広げて今後のルートについて真剣に話し合っている。


 そして俺、もとい(セイコ)は、そんな平和な光景を眺めながら、物思いにふけっていた。


(魔法学校って、中高一貫校の年齢層か。嫌だなあ、リア充多かったら。……でも、無ばっかりもヤバいぞ。そんでもって魔法のエリート様ときたもんだ。戦いになったら即死! 何か対策講じねえと! ……まあ、カレンリイナがいるし、俺も今は外面絶好調の美少女だ。口車だけで何とかなりそうだぜ)


 美少女の俺に助けられた美少女が、俺を元に戻すために尽力してくれて、男に戻ったら私の初めてを貰ってください! なんて頭を下げてくる妄想が止まらないぜ。

 クフッ……クフフフフ。


(……ん?)


 すると突然、下腹部の奥で、今まで経験したことのない鈍い痛みが生まれた。まるで内側から誰かに雑巾でも絞られるような、じくじくとした不快な痛み。


(なんだ……? 昨日の村で食ったキノコ、毒キノコだったか? いや、だとしたら大食いのレイラが真っ先に倒れてるはずだ……)


 俺は気にも留めず、思考を魔法学校のキャンプファイヤーで、全女子生徒に告白される妄想へ切り替える。

 だが、痛みは徐々に強度を増していく。鈍痛は周期的な疼きに変わり、腰のあたりまで重だるい感覚が広がってきた。


「ぐっ……ぅ……」


 思わず、小さな呻き声が漏れる。


「どうしたのだ、セイコ? 顔色が悪いぞ?」

 

 リイナが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「だ、大丈夫……ちょっと、お腹が……あ、ヤバいかも」


 俺が青ざめていると下腹部で何かが決壊したかのような、ぬるりとした生温かい感触が、俺の……いや、私の股間を走った。


(は……?)


 全身の血の気が引いていく。なんだ、今の感覚は。まさか、俺……漏らしたのか? 美少女の身体で? 嘘だろ、俺の清純なイメージが……!


 俺は誰にも気づかれぬよう、そっと腰を浮かせ、スカートの下に手を入れる。

 指先に触れたのは、おしっこ特有のサラサラした液体ではなかった。

 もっと粘度があり、とろりとしていて生臭い匂いが鼻腔をくすぐった。


 恐る恐る、その指先を目の前に持ってくる。

 そこには、べったりと付着した、鮮血。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺の、可憐な美少女の喉から絞り出されたとは思えぬ絶叫が、幌馬車の中をビリビリと震わせた。


「せ、セイコちゃん⁉」

 

「どうしたのだ、セイコ!」


 アンナとリイナが駆け寄ってくる。カレンもレイラも驚いた顔でこちらを見ている。


「ち、血が……! 俺の股間から血が……! 刺された! いつの間に! 透明な巨大蜘蛛か⁉ それとも巨大サソリか⁉」


 俺が半狂乱で叫ぶ中、リイナ、アンナ、カレン、レイラの4人は顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、全員が同時に「ああ……」と、全てを察した顔になった。


 最初に口を開いたのは、アンナだった。

 

「おめでとうございます、セイコちゃん! これで一人前の女の子の仲間入りですね!」

 

 彼女は満面の笑みで、フンスッと力強くガッツポーズを決めている。


「せ、セイコ……そ、それは、その……女なら誰にでも訪れる、月の障りというものだ……。し、心配ない」

 

 リイナは顔を真っ赤にしながら、必死に平静を装って説明してくれる。


「初潮ですか。おめでたいですね。お祝いにこの干し肉を半分差し上げます」

 

 レイラはいつも通り、どこかズレた祝福を口にする。


「大丈夫か? 腹、痛むだろ。これ、痛み止めだ。あたしも酷くてな。……とりあえず、近くの川で身体を拭くか」

 

 カレンが懐から薬を取り出しながら、最も的確で、最もイケメンな対応を見せた。


 だが、俺の思考は完全に停止していた。

 月の……障り……? 初潮……?

 前世の保健体育の授業で聞いた、あの忌まわしき単語。


(こ、これが……生理……だと……?)


 俺はわなわなと震えながら、自分の下腹部を押さえた。ズキズキと、子宮が自己主張するかのように痛む。


(これが……これが毎月、女の身体を襲うというのか……? 冗談じゃねえ! こんな理不尽なデバフ効果、どんなクソゲーでも実装しねえぞ! HPとMPが毎月強制的にスリップダメージだと⁉ ふざけんな!)


 だが、絶望の次に俺の脳裏をよぎったのは、いつもの歪んだ好奇心だった。


(……だが、待てよ。これが、生命の神秘……。女だけが経験する、聖なる儀式……。どんな匂いがするんだ? どんな感触なんだ? この状態で、ヤることは可能なのか? いや、むしろこの状況でヤることこそ、背徳的で興奮するシチュエーションなのでは……?)


 俺はハアハアと荒い息を吐きながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして、俺の思考はさらに飛躍する。


(女って……すげえ……。こんな理不尽なデバフを毎月食らいながら、平然と生きてやがる……! しかも、この痛みの中から、新しい命を生み出すだと……? 男なんて、この痛みの前では無力なチンピラ同然じゃねえか……!)


 俺は何かを悟った顔で、おもむろに立ち上がった。


「分かった……俺は、理解したぞ……!」


「「「「え?」」」」


 俺は仲間たちの困惑した視線を一身に浴びながら、高らかに宣言した。


「全人類の男どもよ! この痛みを知れ! 女が毎月耐えているこの地獄を、貴様らも味わうべきなんだ! そうすれば、この世の全ての男は女に優しくなり、世界から争いごとはなくなる! そうだ……俺がラブリーショットを開発増産して、この世界全てを……うわああああああああああ腹痛えええええええええ!」


 俺の壮大な演説は、突如として襲ってきた第二波の激痛によって無残に中断された。

 俺はその場に蹲り、「痛い……死ぬ……」と涙目で呻く。


 そんな俺の周りを、リイナたちが「やれやれ」と呆れながらも、どこか優しげな顔で囲み、手際よく介抱を始めるのだった。


 すると脳内からシステムコールの声が聞こえてくる!


【生理ちゃんから悲鳴確認。ここは女の身体なのに、魂が男を検知! きゃあああって怯えている!オオイシセイヤは男! 称号処女ではなく、称号童貞が正解! これより生理ちゃんを救うため、大量の精子を投入、投入、投入!】


 ぐ、ぐああああああああ。か、身体が熱い……声も出せない! てか生理ちゃんの悲鳴ってなんだよ。


『きゃあああ! なんで男がいるのよ! ここは子宮よ! 出ていきなさい! 変態! 不法侵入者!』


 とでも言ってるのかよ!


 もがく俺に、レイラが慌てて治癒魔法をかけてくるが効果なし。

 やがて俺の身体はミシミシと、音を立て、柔らかい身体が筋肉質に変わる。

 フッ……戻ったのか、俺。


 呆然と見つめるしかなかったみんなに向けて、俺は照れながら告げる。


「ただいま、みんな。……そしてさよなら、セイコ」


 目に涙を浮かべてしまう。セイコでアレをもう少しヤりたかったなあ……。


「おかえり……セイヤ。とりあえず、貸していたブラジャーとスカートを脱げ」


 久しぶりでビンビンな俺の息子がサーシャの黒ビキニパンツで擦れて不自然に盛り上がったスカートに、カレンが顔を赤らめて目線を逸らし、レイラちゃんが舌打ちし、アンナがファイティングポーズを取る中で、リイナが汚物を見る目で呟いたのだった。


 ああ……この感じ、久しぶりで涙が出てくるぜ。

 

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