第71話 昔語り(リイナ)
険しい山道を越え、眼下に広がるのどかな村の灯りが見えた時、俺たちはようやく安堵のため息をついた。
明日にはいよいよロンブローゾ領に入る。ここはその麓に位置する、旅人たちの疲れを癒すための小さな村だ。
宿屋が営む飯屋の、温かい暖炉の火がパチパチと爆ぜる音を聞きながら、俺たちは湯気の立つシチューを囲んでいた。
「明日からは本格的に魔法学校への潜入だな。あたしは退学になってる身だし、生徒や教師陣もいい顔はしないだろう。だから、基本は図書室での文献調査がメインになると思う」
カレンが今後の計画を説明する。彼女の横顔は真剣そのものだ。
「リイナがいるし、王女様の頼みなら学長も断ったりはしないはずだ。必要な資料は閲覧できるだろう」
「おう、任せとけって。そこは勇者である俺の名前も、権威として使っていこうぜ!」
俺が私の美少女フェイスでビシッとサムズアップすると、カレンは心底呆れたようにジト目を向けてきた。
「出してもいいが、あんた、今は女の子だろ? 『性別を自在に変えられる特異体質』なんて情報が広まったら、研究者が涎垂らして攫いに来ると思うが、それでもいいなら出すが?」
俺の脳裏に、背後からスタンガン的な魔導具でビリビリにされ、意識がブラックアウト。次に目覚めたら実験台の上で拘束器具によって大の字開脚させられ、周りを白衣着た非モテのおっさん集団が「おお……!」「これは世紀の大発見だ!」「まずは隅々まで観察させてもらおうか、ヒヒヒ……」とか言いながら囲んでいる、地獄のような光景が鮮明に浮かんだ。
(絶対に嫌だぜ! せめて拘束されて最初の相手は、俺の容姿にガチ惚れしてくる、美少女みたいな顔の男の子にしてくれ! それでそいつを誑かして脱出だ!)
「ロンブローゾ魔法学校って、エリートの人たちだらけなんですよね? カレンちゃんの親戚も通ってたりするんですか?」
アンナの素朴な疑問に、カレンは「ああ」と億劫そうに頷いた。
「学長が叔母さんだし、その叔母さんの娘、つまりあたしの従姉も通ってる。正直、あんまり会いたくないんだよなあ」
はあ~、と嘆息するカレン。名家というのもなかなか大変そうだ。
「そういえば、リイナ様の妹であらせられる第三王女マーサ様も通っていらっしゃいますよね?」
レイラの情報に、カレンは「ああ、あたしと同い年だな」と呟き、アンナが「リイナの妹! なら、絶対に協力してくれるはずです!」と、ぱあっと顔を輝かせた。
(カレンと同い年なら15歳か。俺の1つ下だな。ふむふむ、未来のお義兄さんとして、ここはガッチリハートを掴んでおかないとな。今の俺は超絶美少女の姿だし、仲良くなるのは造作もない。グヘヘ……)
俺がよだれを垂らしそうな勢いで下卑た妄想に浸っていると、リイナの表情がすっと暗くなったのに気づいた。
自身の事情もあるのだろうが、どうもそれ以外にも何かあるようだ。
「マーサ様は第2夫人の唯一のお子様で、母親の魔法の才を色濃く受け継いでいると聞き及んでいます。……但し、その才ゆえに婚約者が決まらないとも」
レイラちゃんの事情通っぷり、本当に助かるぜ。
婚約者が決まらないのはリイナとの共通点か。
相違点は腹違いで、姉が剣の達人、妹が魔法の達人ってとこか。
しっかし王族が世界のバランスブレイカーみたいな属性してんな。……残り20人の姉弟もそんな感じなのか?
暫し沈黙していたリイナだったが、やがて意を決したように、俺たちに顔を上げた。
「……不思議な話だと思われるだろうが、私は妹のマーサと会ったことがないのだ」
「「「「え?」」」」
意外な語りだしに、俺たち全員が驚きの声をあげる。
「よくある話……そう一言で切り捨てるのは簡単な、私の母とマーサの母の仲の悪さが原因だ。幼い私は、歳の近い妹がいると耳にして、目を輝かせて会いに行こうとしたことがある。……でも、向けられたのは第2夫人の氷のように冷たい目と、呪詛に満ちた『お前さえ産まれなければ、私が王妃だったのに!』という声だった。……正直、今でも時々悪夢を見るぐらいの、嫌な思い出だ」
(ひっ! 合法ハーレムの王様の、ドロッドロの裏事情怖すぎだろ! ていうかリイナの親父! てめえにハーレムを維持する資格なんざねえ! 正妻への嫉妬を放置するなんて、ハーレム王が一番やっちゃいけないことだと知らんのか! 嫉妬は全部自分に向けさせて、正妻と妾たちはキャッキャウフフさせるのが理想だろ! 今度会ったら、呂后の逸話をたっぷりと語ってやる! それで分からんようなら、その玉座の椅子、俺によこせやああああってクーデター起こしてやるわ!)
俺が内心で激しく憤っていると、リイナはさらに俯いて続けた。
「だからきっと、マーサも私に好印象を抱いていないと思う。それでなくても婚約者を5人も殺された……いや、殺した私だ。姉として何もしていないどころか、剣ではなく魔法だが、群を抜いた才能を持つ妹への婚約話も、私のせいで立ち消えになっている。もしかしたら私を恨んでいるかもしれない」
俯いて話すリイナの表情は痛々しい。今まで決して弱みを見せなかった彼女の、初めて聞く本音に、俺の心も締め付けられるように痛んだ。
だからこそ、俺は……と口にしようとしたんだが、俺より先にカレンが動いた。
「よかったじゃないか。それを話せる仲間がいてさ」
「……カレン!」
カレンのぶっきらぼうだが、温かい言葉にリイナの瞳に力が戻る。
(って! 俺のセリフ取らないで! 今、俺が最高にカッコよく決めるところだったのに!)
「私も何があってもリイナの味方です!」
アンナがフンスと鼻息荒く胸を叩く。
「当然、私もです。正統な第一王女と友達になれた幸運、生涯手放すつもりはありません」
レイラの打算的な言葉も、今はどこか頼もしく聞こえる。
「……アンナ。……レイラ。みんな、ありがとう。みんなと出会えて、本当によかった」
ひしっと抱きしめ合う美少女4人。
お~い、俺も今は美少女なんだから混ぜてくれ~。
「まあ、なんだ。考えすぎても仕方がない。母親と娘つったって同一人物じゃないし、マーサって娘の利害も、母親が王妃という称号を欲しがっているだけなんて決めつけはなしで考えようぜ。カレンもだ。退学を通達してきた学長が叔母さんなんだろうが、それはそれ、これはこれの精神で乗り込むぞ。……カレンも、今はロンブローゾ魔法学校の一生徒じゃなく、この俺、勇者一行のパーティメンバーなんだからな!」
ビシッ! フッ、今度こそ決まったぜ。
俺の言葉に、仲間たちが一斉に顔を上げた。
「ああ、セイコ……いや、セイヤの言う通りだな」
「はい! ちゃちゃっと解決して、リイナの剣も新しく見繕わなくっちゃですね!」
「高音ボイス、美少女フェイス……悔しいですが、満点です」
ふふっ、いいぞ、リイナにアンナにレイラ。もっと俺に同調してくれ。そして惚れろ。
「あたしは男だったあんたと、あんまり接点なかったから言うが、セイヤは外道な振る舞いしなければカッコいい奴なんじゃないか?」
「カレンちゃん……嬉しい! そんなこと、生まれて初めて言われた!」
感動する俺は本能のままにカレンに抱きつこうとする。だが。
「「「いや、それはない(です)」」」
無慈悲にも、リイナがカレンの身体をすっと逸らし、俺は勢い余って背後の壁に真正面から激突した。
ドゴッ! という鈍い音とともに身体に激痛が走る。
(……美少女なのに、こんなオチってあんまりだ)
そんな俺の無様な姿を見て、みんなはクスッと、楽しそうに笑うのだった。