第70話 仲間と進むべき道
保養都市ブリューレを覆っていた結界の境界線を、カレンが恐る恐る、まるで薄氷を踏むかのように一歩、また一歩と跨いでいく。
俺たち一行は固唾を飲んで、その歴史的瞬間を見守っていた。
そして……カレンは完全に、ブリューレ領の外の地面を踏みしめた。
「ま、マジだ……。出れた! あたしは……ブリューレから出れたぞ!」
カレンの瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
これまでずっと彼女を縛り付けていた見えない枷が、完全に外れた瞬間だった。
「セ、セイコ……じゃない、セイヤの推理、マジで当たってるとは……!」
「やったあ! これでカレンさんは真の仲間ですね! これからよろしくです!」
アンナが自分のことのように喜び、カレンの両手をがっちりと握る。
2人は子供のようにはしゃぎ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
「ああ! よろしくな!」
カレンの顔には、俺が今まで見た中で一番晴れやかで、最高に眩しい笑顔が咲き誇っていた。
そんな感動的な光景をぶち壊すように、レイラの冷ややかな声が俺の鼓膜を不快に揺らす。
「これで問題は、グリーンウェルというヤクザ男の対応と、リイナ様の剣、それにセイヤさんの性別問題ですね。……見た目が美少女なのが腹が立ちます」
レイラちゃんがチッと鋭く舌打ちしながら俺を見る。
おい! 昨日までの私に見せていた、お姉ちゃんにツンデレで甘える妹みたいな可愛い態度はどこに行ったんだよ! 速攻で帰ってきて!
当のリイナはというと、カレンに「これからよろしく頼む」と声をかけながらも、その瞳にはいつもの凛とした輝きがなく、どこか深く沈んでいる。
まあ、無理もない。昨夜の悪夢のような出来事を思えば……。
***
今朝、宿屋の一室。
俺たちは目覚めたばかりのリイナを囲み、昨夜の出来事を慎重に、言葉を選びながら説明した。ちなみに俺はまだ簀巻きにされて天井から逆さ宙吊りのままだったが。
自分の身体が魔王軍の幹部に乗っ取られていたこと。カレンを殺そうとしたこと。そして、過去の婚約者惨殺事件も、ほぼ間違いなくそいつの仕業であること。
残酷な真実を聞かされた直後、リイナは完全に光を失った瞳で絶望し、衝動的に、溶けて無様になった愛剣の、かろうじて残った刀身部分で自らの喉を突こうとしやがった!
「リイナ!」
カレンが叫ぶと同時に、彼女の指先から放たれた光線魔法が、リイナの手から鉄塊を正確に弾き飛ばす。ナイスだぜカレン! てか誰か俺の簀巻きを解除してくれ!
「リイナ! 冗談でもそんなことをしてはいけません! 残された人のことを考えないなんてリイナらしくありませんよ!」
アンナが腰に両手を当て、子供を叱るようにプンスカと頬を膨らませる。
「そうです。仮にもリイナ様はこの国レンデモールの第一王女。死なれたら私たちが処刑されるでしょう。なので絶対に死んではいけない存在なのを忘れないでください」
レイラちゃんの説得は相変わらず自分本位に聞こえるが、実際その通りだ。
勇者の俺に人気は全くない。俺たちをなかったことにして、次の勇者一行を選ぶなんて、この国の連中なら罪悪感ゼロでやりかねん。
「あたしを狙ったことは……まあ驚いたが、リイナのせいじゃないんだ。気にするな。会って間もないが、リイナが裏表のない優しい人だって知っている。あたしはあんたを恨んだりしてないし、つーかあたしでよかったよ。勇者のおかげで対処できて死者ゼロさ。だからこうして、みんなもあたしも無事でいられるんだからさ」
うわっ。超カッコいいセリフ! その笑顔は反則だろカレン!
ほれ見ろ! リイナまで頬を赤らめて目を潤ませてカレンを見てるじゃねえか! 俺も何か言わなければあああああ!
「そうだぞリイナ! 絶対に死ぬな! 死ぬときは俺と一緒に、俺たちの曾孫に囲まれながら老衰死するのを理想とするんだ!」
「……本当にセイヤなのだな。セイコの見た目でそのセリフ、脳がバグりそうだぞ」
俺の言葉に、リイナの表情がふふっと和らぐ。彼女は小さく笑うと、静かに呟いた。
「一緒に老衰死は却下だが、曾孫に囲まれながらは悪くないな」
そうして、ようやくリイナは立ち直ったのだ。
***
そんな朝を終え、俺たちはリュカ、ウッド、シルフィ、ミャミャも加えて、ここ領外に辿り着いた。
「じゃあ僕たちは王都に戻り、リイナ王女の呪いの源泉と、グリーンウェルという男の正体を探っていこう」
リュカが真剣な面持ちで言う。本当にこいつはいい奴だぜ。だが俺の『リア充チェッカー』は容赦しない。
【最終性交時間: 4時間35分前(相手:シルフィとミャミャのお口で同時フィニッシュ)】
グリーンウェル襲撃のあと、ヤッてたのかよ! しかも同時フィニッシュ好きだなこいつ!
「俺も故郷に未練はない。リュカと共に王都に一旦戻ろう。剣の人脈からグリーンウェルを探ってみる」
ウッドもカッコいい顔つきだが、表示がなあ……。
【最終性交時間: 4時間11分前(相手:若女将と新人仲居のお口で同時フィニッシュ)】
羨ましすぎる! つーかお口で同時フィニッシュって流行ってんの? ていうか、2人とも女の子2人を相手ってのが血の涙出そうだぜ。
「セイヤ、貴様が私とミャミャの全裸を隅々まで観察した屈辱は生涯忘れん。まさか女の子になってまで女湯に入るとは不覚だ。魔王を倒したらきっちり始末してやる」
シルフィ! 目がマジなんですが⁉ でも魔王討伐まで猶予をくれるとは、案外俺のことを認めてくれたのかな?
エルフの全裸、生涯忘れません!
「にゃあ、セイコのままでいたほうが世界平和のためにいいと思うにゃ。今度一緒に合コンでもして、お持ち帰りされるといいにゃ」
ミャミャめ! 俺の正体疑ってたのに口に出さなかったのはそれが理由か! 俺が男だと世界は平和じゃねえのかよ!
合コンについてはセッティングお願いします!
「コホン。この子がセイヤだなんて信じられないが……確かに言動はセイヤだな」
「ああ、ちょっと反応に困る」
リュカとウッドも俺を見て顔を赤らめるなああああ! お前らにアンアンされた悪夢を思い出して、今の俺の下半身が疼くじゃねえかああああ!
「じゃあ、俺たちはロンブローゾ魔法学校へ向かうぞ! リイナの呪い解除の魔法を見つけるために! 俺をふたなりにする魔法を見つけるために!」
リュカたちと別れ、俺たちはブリューレ南に位置するロンブローゾへと向かっていく。
「「「「後者のは却下だからな(です)」」」」
歩き出した俺の背後で、リイナ、アンナ、レイラ、カレンの声が綺麗にハモるのだった。