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第6話 救世主星翼

 凄惨な殺戮が終わると、森は再び不気味なほどの静寂が戻ってきた。

 血の匂いと鉄錆の匂いが混じり合った、むせ返るような空気が立ち込めている。

 俺は肉片と化した盗賊たちの死体の山の中で呆然と立ち尽くしていた。


 返り血で染まった高校の制服はドス黒く変色している。

 手にした長剣からは絶えず、ぽたぽたと血が滴り落ちていた。

 俺の全身を包んでいた神々しい黄金色のオーラは、最後の盗賊が絶命すると同時に幻だったかのように綺麗に消え去っていた。


「はぁ……はぁ……俺が……やったのか……?」


 俺は震える手で長剣を取り落とす。カラン、と乾いた音が静寂の中でやけに大きく響いた。

 自分の手がべっとりと血で真っ赤に染まっているのを見て、強烈な吐き気が込み上げてくる。

 その時、目の前に再び半透明のウィンドウが現れた。


【レベルアップ! Lv.1 → Lv.2】

【称号:『盗賊殺し』を獲得しました】

【スキル:『パッシブスキル:リア充チェッカー』『ユニークスキル:リア充絶対殺すマン』を獲得しました】


 ウィンドウを見て、俺はわずかな期待を込めて、自身のステータスを再度確認する。

 レベルが上がったのだ。少しは強くなっているはずだ。

 けれど表示されたのは無慈悲な現実だった。


【力:1】【体力:1】【速さ:1】【賢さ:1】【魔力:1】【幸運:1】


「……変わってねえじゃねえか! あのクソ神ィ!」


 レベルが上がっても、基本能力値は一切変動していなかった。

 安堵よりも先に、神への激しい怒りが込み上げてくる。

 俺は苛立ちながら、新たに表示されたスキル欄の詳細を開くと、そこに俺の運命を決定づける文章が記されていた。


【パッシブスキル:『リア充チェッカー』】

効果:視認した対象が最後に男女の性行為を行った時間を、秒単位で自動的に表示する。


【ユニークスキル:『リア充絶対殺すマン』】

効果:男女の性行為経験者に対し、戦闘時に能力値に補正がかかる。

・【24時間以内】に行為を行った者:対象の能力値を完全に凌駕する《神域》レベルの補正。

・【1週間以内】に行為を行った者:対象の能力値を大幅に上回る補正。

・【それ以前】に行為を行った者:対象の能力値をわずかに上回る補正。

※制約:スキル所有者自身が男女の性行為を行った場合、称号『童貞』は失われ、全てのユニークスキルは永久に消滅する。以降、ただの能力値オール1の一般人に戻る。


「……な……なんだ……このルールは……⁉」


 制約事項を読んだ瞬間、俺の全ての血の気が引いていくのがわかった。脳が……思考が……沼に沈んでいく……!


「つまり……俺は……この力と引き換えに、永遠に童貞を守れと? ……フザけるな! 何という呪いだ! あのクソ神、俺に悪魔との契約を結ばせやがったのか!」

 

 サワサワと、森の木々が不気味に葉を揺らす。まるで俺の絶望を肯定するかのように。

 憧れの成瀬遥や愛崎咲耶と結ばれる未来はもう二度とないが、それはもうどうでもいい。

 あんなゴミカスのことなんざ忘れろ。

 だが、この異世界で誰かと愛し合うことすら俺は許されないのか?

 最強の力を手に入れた代償は、人間としての幸せを永遠に放棄しろというのか?


「ふざけるなっ……! こんなのイカサマだ! こんな理不尽があってたまるかああああ!」


 俺の絶叫が血に染まった森に、虚しく木霊した。


 まあ待て、落ち着け俺。要はこの世界が平和になって、俺の安全が保証されるようになればいいんだ。

 こんなクソ能力を必要としない平和な世界で、俺は童貞を捨てる!

 そうだ! それがいい! ていうか、それしかない!


 俺が天を仰ぎ、絶望と一縷の希望に打ちひしがれていると、茂みの影から、2人の少女がおずおずと姿を現した。

 盗賊にヤラれていた姉妹だ。

 彼女たちのドレスは破れ、肌には痛々しい暴行の痕跡が残っているが瞳には先ほどの虚無感はなく、俺に対する絶対的な崇拝の光が宿っていた。


「あ、あの……」


 姉が震える声で俺に話しかける。


「お救いいただき、誠にありがとうございます。……私の名前はソフィと申します。年齢は12歳です。……あなたが世界が危機になると現れるという、救世主様……!」


 彼女は俺の前に進み出ると、泥で汚れるのも構わずに、その場で深々と膝をついた。妹も、それに倣う。


「私はサファイヤです。年齢は11歳です。あ、あの! ありがとうございました救世主様!」


「救世主……? 人違いだ」


 俺は戸惑い、後ずさる。

 俺はただ、憎悪に任せて人を殺しただけの、血塗れの殺人鬼だ。こんな男が救世主であるはずがない。


「いいえ、あなたは私たちの命の恩人です。このご恩は生涯忘れません」


 ソフィは気丈にも顔を上げ、真っ直ぐな、一点の曇りもない瞳で俺を見つめた。

 彼女の瞳の力強さに、俺は何も言えなくなってしまう。


「……とにかく、ここから動こう。このままじゃ危ない。君たちの家はどこなんだ?」


 俺はこの理不尽で強力すぎる力と共に、この残酷な世界で生きていくしかないことを悟る。

 まずはこの姉妹を安全な場所まで送り届けること。それが今の俺にできる唯一のことだった。


「はい! 私たちの家は王都にございます……」


 姉妹を立たせ、歩き出す俺の視界の端に、姉妹の頭上に半透明のウィンドウが浮かび上がった。

 新スキル『リア充チェッカー』が俺の意思とは関係なく、自動で発動したのだ。


【ソフィ・エルグランド】

【最終性交時間: 32分14秒前】


【サファイヤ・エルグランド】

【最終性交時間: 28分55秒前】


 残酷なまでに正確で、生々しい情報に、俺の足がピタリと止まる。


(ああ……そうか……こいつらも……もう……)


 なぜだ。なぜなんだ。教えてくれ。

 

「……なんだよ……これ……。意味わかんねえよ……」

 

 助けたはずの少女たちもまた、俺にとっては汚れてしまった存在であり、忌むべきリア充のカテゴリーに含まれるのだと、システムは無慈悲に、冷酷に告げていた。

 

 だけど、こいつらは被害者なんだよな。

 ……それで、こんな俺を頼ってくれている。

 今の彼女たちには俺しかいない。俺が助けたのは事実だ。ここで「じゃあさよなら」なんてのは人として駄目すぎるだろ。

 それに……今はボロボロで、あの男たちの白い液体で汚れているが、元は立派な馬車に護衛付き、上等なドレス姿だったんだ。

 王都に家があるってことはそれなりの身分のはずだ。もしかしたら……褒美が期待できるかもしれないな。


 打算が俺の足を再び動かした。


 俺は再び、血の涙を流しながら、固く心に誓うのだった。


「……どんなに汚い手を使おうと、最後に立っているのはこの俺だ。この理不尽な世界で生き残るためなら、俺はなんだってしてやるさ」


 俺の打算に満ちた異世界珍道中が、ここから始まる。


明日以降毎日19時19分更新予定


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