第68話 王女の呪いの正体
月光が静かに差し込む宿屋の一室。
俺の心臓は警鐘のようにドクドクと鳴り響き、全身の血が凍てつくような感覚に支配されていた。
目の前に立つのはリイナ。だが、瞳に宿るのはいつもの澄んだ碧色ではない。闇の底で燃え盛る溶岩のような、禍々しい業火の光。
彼女が振り上げた剣が、俺が仲間になったばかりのカレンめがけて無慈悲に振り下ろされる!
「やめろおおおおおお!」
思考より先に身体が動いていた。俺はカレンの布団の前に飛び出し、振り下ろされる剣を両の手で挟み込む。
真剣白刃取りだ。
キィンッ!
甲高い金属音と共に、俺の手のひらが灼けるように痛む。だが、止まった。俺のこの華奢な美少女の腕で、リイナの渾身の一撃が。
できた! なんで⁉ リイナは【無】で、俺の『リア充絶対殺すマン』が発動しないから、俺はステータスオール1のままのはずなのに発動してるだと⁉
やばい! 一瞬でも気を抜けば、俺ごとカレンが真っ二つにされる! クソおおおお! カレンが殺されるのも、リイナが人殺しになるのも絶対嫌だあああああ!
「ほう……勇者以外に、この俺より僅かに強い奴がこの世にいたとはな」
リイナの口から、エコーがかかった、普段のリイナの低い声と渋いおっさんの声が混じり合って響く。
その声……その台詞⁉
俺は脂汗を流しながら、リイナの表示を脳内で確認する。するとそこには……。
【グリーンウェル(人間・魔王軍)】
【最終性交時間: 22年と4ヶ月29日前(相手:故・妻・マリア)】
なっ⁉
だから能力発動して、真剣白刃取りできたのか!
俺が驚愕している間に、事態は動いた。物音に気づいた仲間たちが一斉に跳ね起きる。
「リイナ⁉」
カレンが動き、リイナを視認して一瞬絶句するも、即座に両手に炎を宿らせる。剣を溶かすほどの業火が、俺とリイナの間にいる剣めがけて放たれた。
アンナも空中に高く跳躍すると、一直線でリイナではない存在に強烈な蹴りを放つ。
レイラも聖なる光を両手に集め、リイナに憑いている何かを祓おうと詠唱を開始した。
だが、リイナの顔をしたグリーンウェルは、その全てを驚愕の身体能力でいなしていく。
剣が溶けてなくなっても、まるで予測していたかのように身を翻し、アンナの蹴りを片手で受け止め、レイラの聖なる光を最小限の動きで回避した。
「何者だ!」
騒ぎを聞きつけ、隣室からシルフィ、ミャミャ、リュカ、ウッドが雪崩れ込んでくる。
「よく分からんが加勢する!」
「あのヤバい奴の臭いプンプンにゃ!」
「凄まじい邪気! 一体何事だ⁉」
「リイナ王女……ではないな。この命に代えて加勢しよう」
ウッドたちの怒涛の攻撃がグリーンウェルに襲いかかるが、ことごとく紙一重で躱され、逆に放たれた強烈な一撃によって全員が壁や床に叩きつけられ、沈んでいく。
瞬く間に、立っているのはセイコである俺と、カレン、アンナ、レイラ、そしてリイナの顔をしたグリーンウェルのみになった。
「あんた……グリーンウェルのおっさんか。いつからリイナに憑いていやがった!」
俺の激昂に、リイナは……いや、グリーンウェルは高笑いし、身体を俺が知っているグリーンウェルのおっさんそのものに変えた。
「グリーンウェル? セイコちゃん! どういうことですか!」
もう隠し立てする義理はねえ。カレン暗殺持ちかけた時点で八百長なんざ反故だ!
「こいつは魔王軍! カレンの命を狙ってやがる!」
「なっ⁉ それでわざわざリイナを⁉ 許せません! こんな時にセイヤさんは一体どこに……!」
「リイナ様に憑かれるとは不覚。聖女の称号を返上したい気分です」
「あたしが目的なら、回りくどいことをしないでもらいたいな。リイナから離れろ! 卑怯野郎!」
アンナ、レイラ、カレンが叫ぶ。
一瞬たりとも気を抜けない。『リア充絶対殺すマン』発動で僅かに上回る程度じゃ、隙を見せた瞬間に全員が殺られてしまうほどの殺気が放たれている。
「クックック、ハッハッハ。これは一本とられたぜ。なるほどなあ、お前オオイシセイヤか? まさか女の子になっているとは俺も想定していなかったぜ」
くっ! そう返されるか。
みんな目をまん丸にさせて俺を見るが、そりゃそうだよな。
でも、言い訳はあとでさせてくれ!
「否定しても無駄だぜ? 俺の正体を知っていて生きている人間は、お前だけなんだからな」
墓穴を掘ったか……。だが後悔はない。仲間を救うため、仲間を守るため、俺は全力で挑むのみだ!
「俺との約束を覚えているか? カレンを殺せ。そうすればリイナ王女は返してやる」
「結局そこに行き着くわけか。なら、答えは簡単だ。ノーだぜ、グリーンウェルのおっさん。俺は両手両足に花を持って純愛貫くのが理想なんでね。それに、お前なんだろ? リイナの婚約者を次々惨殺した犯人ってのは!」
グリーンウェルはただ、歪んだ笑みを浮かべた。それが答え。こいつがリイナの普通の王女の人生を奪った元凶!
『セイコさん……いえ、セイヤさん。アンナさんと2人で近接戦をしてください。その隙に私とカレンさんで……』
レイラの声が脳内に響く。俺とアンナは瞬時に駆け出し、グリーンウェルとの肉弾戦に突入した。
アンナの超絶スピードの技が次々繰り出されるが、グリーンウェルとの実力差は歴然だ。だが、俺が『リア充絶対殺すマン』の能力で彼女を庇い、反撃することで、グリーンウェルも決定打を与えられない。
だがキツい! リイナの剣が溶けたことで即死のリスクは減ったが、こっちも致命傷を与えられない。クソッ! この近接戦にリイナがいれば、遥かに楽だったのに!
レイラちゃん! 策があるなら早く! 俺たちが持たない!
「『大地を覆う闇より昏きもの、天より照らす光によって霧散せよ』……カレンさん!」
レイラの詠唱に、カレンの放つ光球が室内に眩い太陽を作り出す。
「……ちっ。そうきたか。まあいい。暫しお別れとするか。だが聖女に魔女よ。その程度の封印魔法の波状攻撃など、数日で解いてみせるさ」
邪悪な気配が消え、清浄な空気が室内に充満する。グリーンウェルの姿は消え、元のリイナが重力に従って崩れ落ちていくのを、俺とアンナが慌てて抱きかかえた。
「レイラちゃん、カレン、何をしたの?」
「奴が言っていた通りの封印魔法です。それをカレンさんの光魔法による反射で何十倍ものブーストをかけてもらいました。……それで数日とは、歯がゆいです!」
「次ももう一度同じようにできる保証はないな。あのレベルに同じ手段が通用すると思えない」
レイラもカレンも唇を噛み締めている。
それほどの相手ということか。
「リイナ……可哀想に。ずっと魔王軍に操られていたなんて」
ギュッとリイナを抱きしめるアンナ。尊い光景だぜ。
「うっ……助かったのか?」
「にゃあ……生きているのが奇跡な気分なのにゃ」
「上には上が存在する。僕もまだまだなのを痛感する」
「怪物……まさにその表現が相応しい相手だ」
シルフィ、ミャミャ、リュカ、ウッドも無事でホッとする。
あとはリイナが目覚めた時にどう説明すべきか……。
そんなことを思っていると?
「ところでセイコちゃん? いいえセイヤさん。言い訳、何かありますか?」
あれえ? なんでリイナを膝枕しながら指をパキポキ鳴らしているの? アンナちゃん?
『闇よりなお昏きもの……』
「ぎゃあああ、いきなり呪殺はやめてレイラちゃん!」
「うわ……セイコがあの勇者の男……って。……温泉一緒に⁉」
カレンちゃん、顔を真っ赤にしてなんで両手に紅蓮の炎を生み出しているの⁉
その日、俺の悲鳴が明け方まで保養都市ブリューレに響き渡ったとかなんとか。
俺、朝日迎えられるのかな?