第67話 女子部屋深夜の悪夢
絶望は、四つん這いという屈辱的な姿勢でやってきた。
路地裏の冷たい石畳に両手と両膝をつかされ、俺の今はもう女物の尻は無防備に背後に立つリア充の王、リュカに向けられていた。そして俺の顔の前には、氷のように無表情なウッドが仁王立ちしている。
(なんでだよ……なんでこうなった……! 美少女の身体は最強の盾であり矛のはずだったろ! なのに、なんで最強のリア充どもの的になってんだよ! 神は俺にどれだけの試練を与えれば気が済むんだ!)
「さあ、始めようか。男には女に分からぬ痛みがある……そして、女の身体には男にしか与えられぬ屈辱がある。君にはその両方を、同時に味わってもらおう」
ウッドが俺の髪を鷲掴みにし、無理やり顔を上げさせる。氷のように冷たい無表情が、俺の心を絶望に突き落とした。
「ひぃっ……! や、やめ……!」
俺の抵抗は背後から押さえつけたリュカの圧倒的な力の前に、なすすべもなく霧散した。冷たい石畳に頬を押し付けられ、身じろぎ一つできない。
「僕が君の全てをいただくよ」
背後からリュカの甘く、残酷な声が聞こえる。
熱い吐息がうなじにかかり、ぞわりと鳥肌が立った。
肌を這う指の感触に、俺の身体が意思に反してビクッと震える。
「んっ……ふ、ぅ……!」
「……おい、リュカ。この子の表情、すごいぞ。恐怖と屈辱に歪む顔が、たまらなく愛らしい」
「本当かい? こちらもすごいよ、ウッド。見てくれ、この華奢な腰つきと、きゅっと上がった尻を。信じられないほど、見事なラインじゃないか。……僕たちの好きにしていいんだ」
脳が麻痺する。屈辱と恐怖。なのになぜか身体の奥底から湧き上がる、あってはならない熱。
2つの感覚が同時に俺の思考をぐちゃぐちゃにかき乱していく。
リュカの身体の重み、ウッドの嘲笑うような視線。逃げ場のないこの状況が、俺の理性をじりじりと焼き切っていく。
「んんんんんんんんんーーーーーッ!」
声にならない悲鳴が喉の奥でくぐもる。
痛みで涙が溢れ、視界が滲む。だが、痛みはすぐに別の感覚へと変貌していった。
背後から感じるリュカの熱と、目の前で見下ろすウッドの冷徹な眼差し。その対比が、俺の脳を異常な興奮状態へと叩き落とす。
「んっ……ふ、ぅ……!」
「……おい、リュカ。この子の涙、宝石みたいだ。もっと流させてあげようじゃないか」
「ああ。この震える身体、僕たちのものだという実感が湧いてくるな」
脳が麻痺する。屈辱と、恐怖と、そして抗えない興奮。三つの感覚が同時に俺の思考をぐちゃぐちゃにかき乱していく。
「どんな声で鳴いてくれるんだい? 聞かせてごらん、セイコ」
リュカの囁きが、俺の理性の最後の糸を容赦なく断ち切った。
(やめろ……やめてくれ……! でも、身体が……熱い……! こいつらの熱で溶かされちまう……! 俺は……俺はただの……女の身体の……器……!)
思考はすでに麻痺し、ただただ与えられる屈辱に震えるだけの肉塊と化していた。
2人の満足げな笑い声だけが、俺の意識をさらに深く、暗い絶望の底へと引きずり込んでいく。
「ああ、もうダメだ……!」
「僕もだ……この可愛いお嬢さんと、一緒に!」
2人の満足げな声が、遠のく意識の中で聞こえた気がした。
俺の視界の端で、ステータスウィンドウが最後の侮辱を叩きつけるかのように、狂ったように明滅を繰り返す。
【称号:リア充専用】
【称号:二穴便器】
【称号:快楽堕ち】
【称号:もう男の子には戻れない】
【称号:処女喪失】
(あ……あ……こわれた……。俺の……こころも……からだも……もう……でも……最高♥)
…………。
……はっ!
ガバッと、俺は勢いよく上半身を起こした。
心臓が警鐘のようにドクドクと鳴り響き、全身にびっしょりと掻いた寝汗がじっとりと肌に張り付いている。
夢か……。なんてリアルな夢を見てるんだよ俺ええええええええ!
あの背徳的な感触、脳髄を焼き切るかのような快感、そして称号が【処女喪失】に変わった瞬間の絶望と興奮……。その全てが、まだ身体の芯に生々しくこびりついているようだ。
慌てて自分の下半身を確認する。うん、俺はまだセイコ。称号も【処女?】のままだ。
……夢で助かった。 俺の純情が無事のままで。
リュカとウッドにアンアンさせられるという最悪の展開が現実ではなかったことに、心の底から安堵している自分なんだが、気持ちよかったのも事実でちょっぴり切ない気分になってもいる。
複雑だぜ、乙女心……いや、男心!
今、どんな状況なんだっけ?
そうだ! 温泉宿屋の女子たちが泊まっている部屋に、俺もセイコとして潜入成功。だが、アンナとレイラが速攻で寝てしまい、期待していたガールズトークもお流れ。ランプの火が消され、カレンもリイナもすぐに寝息を立て始めたんだっけ。
今は……深夜か?
窓から差し込む月明かりが、静まり返った部屋の床に銀色の筋を描いている。ひんやりとした空気に混じる、微かな硫黄の香りと、女の子たちの甘い寝息。
グヘヘヘ、こうなったらみんなの寝顔見て口直ししなければ……ノンレム睡眠中なら口直しの唇重ねも気づかれないはず!
俺は音を立てないようにベッドを抜け出し、他の布団へと忍び寄る。
まずはアンナだ。仰向けで、口をぽかんと大きく開けている。無防備すぎるだろ。時折はだける浴衣から、あの豊満な胸がこぼれ落ちそうだ。……よし、後で夢遊病のフリして揉んでやろう。
レイラちゃんは横向きで、小さな身体を丸めてスウスウと穏やかな寝息を立てている。
子供らしい寝顔だが、俺にはわかる。こいつ、絶対夢で俺を呪殺して保険金受け取っていやがる。油断ならねえぜ、このちびっ子聖女。
カレンはうつ伏せで、布団に顔を埋めてピクリとも動いていない。……おい、大丈夫か? 生きてるか? まるで死んだように静かだ。
だが、それが逆にミステリアスな色香を醸し出している。くそっ、このイケメン女子め。
……あれ? リイナがいないぞ? トイレかな?
そう思っていると、廊下側からギイっと、扉が軋む音がした。月光を背負い、静かに入ってくる人影。リイナだ。
(ん? まさか、リイナ、俺に夜這いしに行ってた?)
俺の部屋の場所、教えてなかったよな? いや、そんなことはどうでもいい。これは早く男に戻って夜這い待ちしなければ!
ドキドキしながら寝た振りをする俺の耳に、カチャリ、と冷たい金属音が響いた。息をするのも忘れる。
剣が鞘から、ゆっくりと抜かれていく音だ。
「勇者め。この時間まで帰らぬとは」
リイナの声だ。だが、その声にはいつもの凛とした響きはなく、昏く、冷たい殺意が滲んでいた。
(な、なんだ……? 俺が帰らないからって、なんで剣を抜くんだよ。まさか、俺の布団に潜んでる浮気相手ごと斬り捨てるつもりか⁉ いや、そもそも浮気相手がいねえって!)
俺が混乱していると、リイナの呟きが続いた。
「仕方があるまい。カレンの始末はここで済ますか」
リイナの声なのに、リイナが絶対に口にしないセリフ。
俺は恐怖に凍りつきながらも、薄目を開けてリイナの姿を確認した。
見た目はリイナだ。月明かりに照らされた、気高く美しい横顔。……でも、何かが違う。
彼女の瞳。いつもの澄んだ碧眼ではない。
まるで溶岩のようにどす黒く、燃えるような業火の光を宿した2つの瞳が、闇に包まれる室内で爛々と輝いていた。