第63話 セイコ◯ セイヤ✕
(……フフフ、脈アリだ。完全に脈アリだぜ……! このままの勢いで、お待ちかねのお背中洗いタイムに突入だ! 彼女たちの下着の中にゆっくりじっくりねっとりと手を滑り込ませ、泡を立てるフリをして隅々まで堪能し、もしかしたら勢い余ってキス、からの互いの指でイかせ合う展開まであるかもしれん!)
俺が湯けむりの向こうに広がる、桃色の未来を幻視して恍惚としていると、ふいに「……きゃっ」というか細い声が聞こえた。
見れば、俺たちの近くの湯船に浸かっていた、レイラちゃんより少し年上に見える少女がぐらりと身体を傾け、湯の中に沈みかけている。
どうやらのぼせたらしい。
俺が、おっと、これはヒーローになるチャンス! 少女のちっぱいと尻を合法的に触るチャンス! と腰を浮かせようとするよりも早く、隣にいたカレンが動いた。
彼女はザブンと音を立てて湯船から上がると、一切の躊躇なく少女の華奢な身体を抱きかかえ、湯の外へと運び出す。
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
カレンは少女を岩場にそっと横たえると、濡れた手ぬぐいで顔を冷やし、的確に介抱を始めた。
彼女の一連の動きはどこまでも自然で、男前の優しさに満ち溢れている。
リイナ、アンナ、レイラも慌てて手伝いに駆け寄り、一緒にいた連れの少女も涙目で感謝を述べている。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いいってことよ。気づいたから当たり前のことをしたまでさ」
カレンめ。またしても惚れられてるぞ。助けられた少女2人の目が、完全にハートマークになっていやがる。
俺は彼女たちの、下着も着けていない無防備な姿に眼福しつつ、「私も手伝います!」と存在をアピールして近くまでよったが、すでにやることはない状況だ。
ここで身体触るのはやっぱり不自然だよな。視姦で満足しておこう。
少女の介抱が終わり、落ち着きを取り戻した露天風呂で、リイナが改めてカレンに向き直った。
「カレン。改めて口説く。私たちの仲間になってくれないか?」
彼女は湯船の中で、カレンに向かって真摯に右手を差し出す。
あ、まだそういう段階なのね。もうとっくに、俺のハーレムパーティメンバー入りしていたと思っていたよ。
「そうです! リイナがいますし、女の子に追われるのは減ると思いますよ! 何人かリイナに目が向きますから!」
アンナちゃん? 何そのアイドルグループによるファン争奪戦的な思考回路⁉
リイナも「いや、それはちょっと困るぞ!」と言いつつ、口元をニヤつかせているんじゃありません! てかその理論、おっぱい天然格闘美少女のアンナも同性人気出ると思うぞ!
リイナ、アンナ、レイラ、カレンによるアイドルグループ。これは人気出ますぜ。CDは当然握手券とファン投票券付きだ。
全員がライバル、全員が1位を目指して競い合う。
過熱する争いに疲れ切った彼女たちが、救いを求めるのはプロデューサーであるこの俺!
全員のストレスを毎日ベッドの上で発散させるのが俺の務め!
ああ、最高だ。プロデューサー俺が責任を持って全員幸せにしてやるぞ。
おっと、思考がズレすぎた。現実に戻らなくては。
現実は、温泉で下着姿で入っている俺も女の子なのだ!
戻った視界、そこはレイラちゃんが丁度口を開いた場面だ。
「私の張った結界は私の周囲数メートルしか効果が及びません。まあ、常時発動するのは疲れるのでやりませんけど」
レイラちゃん⁉ さらっと凄いことをポロッと口にしたね。つまり、そういうことか。通りでサーシャとか親衛隊が不自然なほど姿を見ないと思った。
「あの~、カレンちゃんは追われていて、皆さんが保護して、レイラちゃんの魔法で護ってる感じなんですね?」
俺は事実を知らないフリをして、私として見知った情報から推測したふうを装って質問した。
「はい、私、聖女ですから」
おお、ドヤ顔レイラちゃん可愛いぜ。男の俺にも、それいつもやってくれ。速攻頭なでなでしたり、抱っこしてあげるから!
「他にシルフィとミャミャちゃんって娘が陽動で、カレンちゃん狙う女の子たちを引き付けてもらってます。あとで2人にもお礼しなきゃですね♪」
おお、アンナも純粋にいい子だぜ。男の俺にもいつでもお礼カモンだぜ。
その後、一晩中お礼を貰ってやるぜ。
そんな俺の脳内以外の仲間たちの温かい雰囲気に、カレンは頬をポリポリと掻きながら、申し訳なさそうに言った。
「みんなの気持ちは嬉しい。でも、悪いがあたしはブリューレ領から出られないんだ。曽祖父のせいで……いや、あたしのせいさ。だから、すま……」
彼女が頭を下げ、断りの言葉を口にしようとした瞬間。
俺の濡れた人差し指が、カレンの唇にそっと触れて、その言葉を遮った。
「事情を話さないで謝るだけってのはなしにしようぜ。話してみな。そうすれば、俺たちが協力して解決できるかもだぜ?」
フッ、決まった。……ん? なんか空気微妙じゃね? まさかこれも滑った発言だった?
はっ⁉ しまった! つい男の気分で喋ってしまった!
俺は今、可愛くてみんなに助けられてお礼真っ最中の、黒髪ショートの儚げ美少女セイコ! こんな言葉遣い、違和感ありすぎだろ! みんな驚いた顔してるし! やっべ、早く取り繕わないと!
俺が血の気が引く思いで動揺しまくっていると……。
「セイコ……よくぞ言ってくれた! 華奢な身体に、熱い魂を宿しているのだな! うちの勇者と大違いだ!」
リイナ⁉ 真っ直ぐな瞳で勇者である俺に言ってるんですが⁉
「セイコちゃん、カッコいい男の子みたいでした。爪の垢を煎じてセイヤさんに飲ませたいくらいです!」
アンナ⁉ 俺、本人なんだけど! 容姿と性別が違うだけで、言ってることはいつもの俺だよ!
「セイコさんイン、セイヤさんアウトですね」
どういう意味、レイラちゃん⁉
アウトになったらどうなるの⁉
俺がセイコを褒められ、セイヤをボロクソに言われているという、あまりにも理不尽な状況に混乱していると、目の前のカレンがクスッと、悪戯っぽく笑った。
「セイコ、あんたの言う通りだな。……分かった、話す。あたしがなんでブリューレにいるかをな」
湯けむりの中、カレンはどこか遠い目をして、朗らかな笑顔で呟いた。