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第62話 男が童貞を証明する手段はない

 ざあ……と、湯が岩肌を滑り落ちる音だけが、湯けむりに包まれた露天風呂に響いている。

 透明なお湯が俺の……いや、(セイコ)の肌を優しく撫で、骨の髄まで染み渡っていくようだ。

 蕩ける。身も心も、この極上の空間で蕩けていく。

 だが、俺の理性を蕩かしているのは、この温泉だけではなかった。


(ハアハア……ハアハアハアハア……。やばい。鼻血が出そうだぜ……!)


 目の前に広がるのは、男なら誰もが夢見る究極の絶景。

 リイナ、アンナ、レイラ、そしてカレン。全員が下着姿のままなのが残念だが、頬を上気させ、蕩けきった表情で湯船に浸かっているのだ。

 でもちょっと待て! 裸より扇情的じゃないか?

 リイナの純白のシルク、アンナの眩しいオレンジ、レイラのあざと可愛いフリル、カレンのシンプルな白。

 お湯の透明度が、濡れた下着の向こう側にある、それぞれの肌の色と柔らかな膨らみを、より一層扇情的に浮かび上がらせている!


(よし、ここだ! ここで好感度を爆上げし、今夜のお布団ゴールインへのフラグを確立するんだ!)


 俺は作り物の愛想笑いを浮かべ、天性のヨイショスキルを発動させた。


「はあ……それにしても、皆さん凄いですね! 私、本当にびっくりしちゃいました!」


 俺の言葉に、4人が不思議そうな顔でこちらを見る。よし、食いついた!


「リイナ様は、あのレンデモール王国の第一王女様なんですよね! こんなにお綺麗で気高い方が、国のために戦っているなんて……! 凄いです! 心から尊敬します!」


「ふ、ふん。王族として当然のことをしているまでだ」


 リイナはそっぽを向くが、その口元は満更でもなさそうに緩んでいる。チョロい! いつもの俺にもそうなってくれ!


「レイラちゃんも! あの腐敗した大教会をたった1人で救った聖女様だなんて! こんなに小さくて可愛いのに、本当にびっくりです! 私、感動しちゃいました!」


「……まあ、当然のことをしたまでです」


 レイラもぷいっと顔を背けるが、頬はほんのり赤い。こっちもチョロすぎる! 男の俺が言うと呪殺してくるくせに!


「アンナちゃんだって! こんなに美少女で、スタイルも抜群で、おっぱいも凄いのに、格闘技ができるなんて信じられないです! ギャップ萌えって言うんですか? 凄いです! 私も手取り足取りで技を教わりたいです!」


「えへへ、いつでも教えてあげますよ♪ まずは基本の腹筋1000回からですね!」


 アンナはにこやかに笑い、自慢の胸をぷるんと揺らした。……腹筋より先に、その胸で俺を挟み潰す技を教えてくれ!


「カレンちゃんだって! あの伝説の大魔導士、パーカッション様の曾孫なんですよね⁉ さっきの炎の魔法、凄かったです! どうやったらあんなカッコよく魔法を放てるようになるんですか⁉」


「……別に。ただやっただけだよ」


 カレンはぶっきらぼうに答えるが、その横顔は少しだけ照れているように見えた。


(よし! ハートはガッチリ掴んだ! ここで畳み掛ける! 少し空気が悪くなるかもしれんが、元俺をダシにすれば問題ない!)


 俺は純真無垢な少女を演じきり、小首を傾げながら尋ねた。


「あの……皆さんが組んでる勇者様って、どういう人なんですか? 女の子が大勢で、男の人が1人って……私、ちょっと気になります!」


 その瞬間、今まで和やかだった風呂場の空気がピシリと凍りついた。

 カレン以外の全員の顔から、蕩けた表情が消え失せている。


「……断じてないぞ!」


 リイナがギリッと奥歯を鳴らし、吐き捨てるように言った。


「あれはそういう対象ではないし、そういう関係でもないのだ! 大体、あいつは今頃ナンパでもして、我々の知らない女と一緒にいるだろう。そういう下劣な男なのだ!」


(おおう? リイナちゃん、俺がナンパに成功して、今まさにどこかでパンッパンッてヤッてると思ってるのか? 安心しろ、100%ありえねえから!)


「そうですよ! 私は今頃、娼館にでも行ってると思います。セイヤさん、基本無理やりとかはしませんから、その点は信用してますけど、お金を払えばできるところにはしょっちゅう行っていると思うんです。……まったく! 男の子って本当に最低です!」


(アンナちゃんまで俺をそんな目で……ていうか、基本ってなんだよ! 俺はいついかなる時も無理やりなんてしねえぞ! 合意の上でのラブラブこそ至高だろ!)


 ていうか俺、リイナとアンナの前で童貞だって叫んだことあるのに信じてない? なんでだ? もしかして遊んでると思われてるのか? 信じられん、女の子の思考回路!

 女と違って、男は童貞の証明できないのがネックだよな。

 俺のステータス、他人に見せるようにできないかな?


「セイヤさん、敵を倒すためとはいえ、私たちにアレを見せる愚行を平然とする男なのです。……私は今、アレだけを呪殺する魔法を研究しているのですよ」


(ひいいいいいい! やめてレイラちゃん! それだけは本当に考えちゃダメなやつ! 俺のアレが呪殺されたら、俺の人生終わっちまう!)


 俺が内心で絶叫していると、アンナがプンスカと頬を膨らませた。


「レイラちゃん、思い出させないでください! 私もアレが夢に出てきて困ってるんです!」


(なっ……夢だと⁉ アンナちゃんが、俺のアレの夢を⁉ ……それって、もしかして欲求不満の表れなんじゃ……! 夢の中で俺にアンアンさせられてるのか⁉)


 俺が期待に胸を膨らませた瞬間、アンナは続けた。


「次々増殖するのを、次々粉砕していくんですが、終わりが見えないんです! こうやって両手で握って、振り下ろしていく感じですね! 感触は瓦をイメージしてます」


(……アンナちゃん。俺のアレはモグラ叩きのおもちゃじゃないんだ。もっとこう、乙女チックな夢を見てくれよ……)


 俺が心の中で血の涙を流していると、リイナが顔を耳まで真っ赤にして、俯いていることに気づいた。


「あら? リイナ様もそういう夢を見ているのですか?」


 レイラの無慈悲な問いかけに、リイナがビクッと肩を震わせ、慌てて顔を上げる。


「な、なわけあるか! ただ……! その……男のそういうのを見たことがあるのが、セイヤのだけだということだ! ……こ、この話はこれで終いだ!」


 リイナはそう叫ぶと、顔をごしごしと洗い始めた。

 だが俺の耳には、その狼狽えっぷりが、最高の福音として響いていた。


(……あれ? 現実で見たことあるのが俺のだけ? しかも夢に出てくるほど意識してる? アンナもレイラも、なんだかんだ言って俺のこと気にしてる? ……もしかして、結構みんな、脈アリになってるんじゃねえか……?)


 俺は湯けむりの向こうで、ハーレムエンドへの確かな手応えを感じ、1人ほくそ笑むのだった。

 ラブリーショット、取りに行くべきか?

 

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