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第5話 覚醒

 俺は森の中を無我夢中で駆けようとする。

 背後から聞こえてくる、少女たちのくぐもった呻き声と、盗賊たちの下卑た笑い声。

 その二つの音がまるで亡霊のように俺を追いかけてくる。

 それから逃れるように、俺はただひたすらに足を動かそうとするが……突き出た木の根に足を取られ、何度も転びそうになる。

 しな垂れた枝葉が頬を掠め、細い切り傷ができたが不思議と痛みは感じなかった。

 俺の心は自分自身への強烈な嫌悪と、どうしようもない罪悪感で、既に満たされていたからだ。


(逃げろ……逃げろ……もっと遠くへ……! あいつらから……この記憶から……)


 そう思った、その瞬間だった。


 パキッ。


 俺の足元で乾いた小枝が小気味よい音を立てて折れ、静まり返った森の中で大きく響いた。


「……ん?」


 背後から鋭い声が聞こえる。

 俺が心臓を凍らせながら恐る恐る振り返ると、そこには1人の盗賊が立っていた。

 用を足しに来ていたのか、ズボンのベルトを締め直しているところだった。


 男は驚いた顔で俺を見つめ、次の瞬間、ニヤリと汚い歯を見せて口角を吊り上げた。


「おい、お頭! ガキが1人、隠れてやがったぜ!」


 男が野太い声で叫ぶと、茂みの奥からぞろぞろと他の盗賊たちが現れた。

 その数は十数人。俺を完全に取り囲んでしまった。

 彼らの衣服は乱れ、口元には満足げな笑みが浮かんでいる。先ほどまで何をしていたかは言わずもがなだ。


 もう、どこにも逃げ場はない。


「へへへ、こんなところにネズミが一匹いたとはな。お嬢ちゃんたちの可愛い声、聞かれちまったか?」


 盗賊たちのリーダー格らしき、顔に大きな傷跡のある男が錆びた長剣を肩に担ぎながら、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 奴の目には面倒事を始末するような、冷たい光が宿っていた。


「まあ、どっちにしろ、目撃者は生かしちゃおけねえな。悪いがここで死んでもらうぜ」


 リーダーが長剣をゆっくりと振りかぶり、切っ先が木漏れ日を反射して鈍く光った。


(終わった……転生して数時間で、終わりかよ……)


 俺は圧倒的な死の予感を前にして腰が抜け、その場にへたり込んだ。

 恐怖で体が動かない。俺は固く目を閉じた。


 その瞬間……俺の視界に、無数の緑色の文字列が滝のように流れ落ちてきた。

 世界の法則、因果律、物理法則。森羅万象を構成するプログラムコードのようなものが、俺の脳内に直接ダウンロードされていく。


 恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


 世界が止まって見える。

 振り下ろされるはずの長剣は空中で静止し、リーダーの顔から飛び散る唾の粒一つ一つが、まるで宝石のように光を反射して宙に浮いていた。

 風に舞う木の葉も、その場に縫い付けられたかのように動かない。

 世界は静止された仮想空間へと変貌し、俺だけがその中で自由だった。


「え……? なんだ、これ……?」


 俺が混乱していると、目の前に再び半透明のウィンドウが、今度は神々しいほどの黄金色に輝きながら現れた。

 そこには俺の運命を決定づける文字列が浮かび上がっていた。


【ユニークスキル:『リア充絶対殺すマン』が強制発動!】

【対象:男女の性行為を終えた直後の生命体(盗賊団13名)】

【効果:対象に対し、全ての能力値が神域レベルにまで超絶上昇します。世界の法則があなたに味方します】


 その文字を読んだ瞬間、俺の全身から、凄まじいオーラが噴き出した。

 ついさっきまで全身を支配していた恐怖は嘘のように消え去り、代わりに心の奥底から力が湧き上がってくるのを感じた。


(こいつら……あの姉妹と、した後だから……俺はこいつらを殺せるのか……? いや、違う。身体が……軽い……! まるで世界の全てが、俺のために動いているようだ)


 あまりに皮肉な運命に自嘲しつつも、俺の身体は力を理解し、動き出していた。


 俺は静かに立ち上がる。

 振り下ろされる長剣を、ありえない角度でひらりとかわし、驚愕に目を見開くリーダーの腕を掴んだ。


「な……に……?」


 リーダーが信じられないといった声を漏らす。

 俺は掴んだ腕に、ほんの少しだけ力を込めた。


 バキバキバキッ!


 骨が内側から砕ける、嫌な音が響き渡る。


「ぎゃあああああああああ!」


 リーダーが絶叫し、苦痛に長剣を取り落とす。

 俺はその長剣を、落ちてくる途中でキャッチすると、最初からそうするつもりだったかのように、流れるような動きでリーダーの首を刎ねた。

 生暖かい血飛沫が俺の頬にかかる。ゴトリ、と鈍い音を立てて転がった首は信じられないものを見たかのように、目と口を大きく見開いたままだった。

 さっきまで生きていた人間が、ただの肉塊になった光景に、俺の胃の腑がひっくり返るような強烈な吐き気と恐怖が込み上げてくる。


(う……っ! お、俺……人を……殺した……)


 けれどそんな恐怖を、死にたくないという本能と、腹の底から湧き上がる黒い衝動が瞬時に塗りつぶしていく。


(でも……こいつらは……あの姉妹にあんな酷いことを……! そうだ……こいつらは殺されて当然のクズだ! 俺が死ぬより、こいつらが死ぬ方がずっといい!)


 そうだ、こいつらは許されない。姉妹を無理やり汚した犯罪者なのだ。


「お、お頭⁉」


「な、なんだこいつ! 悪魔か!」


 恐怖を振り払うように、俺の口角が歪に吊り上がる。

 他の盗賊たちがようやく事態を理解し、一斉に襲いかかってくるが、彼らの動きは俺にとって止まっているも同然だった。


 俺は見様見真似で、手にした長剣を振るう。武道の心得などない。だが俺の本能が知っている。どう振れば骨を断ち、どう動けば肉を裂けるのかを。これは技術じゃない。ただの、殺戮のための最適解だ。

 一振り一振りが絶対的な破壊力を持っていた。

 剣が盗賊の鎧に触れると、鉄の鎧は紙のように裂け、肉を断ち、骨を砕く。


 胴体を両断され、上半身と下半身が泣き別れになる者。

 脳天から股間まで、綺麗に真っ二つにされる者。

 両手両足を瞬時に斬り飛ばされ、ダルマのようになりながら絶叫し、自らの血の海でのたうち回る者。


 森は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。

 俺自身も、死体量産に恐怖しながらも、半ば狂乱状態で、ただただ目の前の敵を排除するためだけに、機械のように剣を振るい続けた。


 俺の怒りは目の前の盗賊たちだけではない。

 あの姉妹を貪ったこいつらと、成瀬遥を、愛崎咲耶を貪った同級生の姿が俺の脳内で重なり合っていた。


 これは正義ではない。救済でもない。

 ただ純粋な、初めての殺戮だった。

 

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