第57話 乙女たちって純情の仮面被ってるだけで、中身はドロドロ
「ふざけんな……カレンは女の子だぞ! いただくのは俺の童貞にしろおおおおおおおおお!」
俺の魂からの絶叫に、その場にいた女性全員がピクッとして、まるで汚物から距離を取るかのようにサッと身を引いた。
宿屋の一室は、一瞬にして俺という一点の汚れを除いた、奇妙な連帯感に包まれる。
「……何こいつキモ……」
サーシャが心の底からドン引きした声で呟く。周りのモブ少女たちも「うわあ……」と顔をしかめ、同意するようにこくこくと頷いていた。
ちくしょう……サキュバスにまで引かれる俺の人生って一体……。
「はい! クイズ100人に聞きました! この俺、オオイシセイヤと付き合って、最終的には結婚したいって人、手を挙げて! はい、挙手!」
俺は気を取り直し、自慢げにビシッと指を突きつけ、この場の空気を俺色に染め上げてやろうとした。
だが……。
しーん……。
夜風がカーテンを揺らす音だけが、虚しく響き渡る。
誰も、誰一人として手を挙げない。
「う、嘘だろ……。ひーふーみーよーいつむー……」
こんなに……こんなに女子がいるのに⁉
「セイヤさん! 私たち含めて20人しかいませんよ! 100人もいません!」
俺が指折り数え始めたのを、アンナが呆れた声でツッコんでくる。
「ち、違う! そういう問題じゃねえ! 20分の0って確率的におかしいだろ! 俺、勇者だぞ⁉」
「「「「「キモいから」」」」」
モブ少女たちとサーシャの声が完璧にハモった。
俺のライフって、今もうマイナス100に到達してんじゃねえか?
だが聞かずにはいられない。この地獄の釜の底を、俺は自分の目で確かめなければならないのだ。
「……じゃあ、カレンを性転換させて、結婚したい人、手を挙げて!」
俺が震える声でそう問うた瞬間だった。
シュバッ! と、空気を切り裂くような音と共に、サーシャとモブ少女たちの手が天高く突き上げられた。
それだけではない。
「はいはーい!」
「まあ、男なら」
「はい、にゃ!」
俺の仲間であるはずのアンナと、どうでもいいがシルフィとミャミャまでもが、満面の笑みで元気に挙手している。
「はああああああああああああああああ⁉」
20人中18人が挙手。
「性転換って……?」
「同性愛より、たちが悪いですね」
リイナとレイラだけが、この異常な光景にただただ呆然と立ち尽くしている。
「シルフィとミャミャは元々そういう思考だからダメージは少ない! でもアンナは手を挙げちゃ駄目だろ! 俺の仲間だろ⁉ 俺のハーレムメンバー候補だろ⁉ 俺の恋人だろおおおおおお⁉」
「セイヤ、仲間以外、全部違うだろう。落ち着け。ていうか、私とレイラも違うからな!」
俺の魂の叫びに、リイナが冷静すぎるジト目でツッコんでくる。
そんなリイナの横で、レイラが「アンナさん、そういうご趣味があったのですね」と興味深そうにアンナを見つめていた。
「ち、違うよ~、レイラちゃん! ただ、カレンさんに助けられた時、私の手を両手で包んで真っ直ぐ目を見てくれたのが……すごくカッコよくて。男の子になったら、アリかなあって。セイヤさんもそうだけど、私を見る男の人って、まず顔を見て、次におっぱいを見て、その下を見てくる人しかいなかったから、すごく新鮮だったんだ~」
「確かに、セイヤさんは11歳の私を見る時もそんな目線をしていますね。納得です。ぺったんこな胸に臍の下をねっとりと……ドン引きしてます」
レイラちゃん、そこで納得しないで! 俺の心が抉られるから! アンナも無茶言わないでくれ! アンナを見たら顔と胸とお臍の下を見るのは男として当然の生理現象なんだよ!
「シルフィ、ミャミャ、その……リュカ殿はどうしたのだ? う、裏切るのは、そ、その、よくないと思うぞ」
リイナが恐る恐る、2人に尋ねる。
「い、いえ、リイナ様! あくまでカレン様が男だったらの話ですよ! 天井に刺さったリュカ様を助けてくれた時の手腕と、礼を受け取らずに颯爽と去っていく仕草が……その、カッコよかっただけで……」
「そうにゃ! あれが男だったら、ミャミャ、やばかったにゃ! 今すぐ『抱いてください』って飛びついてたところにゃ!」
シルフィが顔を真っ赤にし、ミャミャがうっとりとした表情で語る。
そんなライバルたちの告白に、サーシャが「フッ……」と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「また3人もライバルが増えたようね! でも最後にカレン様の純潔をいただくのは、この私よ! サキュバス舐めんなし!」
サーシャの宣言に、周りのモブ少女たちも「「「負けません!」」」とムッとしながらも誇らしげに胸を張り、声も張っていく。
「わかります! 私も街で男たちに無理やりされそうになった時、カレン様が颯爽と現れて、男たちを全員凍り漬けにして『無事ならよかった。礼はいらねえよ』って……! あの背中、一生忘れません!」
「私もです! 浮気した彼氏を刺し殺して私も死のうとしていたら、カレン様が現れて『バカなことしなさんな。あんな男のために死ぬ必要ないさ』って言いながら、彼氏に雷をくらわせてくれました! カッコよすぎでした!」
「私も! 元カノに刺されそうになって私を盾にしようとしたクズ男がいたんですけど、カレン様が『あんたの彼氏、黒焦げにしてすまなかったな。ただ、恨むのは彼女じゃなく、あたしにしてくれよな』って……! あの台詞、思い出すだけで妊娠しそうです!」
次々と語られる、カレンのかっこよすぎるエピソード。
何それ凄い! 俺、男だけど惚れちゃいそう! いや、カレンは女の子なんだから俺が惚れるのは当然なんだよ!
「み、皆のもの! ちょっと落ち着け!」
リイナが動揺を隠せない声で、このカオスな状況を収めようとする。
「だ、大体の事情は分かった。だが解せぬことが1つある! 答えよ、魔族サーシャ! それから他の少女たちも! なぜ共に行動している? 思考が追いつかぬが、みな、カレンが好きなのだろう? そ、その……ライバルではないのか?」
リイナの恋愛経験値ゼロの純粋な疑問に、俺は「フッ……」と笑みを漏らした。
こういうのはな、答えは一つしかないのさ。
俺の予想通りに、サーシャたちが声を揃え、目を輝かせながら瞬時に回答する。
「「「「決まっているでしょ? 全員で一斉に告白して、その中から私を選ぶっていう最高の瞬間を、他の女に見せつけたいじゃない!」」」」
乙女たちの魂の叫びに、リイナは「えぇ……」とドン引きし、シルフィとミャミャは「なるほど!」と深く頷き、アンナは「面白そうですね!」と目を輝かせ、レイラはフッと口角を歪ませていた。
俺もまた、いつかこの場にいる全員の女の子から一斉に告白され、熟考の末に「すまん、選べない! だから全員、俺の女になれ!」と宣言する、最高のハーレムエンドを脳内で繰り広げるのだった。
いや、妄想してる場合じゃねえ。