第56話 カレン様親衛隊(男の入隊不可)
宿屋の一室は、新たな闖入者の登場によって、凍てつくような緊張感に包まれていた。
「ここにカレン様がいたことは分かってるの。隠し立てしても無駄だし。どこへ向かったかだけ言いなさい」
薄桃色の長い髪、男の理性を根こそぎ奪い去る奇跡のスタイル、そして背中に揺れる小さな黒い羽根。黒のビキニ姿で胸の中央が突起していて、白い肌が多く見れて俺の股間がやばすぎる。
だが、俺の脳を支配していたのは、そんな魅惑的な情報だけではなかった。
リア充チェッカーの表示が全てを狂わす。
【サーシャ(魔族・サキュバス】【最終性交時間: 無】
(無、だと⁉ なんでサキュバスなのに無なんだよ! 容姿、スタイル、声、全てが男を狂わせるために存在する最終兵器だろうが! これはあれか? グリーンウェルのおっさんも純愛を貫いてるし、もしかして魔王軍ってのはエッチなことにめちゃくちゃ厳しい組織だったりするのか⁉)
俺が脳内で組織論を展開していると、リイナが剣の切っ先をサーシャに向け、厳しく問い詰めた。
「その容姿、ザッハークで人形師アガットを惑わし、女性たちを危険な目にさらした張本人と見受ける。拘束し、知っていることを洗いざらい吐いてもらおう!」
「この街ブリューレでの女性誘拐事件もあなたの仕業ですね! あなたから微かに他の女の匂いがします!」
アンナがフンスッと鼻息荒く断定する。
え? そんなの分かるの? 俺には全く分からん。めちゃくちゃ良いフェロモンしか漂ってこないぞ。
「サキュバスか。リュカ様を見せるわけにはいかんな」
シルフィがそう言うと、どこからか取り出した真っ白なタオルを、仰向けで気絶しているリュカの顔にそっと覆わせた。
……それ、完全に安らかに眠っているご遺体にかけるやつなんだがいいのかそれ。
(確かにサキュバスは男が見たら色香に狂うのがセオリーだ。当然、俺ももう色香に狂ってる。だがそれは理性ある狂い、つまり平常通りだ。しゃぶりつきたくなる衝動ではない。くそッ! サキュバスに対峙したら速攻誘われて童貞捨てられると思っていた俺の純情を返せ!)
「おかしいのにゃ、こいつ。敵意はあるが悪意はないにゃ」
ミャミャが猫耳をピクピクさせながら、目の前のサキュバスを警戒しつつも不審がっている。その時だった。
「みなさん気をつけて。囲まれてます」
レイラの静かな呟きに、俺たちはハッと左右後方を見渡す。
いつの間にか、部屋の入口や廊下に大勢の少女たちが現れ、俺たちを包囲していた。
(な⁉ 無と1週間以上ご無沙汰が半々だと⁉ 全員人間⁉ 一体なんの目的で⁉)
「答えが出たな。誘拐した少女たちを操り、何を企んでいる! 答えよ! 魔族!」
リイナが再び剣を向けるも、サキュバスのサーシャはフンッと鼻で笑った。
「あはは、人間ってホントバカだしい。誘拐? 何それ? ああ、ザッハークのこと? ってことはあんたたちが勇者一行? ウケる。てかさあ、私はオートマータの実験をしていただけだし。だって魔王軍の士気を高めるのに絶対必要でしょ? 性愛人形って。ああ、そうそう、街の女を魔王様の献上品にしようとしていたのは、アガットとドリアンが勝手にやっていたことだし。私は知らないし」
ザッハークの真の黒幕なのは認めたか。だが性愛人形量産が目的だと? なら魔王軍が純愛路線でないのも確定か。
てか魔王軍、それを無のこいつに指示してるって人材不足なのか? もしやサキュバスって種族だけでお前やれって決めてないか?
こいつもいかにも経験豊富って顔しているから騙されたのか?
あーもう、小悪魔ビッチ系処女サキュバスって意味分からん!
チェッカー表示とサーシャの身体と言動で、俺の脳がバグりそうだぜ。
俺たちが混乱している間にも、周囲の少女たちは一歩、また一歩と距離を詰めてくる。敵意はあるが悪意はなさそうというミャミャの言う通りだ。それどころか……。
「全員操られているわけでも、邪悪な意志もなさそうですね。サキュバス以外、相手は無辜の少女。呪殺していいですか?」
「なんでその流れで俺に振るのよレイラちゃん! 俺に責任負わせようとしているでしょ!」
俺は即座に却下し、覚悟を決めてサーシャと対峙する。
無の相手で俺に勝ち目はない。ここは口先で凌ぎ切るしかない!
「おい、サキュバス! ここで会ったが百年目! おとなしく女性を解放して投降しろ!」
「はあ? 百年目って何? 私15歳だし。百年前生きてないし。ていうか、こっちの質問にまだ答えもらってないんだけど!」
ぐっ! ……日本の常套句で真顔で返されると反応に困る。
「ていうか、解放? あんたのお仲間たちも勘違いしているようだけど、その女たちは私のライバルで、解放なんてできないし」
「は? サキュバスのライバルが人間の女の子⁉ ますます意味が分からん!」
「カレンはどこと訊いてきたな。なぜ彼女を追う!」
痺れを切らしたリイナの問いかけに、サーシャを取り囲む少女たちがクスクスと笑い出した。
「不気味です。私も女の子を殴るのは趣味ではありません」
「私も罪なき少女を呪殺するのはちょっと……セイヤさんの指示待ちです」
アンナの案外まともな思考回路と、レイラの相変わらずな思考回路。
チラ、チラと俺を見ないで! 俺だって嫌だよ! 女の子殴るのも呪殺指示するのも!
「もういいにゃ。ともかく囲まれたイコール敵にゃ」
「どんな事情があろうとリュカ様を守る。ただそれだけだ」
ミャミャとシルフィが戦闘態勢に入るが、その後ろでタオルを被ったリュカと、天井の残骸が顔に付着したまま気絶しているウッドの絵面が、全くシリアスな雰囲気に合っていないんだが。
「カレン様はなぜ追うだって? フッフッフ、アッハッハ!」
サーシャが高笑いすると、囲んでいる女の子たちも再びクスクスと笑い出す。
まずい、これはピンチだ。リイナもアンナもレイラも、ついでにシルフィとミャミャも、戦闘力のない少女たちに囲まれている状況に戸惑いを覚えている。
打開策! そうだ! 判明したお土産スキルの真の能力を今こそ試すんだ! 連中の深層心理を暴き出せ!
さあ! 我が偉大なるスキル、『お土産鑑定』にひれ伏すがいい!
【サーシャの鑑定終了。カレンを性転換させて童貞をいただく】
……は?
【詳細を述べますと、カレンを男にして自らの純潔を捧げて夫婦になりたいということです】
(はあああああああああああ⁉)
俺は周囲を見渡す。お土産鑑定が仕事をする。
他の女の子たちも全員同じだと⁉ え? 何それ意味が分かんない。
ちょっと待って。カレンは言動全てがカッコよかったよ? でもさ、ちゃんとした女の子でもあったぞ? 俺の好みでもあるぞ?
ていうか……それよりも何よりも……性転換させなくても純潔を捧げるのに相応しい男がここにいるだろ?
それなのに……なんで……どうして?
叫ばずにいられない。こんな理不尽許してたまるか。
「ふざけんな……カレンは女の子だぞ! いただくのは俺の童貞にしろおおおおおおおおお!」
俺の魂からの絶叫に、その場にいた女性全員がピクッとして、俺からサッと距離を取ったのだった。