第53話 男女の溝は炎よりも熱く、氷より冷たい
夕闇が完全に古城を飲み込み、月明かりだけが俺たちの歪んだシルエットを冷たく照らし出していた。
男3人の魂が砕け散る音を聞き届けた女子メンバーたちは、ようやく事態の異常さを理解したのか、あるいはただ単に我慢の限界が来たのか、一斉に怒りを爆発させた。
「いい加減にしろ、このバカどもが! どんな勝手をしようと、私は悪いと思ったら止める!」
最初に静寂を破ったのは、リイナの雷鳴のような一喝だった。
「ウッドの境遇には同情する! だがだからと言ってパーティを抜け、悪の道に走るなど、勇者選定戦を勝ち抜いた男のすることか! なぜそちら側に与する! 貴様は王国に認められた勇者であろうが!」
リイナの激怒が続く。
やっべえ……激おこじゃねえか。
「確かにウッドの幼馴染の行動は解せぬ! いや、理解はできるのだが、感情が追いつかぬ。翌日というのはウッドが絶望するのも分かる気はする。だが、だからといって全てを投げ出すのは違うだろう!」
「そうです、セイヤさん! それにリュカ様まで!」
アンナがフンスッと拳を握りしめ、正論を叩きつけてくる。
「落ち込んでいる友達を慰めるのはいいことですけど、だからって一緒になって悪の道に進むのは仲間として間違ってます! ウッドさんの幼馴染さんも、すごくパワフルで生命力に溢れてるなって思います! 失恋の悲しみなんて、新しい経験値を稼げばすぐに忘れられますもん! ウッドさんもクヨクヨしてないで、もっとレベル上げに励むべきなんです!」
「女には分からぬ痛み……ですって? 主の前では些細なことに過ぎません」
レイラが全く理解できないという顔で俺たちを非難する。
「それに、その幼馴染さんはウッドさんに拒絶された後、自身の幸福を追求されただけです。それは生命として、極めて合理的な判断です。なぜあなた方がそこまで苦しむ必要があるのですか? ……まったく、男の方々というのは、いくつになっても夢見がちな生き物なのですね。フフッ」
この場で一番の最年少に言われたかねえよ!
シルフィとミャミャも、裏切られた悲しみと怒りで目に涙を浮かべていた。
「そうです、リュカ様! 私たちの想いはウッドの悲しみよりも軽いとでも言うのですか! あの女はウッドを振って幸せになっただけじゃないですか! 私もリュカ様が他の女と結婚したら腹が立ちます、腹いせに相手を再起不能にするかもですが、それはそれ! これはこれです!」
「ミャミャたちを置いていくなんて、ひどいにゃ! 家族になるって言ったのに、嘘つきにゃ! ウッドのために、ミャミャたちを捨てるにゃんて!……ミャミャだったら、もしリュカ様にフラれたら……悲しくて、三日三晩、尻尾の毛玉を取り続けると思うにゃ。それから4日目に新しいイケメンを探しに行くにゃ!」
女子からの非難の嵐に、ウッドは虚ろな目で、ただ呟いた。
「……もう、どうでもいい。女など、所詮は俺の痛みを理解できぬ生き物だ。俺の純情を、4年という歳月を、たった一晩で上書きできる、そういう生き物なのだ……」
リュカもまた、ウッドの肩を抱きながら、女子たちに悲痛な表情を向けた。
「頼むから、そっとしておいてくれ。今の彼に、君たちの正論は毒にしかならん。僕たちはただ、同じ痛みを分かち合うことでしか癒せない傷を負っているんだ。男が純粋な想いを捧げた相手に、想いを未来永劫守り通して欲しいと願う……そんな切実な祈りを、無惨に踏みにじられたこの痛みは女の子にはわからないんだ」
俺はギリリと奥歯を噛み締め、わなわなと震える拳を握りしめた。
「うるさい! うるさい! うるさああああい! お前らにはどうせ分かりっこねえんだよ! これは男の問題なんだ! 健気に待ち続けるのがヒロインの役目だろうが! いいから俺たちを放っておいてくれ! 頼むから、もう帰ってくれよ!」
俺の悲痛な叫びに、リイナがカチンときたのか、愛剣を抜き放った。
「問答無用! 力ずくでも連れ帰る! セイヤ、貴様のそのひねくれた根性、私が叩き直してくれるわ!」
「フンスッ! 私も手伝います! 男の友情もいいですけど、度が過ぎます!」
アンナが指をパキポキと鳴らし、シルフィとミャミャも弓と爪を構える。
『……闇よりもなお昏きもの、ヤマの投げ縄が汝の生命を捕らえ……』
「ヒイイイイイッ! レイラちゃん! また呪殺しようとしてる! やめて! 話し合おうって言ってるでしょおおお!」
俺が恐怖で絶叫する中、リュカが俺とウッドの前に立ち、剣を構えた。
「僕がシルフィとミャミャを説得する! セイヤとウッドはリイナ王女たちを頼む!」
(冗談じゃねえ! リイナとアンナとレイラには『リア充絶対殺すマン』が発動しねえんだよ! まともにやり合ったら、俺、瞬殺されるわ!)
ウッドが、フッと笑う。
「俺たちに、天下無敵の幸運を」
(ウッドも俺の隣で剣を構えるんじゃねええ! 対戦相手確定しちゃうじゃねえか!)
俺が滝のような冷や汗を流し、絶望に打ちひしがれていると、事態はさらに混沌の渦へと叩き落された。
どこからともなく、下卑た笑い声と共に、たいまつの光が古城の周囲を埋め尽くしていく。
悪党のカリスマに馳せ参じようと、この地に集結したゴロツキどもが俺たちを完全に包囲していたのだ。
「けへへへ、悪党のカリスマ様! ピンチですかい!」
「美少女ばっかじゃありやせんか! とっとと倒して、全員俺たちでアンアンさせましょうや!」
その一言が俺たちの共通の怒りの導火線に火をつけた。
「「「「「「「「「うっさい、この邪魔者どもがァ!」」」」」」」」」
俺たち男一同と、女子一同の声が奇跡的にハモった。
俺はスキルを発動させ、リュカもウッドも悪党どもに剣を振るおうとし、女子たちも鬱憤を晴らすかのように一斉に動こうとした、その刹那だった。
ゴオオオオオオオオオオオッ!
凄まじい轟音と共に、俺たちを包囲していた悪党ども全員が業火に包まれていく。
「「「ぎゃあああああああああああっ!」」」
断末魔を上げ、悪党たちがプスプス燃えていく。
だがその炎は悪党どもだけでなく、俺たち男3人にも無慈悲に襲いかかってきた。
「ぐわああああああ! 熱い! 熱い! なんでだ! 回避できねえし、無効化もできねえ! まさか、これを放ったのは……童貞か処女かよおおおおおお!」
「ぐわああああああああ! シルフィ……ミャミャ……逃げてくれ……グフッ」
「なんでだあああああああ! 俺はまだ何も成し遂げ……ゴフッ」
俺とリュカとウッドは、なすすべもなく業火に焼かれていった。
プスプスと黒焦げになりながら、俺の意識が遠のいていく。
ポカーンと、あまりの出来事に呆然とする女子メンバーたち。
そんな彼女たちを守るように、いつの間にか少女が立っていた。
夜の闇に燃えるような、長い赤髪のロングヘア。
どこかの学校の赤い制服に身を包み、その手にはまだ魔法の残滓が揺らめいている。
「無事かい? あんたら」
凛として、それでいて力強い声が静まり返った古城の前に響き渡った。
俺が最後に見たのは、紅蓮の炎を背景にした赤髪ロングヘアの凛とした少女。
かつて俺をウスノロ野郎と罵り、吹っ飛ばしたあの少女の、女の子たちを守りきった安堵の表情だった。
あいつかよ……ぐへっ。