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第52話 フラれた女の取るべき行動~千葉さな子を研究すると千葉佐那と呼ぶようになる~

 夕闇に包まれた古城の前は奇妙な静寂に支配されていた。

 俺が両手を地面につき、嗚咽を漏らしながら号泣し、リュカもまた、完璧な顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら天を仰ぎ、ウッドは全ての感情を失ったかのように、ただ静かに夜空を見上げ続けている。

 男3人の魂が砕け散る音だけが冷たい夜風に乗って虚しく響いていた。


 そんな俺たち男どもの、あまりにも異様で、あまりにも切実な光景を前に、女子メンバーはただただ困惑していた。

 数秒間の沈黙の後、なんとかこの場を収めようと、リイナが絞り出すように声を上げた。


「そ、それは……つ、辛かったな、ウッド……」


 だが彼女の声は同情よりも、どう反応していいか分からない戸惑いの色の方が濃かった。

 そんなリイナの言葉に、アンナとレイラもごもっともな意見を口にする。


「でも、ウッドさんの幼馴染さんからしてみれば、告白して、フラれて、しかもウッドさんは村から出て行っちゃったんですよね? 幼馴染さんの決断も……まあ、分かる気がします。前に進もうって」

 

「そうですね。ウッドさんが傷ついているのは理解できますが、なぜセイヤさんとリュカさんまで瀕死になっているのか、私には全く理解できません」


 ぐうの音も出ない正論。

 だが違う。違うんだ。お前たちには……女にはこの地獄のような痛みは絶対に理解できない。


「僕にも幼馴染がいたんだ。結婚を誓い合った彼女が……けれど15歳の時、彼女はとある貴族との婚約話が決まり、僕のもとを去った。きっと裏がある……必ず救う! そう思って僕が乗り込んだ時、彼女は僕にこう言ったのさ『え? なんで来たの? 婚約話? あはは、私から売り込んだのよ』と僕に見せつけるように貴族の男にバックで突かれながら! ……それを思い出したんだ」


 リュカの悲壮な過去を聞き、俺とウッドの涙腺が決壊する。

 なのに女性陣はドン引きのまま。

 クソっ……なんでこの痛みが分からないんだよ。

 しかし、この流れは俺にも幼馴染いないとおかしくね? でもいないぞ! ぶっちゃけ羨ましいぜ、幼馴染。


「……これだ。だから男と女は永遠に分かり合えないんだ」


 ウッドがか細く、絶望に満ちた声で呟いた。

 その言葉に、リュカが力なく頷く。


「ウッド! 辛いだろうが気持ちを切り替えろ! 幼馴染のことが大好きだったのなら、彼女の幸せを祝福し、前を歩くのがカッコいい男だぞ!」

 

「そうにゃ! 諦めて別の女と恋すればいいにゃ! こんなところに可愛い猫獣人もいるにゃ!」


 シルフィとミャミャの励ましの言葉も、もっともらしい道理に聞こえる。

 だがそうじゃねえんだ!


「……そうじゃ、ねえんだよ!」


 俺は奥歯をギリリと噛み締め、砕け散った魂の破片をかき集めるように、ゆっくりと立ち上がった。

 それから何も分かっていない女子一同に向かって、この世の全てのピュアな男の代弁者として、熱弁を振るい始める。


「そうじゃねえだろ! ウッドの幼馴染ちゃんはウッドに愛の告白をするほど好きだったんだ! なのに……なのにだぞ! 1回フラれたくらいで『はい、終わり。次行こ』って、そうじゃねえだろ! それでもなお諦めきれずに、雨の日も風の日も、彼の帰りを待ち続ける! それがヒロインの役目ってもんだろ!」


 俺は拳を固く握りしめ、かつて転生前の世界で読んだ漫画の悲恋の物語を思い起こす。


「いいか、よく聞け! 俺の故郷にはな、坂本龍馬という英雄がいた。そして、その龍馬と婚約までした千葉佐那という女剣士がいたんだ。だが龍馬は、国の未来のために佐那の元を去り、二度と会うことなく暗殺された。……どうだ、悲しい話だろ? だがな、残された佐那は、その後どうしたと思う?」


 俺は一度言葉を切り、女子たちの顔を見回す。


「彼女はな、龍馬の死後も、生涯誰とも結婚しなかったんだ! 『私は龍馬の妻だ』と言い続け、ただの一度も他の男に身を許すことなく、その純潔を貫き通した! これだ! これこそが! 男が求めてやまない、ヒロインの、女の鑑ってもんだろうがッ!」


 俺は再び興奮し、声を荒らげる。


「『ウッドも私のことが絶対好きなはず。きっと、私には言えない深い理由があるに違いないわ』って、健気に信じながらな! んでもって4年ぶりの感動の再会! 堰を切ったように溢れ出す互いの想い! そしてそのままベッドへ直行! ってのがこういう話の王道のお約束なんだよ! それをなんだ! ウッドにフラれた数ヶ月後には別の男と子作りしてただあ⁉ ふざけんな! 男の純情をなんだと思ってやがるんだ、千葉佐那の爪の垢でも煎じて飲めええええええええ!」


 そこまで一気にまくし立て、俺はゼエゼエと肩で息をする。


「なんて都合のいい想像をしてるんだ……」

 

「普通にキモいにゃ……」


 シルフィとミャミャの、心の底からの絶句した声が俺の鼓膜を不快に揺らす。

 

 アンナとレイラも「うわあ……」「歴史上の人物にまで迷惑かけるとか……」という顔でポカンとする中、ウッドが俺の魂をさらに抉る、究極にして致命的な痛恨の一撃となるトドメの一言を放った。


「……数ヶ月後じゃない。長女の年齢を戸籍謄本で確認したから間違いない。逆算すると……俺が村を去った、翌日だ。……十月十日で計算するとな」


「ウッド、もうやめて! 俺のライフはもうゼロよ! 千葉佐那は幻だったっていうの……⁉」


 俺は再び、今度こそ完全に心が折れ、膝から崩れ落ちた。

 翌日だぞ、翌日。もう、無理だ。俺には耐えられない。

 この世に、神も仏も……千葉佐那的な幼馴染もいないのかよ。


「そ、早産だったとか?」


「いや、産婆にも話を聞いたが、予定通りで母子ともに健康だったそうだ」


 リイナがちょっと動揺しつつ訊ねると、ウッドは小さく首を横に振ってから答えた。


「ま、ま、ま、ま、待て! ウッドもセイヤもリュカも、全員落ち着け! と、とにかく! 一旦街に戻り、温泉にでも浸かって頭を冷やそうではないか!」


 リイナが、この男女間の埋めがたい溝に動揺しながらも、なんとか当たり障りのない意見を出す。


「うーん、恋愛経験ない私の意見を言いますと、汗を流せば辛い記憶も洗い流せるって言います! 一緒に岩でも砕いて汗を流しませんか⁉」


 フンスッ、と拳を握りしめるアンナ。うん、今はその脳筋思考が一番まともに見えるが、問題の解決にはならないぞ。


「私も恋愛経験はありませんが過去に妄執し、いずれ取り返しのつかない惨劇を繰り広げそうな予感がします。セイヤさん、勇者として、とりあえずウッドさんとリュカさんを気絶させてください。ここでの説得は時間の無駄なのです」


 ぐうう、とお腹を鳴らし、早く街の飯屋に帰りたい気持ちを満々に出しながら、レイラが最も合理的で、最も残酷な提案をした。


「そ、そうだ! 頼む、セイヤ! こういうよく分からない話題は男同士で解決してくれ!」

 

「小ボス戦が、倒さずに連れ帰るなんてオチはがっかりです」


 リイナとアンナの声が響く中、俺はゆっくりと立ち上がった。

 そして、ウッドとリュカの元へと歩み寄り、彼らの隣に並び立つ。

 3人で、リイナたち女子一同に向き直った。


「「セイヤ」」


 リュカとウッドが固い友情の証として、俺の両肩にポンと手を乗せた。

 そうだ、もう言葉はいらない。俺たちは同じ痛みを知る、魂の兄弟なんだ。


「俺もリュカと共に、ウッドの願いを叶えよう! その日まで、みんな、達者でな! くれぐれも、ウッドの幼馴染ちゃんみたいなことだけはするなよ! もしそんなことしていたら……俺は人類を滅ぼすからな!」


「「「「「はああああああああああああ⁉」」」」」


 俺の決別の宣言に、女子たちの悲鳴とも絶叫ともつかない声が夕闇の古城に虚しくこだまするのだった。

 

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