第45話 保養都市と聞いたら目の保養を妄想するよな
山を越え谷を越え、俺たち勇者一行は保養都市ブリューレへと到着した。
街に足を踏み入れた瞬間、硫黄の独特な香りが鼻腔をくすぐる。
道の両脇には湯気を上げる饅頭屋や、温泉卵を売る露店が軒を連ね、浴衣姿の観光客たちが楽しげに行き交っていた。
(グヘヘヘ……温泉街! これはもう、ラッキースケベイベントの発生確率120%だ! 混浴! 脱衣所での遭遇! 成仏できない美少女幽霊! そして湯けむりの向こうに浮かび上がる、美少女たちのシルエット! 考えるだけで……フヒヒ、鼻血が出そうだぜ!)
俺が胸をときめかせ、不純な妄想に浸っていると、隣のリイナも「ふぅ……」と心地よさそうに息を吐いた。
「硫黄の香りか。長旅の疲れを癒すにはちょうどいいな。アンナとレイラも、たまには骨休めが必要だろう」
彼女の白い頬が立ち上る湯気でほんのりと上気している。
リイナの顔は驚くほど色っぽく、俺の心臓を不謹慎に高鳴らせた。
だがそんな甘い空気はリイナの一言で即座に打ち砕かれる。
「だがその前に、やるべきことがある。まずは冒険者ギルドで、この街で頻発しているという女性連続失踪事件の情報を集めるぞ」
俺たちは早速、街の中央に位置する冒険者ギルドへと足を向けた。
ギルドの中はブリューレの活気とは裏腹に、どこか重苦しい空気が漂っていた。
冒険者たちは皆、一様に顔を曇らせ、酒を煽りながらひそひそと何かを噂している。
そんな中で、俺たちの目は見覚えのある2人の姿に釘付けになった。
そこには傷だらけの姿で、複数の冒険者たちに必死に頭を下げているシルフィとミャミャがいたのだ。
「お願いです! どうか、私たちに力を貸してください! 古城に巣食う悪党どもを……奴を倒すために!」
シルフィが悲痛な声で懇願するが冒険者たちの反応は冷ややかだった。
「冗談だろ。あんたら、あの1級冒険者、黄金のナイトリュカの一行じゃねえか。そのあんたらが手も足も出なかった相手に、俺たちが敵うわけねえだろ」
「そうだそうだ。そんなヤバい奴の相手は領主様の仕事だ。俺たちはごめんだぜ」
冒険者たちがそそくさと去っていく中、シルフィは悔しさに唇を噛み締め、俯いた。
「領主は……『王都からの精鋭部隊の派遣を要請した故、それまで待て』の一点張りで……」
「それじゃ、リュカ様の命が持つかわからないのにゃ……!」
ミャミャが瞳に大粒の涙を浮かべ、今にも泣き崩れそうだ。
(げっ! あのビッチどもじゃねえか。面倒な奴らに会っちまったな。よし、気づかれないように、そーっと……)
俺が気配を消して離れようとするが、リイナの声によって引き止まるしかなくなる。
「待ちなさい、2人とも。大丈夫か?」
リイナはシルフィとミャミャに歩み寄り、肩にそっと手を置いた。
アンナとレイラも、心配そうな顔で後に続く。
「悪党のカリスマとやらに敗北したと聞いたが無事だったのだな」
「回復魔法をかけますね」
レイラが金の交渉もせず、淡い光を2人に向かって放つ。
「おいおいおい! レイラちゃんがタダで回復魔法だと⁉ 明日は槍でも降るんじゃねえか⁉」
俺の魂のツッコミを、アンナの優しい声がかき消した。
「セイヤさん、レイラちゃんを何だと思ってるんですか。こんなに心優しい子なのに。……それよりミャミャちゃん、一流の体術を持つあなたがそこまでボロボロになるなんて……。シルフィちゃんも、綺麗な顔が煤だらけじゃないですか。よかったら、この後一緒にお風呂に入りましょう!」
(いやいや、そいつら、ちゃん付けで呼ぶような清純なキャラじゃねえって! どうせこんな時でも、頭の中は男とのことしか考えてねえんだろ? どれどれ……『リア充チェッカー』、起動!)
俺はいつもの癖で、2人の頭上を見た。
(……は?)
そこに表示された文字列に、我が目を疑った。
【シルフィ】【最終性交時間: 1週間と2時間01分前(相手:リュカ)】
【ミャミャ】【最終性交時間: 1週間と2時間18分前(相手:リュカ)】
「な、なんだと⁉ こ、このビッチどもが……1週間以上、ご無沙汰だと⁉」
俺は衝撃のあまり、つい思ったことをそのまま口走ってしまった。
その瞬間、リイナの視線が絶対零度の刃となって俺に突き刺さる。
「セイヤ、その言い方は感心せんな。確かに彼女たちの敗北は驚くに値するが、か弱き女性の尊厳を軽んじる発言は万死に値するぞ」
(しまったああああ! せっかく少しだけ上がったリイナの好感度がまた地核まで急降下しやがった!)
「そうですよ、セイヤさん。あんなカッコいい人のパーティメンバーなんですもの、勘ぐっちゃう気持ちもわかりますけど、シルフィちゃんもミャミャちゃんも良い子ですよ?」
アンナまでが頬を膨らませてプンスカしてくる。
(その根拠はなんだよ! ていうかアンナ、お前の瞳の奥に『手合わせ願いたい』っていう経験値稼ぎの欲望がダダ漏れになってるぞ!)
「まあ、色々噂はありますからねえ。フッフッフ……」
(レイラちゃん……! その含み笑いは何⁉ その噂、めちゃくちゃ詳しく聞かせてくれえええええ!)
俺が内心で絶叫していると、レイラの回復魔法で緊張の糸が切れたのか、シルフィとミャミャがその場に崩れ落ちるようにして意識を失った。
「安心しろ、命に別状はない。恐らく古城から命からがら脱出して、ずっと眠らずにブリューレまで辿り着いたのだろう」
リイナが冷静に推論を述べ、俺たちは2人を休ませるべく、近くの宿屋へと移動した。
***
宿屋の一室。ベッドに横たわるシルフィとミャミャを見下ろしながら、俺たちは今後の行動方針を決めていた。
「まずは彼女たちに協力して、古城に巣食う悪のカリスマとやらを退治する。それでよろしいですね?」
レイラが名物の温泉饅頭を頬張りながら、簡潔にまとめる。
「まあ、そうなるわな。女性失踪事件の情報も欲しかったが流れ的にそうならざるを得ん。どうせそのカリスマが事件の犯人だろうしな」
俺に反対の余地はない。ビッチどもの登場は予想してなかったが、元々の行動指針なのだから。
「明日の朝には出発したいですね。シルフィちゃんとミャミャちゃんが、それまでに目覚めてくれるといいんですけど……」
アンナが心配そうに2人の顔を覗き込む。
「うむ。今晩は我々が同じ部屋に泊まって、彼女たちの様子を見よう。万が一、追手が来る可能性も捨てきれんからな」
「「「おーっ」」」
リイナの提案に、俺、アンナ、レイラの3本の手が同時にスッと挙がった。
……が。
「「「セイヤ(さん)は出ていってください」」」
3人の冷たい視線と無言の圧力によって、俺は瞬時に部屋から追い出された。
(くそお! なんでだよ! これで夜中にシルフィとミャミャが目を覚まして、ビッチトークで盛り上がったらどうするんだ! 俺の仲間たちが穢されたら許さねえぞ!)
こうなったら、ラッキースケベを起こせる場所でも探しておくかあ。
女湯への壁、どこかに覗き穴はないものか……。
俺は狐の少女たちや、理不尽に泣いている新人仲居や、両親を人間に戻すために働いている健気な少女がいないかを探しながら、1人とぼとぼと男湯へと向かった。