第42話 伝説の人物が、忘れ去られた余生を送ってることはよくある
「これは参ったな」
険しい表情で外を眺めながら、リイナが冷静に呟いた。
俺たちの目の前に巨人が玩具のブロックを無造作に積み上げたかのような、絶望的な光景が広がっていた。
数日前の豪雨で崖崩れでも起きたのか、巨大な岩石が道を完全に塞ぎ、その先にある保養都市ブリューレへの道を無慈悲に閉ざしていた。
これは復旧に相当な時間がかかりそうだ。
「王都に伝令を飛ばし、工兵部隊の派遣を要請するしかあるまい。我々だけでどうにかなる規模ではない」
「はっ!」
リイナの冷静な分析を遮るように、アンナが気合一閃、近くの岩石に拳を叩き込んだ。
ゴッ! と鈍い音と共に岩の表面に亀裂が入るが、同時にアンナが殴った衝撃で、積み上がった岩の山がガラガラと不穏な音を立てて揺れた。
「砕けますけど、なんかグラグラしてきますね。もう一発ぶん殴ったら、全部崩れて私たち、ベッタンコになるかもです」
アンナは拳をぷらぷらさせながら、やっぱり冷静に呟いた。
そんな2人のやり取りを見て、レイラがもぐもぐと干し肉を咀嚼しながら、俺に期待の眼差しを向けてくる。
「セイヤさん、出番ですよ? あなたの勇者としての、常識外れな腕力でこの岩山をどうにかするのです。あなたの非常識を発揮する時が来たのですよ」
「無理に決まってんでしょ! 崖崩れの危険もあるし、下手に壊せないって!」
俺は反射的に叫んだが内心は冷や汗でびっしょりだった。
(スキルが発動しないこの状況で、あんな岩を殴ったら俺の拳が粉砕骨折するわ! せめてこの場に、昨日あたりにヤッたばっかのリア充カップルでもいればな。そいつらを岩石に向かって思いっきりぶん殴れば、衝撃波で穴の一つや二つ、開いたかもしれないが……)
不謹慎な妄想はリイナの現実的な提案によって打ち砕かれた。
「仕方ない。一旦、今朝まで世話になった村へ戻るぞ。復旧作業の人員を募るか、別のルートを探すか、情報を集めなければならん」
リイナの提案に、俺たちは来た道を引き返すのだった。
***
宿屋の中にある飯屋のテーブルで、リイナは深いため息をついた。
「参ったな。村の者に聞いても、この山を越えるにはあの道しかないそうだ。復旧を待つとなると、数週間は足止めを食らうことになる。一刻も早くブリューレへ向かいたかったのだが……」
「それなら、ロッククライミングっていうのはどうですか? 私、得意ですよ?」
アンナが目を輝かせて提案するがレイラは食事をしながら、少しムッとした顔で即座に却下した。
「私は補助されても無理です。というか、高い所は嫌いです」
(おっ、レイラちゃんの意外な弱点発見! 今度、吊り橋とかあったらからかってやろう)
俺が内心でほくそ笑んでいると、リイナが「それは私も賛同しかねるな。足場がグラグラして、二次災害を引き起こす危険もある。それにセイヤのことだ。後ろに回られて覗かれたらと思うとゾッとする」とアンナの案を退けた。
「あの~、俺、平気でそう言うことする男って思われてるの?」
俺のセリフを華麗にスルーし、うーん、と女子メンバーが何か策はないかと腕を組んで考え込む。
(よし、ここは何か最高の策を考えて、下がりに下がったみんなの好感度をガッポリ稼ぐチャンスだ! そうだ、村の若いリア充カップルを『案内人だ』とか言って一緒に連れてって、崖の前でぶん殴るか? そうすりゃ、岩に風穴を開ける自信がある! ……いや、その後確実に俺はリイナに殺されるだろうな。他に作戦は……)
俺がろくでもない作戦を練っていると、レイラが冷静な声で口を開いた。
「少し前から思っていましたが、このパーティには決定的に火力が足りないのです。高位の魔術師や魔女がいれば、強力な魔法で岩石を消滅させてくれたと思うのですが」
「へえ、そりゃ凄いな。俺もこっち来てから魔術師や魔女は何人も見たが、そういやめっちゃ凄い魔法って、武闘大会のシルフィの精霊魔法と何人かいたぐらいか。パーティ組んでたフェルトちゃんはまだ駆け出しだったし。……フッ、嫌な記憶を思い出しちまったぜ」
俺の呟きに、リイナが釘を刺すように言う。
「待て待てレイラ。そのような高位魔法を使える人材はそう簡単におるまい。いたとしても、高位魔法使いは貴族や大商人のパトロンを見つけて、悠々自適に暮らしている者が多い。我々のような危険な旅に同行するメリットを見いだせないだろう。……特に、セイヤがいたら女の子は真っ先に拒否するだろうからな」
「そうですね。男性の魔法使いだったとしても、セイヤさんがその人のコンプレックスを暴いて、理不尽にイジメそうですし」
「って! ちょっと待てい! 俺をなんだと思っている!」
俺はテーブルを叩いて立ち上がった。
「俺は生まれてこの方、イジメなんてしたことないぞ! 何せ友達がゼロだったからな! いじめる相手すらいなかったんだよ! わかるか! 孤高だったんだよ俺は!」
俺の魂からの叫びに、3人の美少女は黙々と食事を続けていく。
……誰かツッコんで……頼むから……お願い。
目に涙を溜め、俺が席に着こうとしていると、アンナが突然、ガタリと音を立てて立ち上がった。
彼女が向かったのは隣のテーブル席だ。
そこには長い白髭を蓄え、頭頂部が綺麗に磨き上げられた、ヨボヨボのおじいちゃんがスープを震える手で啜っていた。
「あのお、すみません。その杖、かの有名なユグドラシルの枝から作られた、伝説級の魔力増幅の杖ですよね? お願いします! 王女様パーティに加わってください! フンスッ!」
アンナは綺麗な90度のお辞儀をした。
(って! ちょっと待てい! 俺は無の表示の美少女しか仲間にする気ないぞ! 爺さんは論外だ!)
俺が内心で激しく動揺する中、スープを啜っていた爺さんの目が、ぱあっと少年のような輝きを放った。
「な、なんと……! わ、儂が……王女様パーティに、誘われた……。嬉しい……90年生きてきて、こんなに胸が高鳴るのは生まれて初めてじゃ……!」
「待て待てアンナ、ご老人ではないか」
リイナが困惑した声を上げるけど、アンナは鼻息荒く力説する。
「でもリイナ! おじいちゃんなら、セイヤさんみたいにエッチなことしてきませんし、セイヤさんもお年寄りをイジメないでしょうし、何より、豊富な知識がありそうです!」
「確かに、生命保険に加入していただければ、足元を見られるリスクはありますが……ギリギリ、プラスにできそうです」
「レイラちゃん! その発想は思ってても口にするなって!」
俺のツッコミも虚しく、リイナもその気になってしまったようだ。
彼女は席を立つと、老人の前に進み出て、恭しく片膝をついた。
「その魔法の杖……高名な大魔導士、パーカッション様とお見受けいたします。この村で隠棲しておられたとは……」
俺はそっとレイラに有名なの? と訊ねた。
「そうですね。大魔導士パーカッションといえば、北の大陸で長きに渡り魔族との戦線を支えた英雄中の英雄です。一説によると、彼が引退したから魔族が攻勢に転じたとも言われてます」
なにそれ凄い。でも、もう引退して何十年も経ってそうなんだが。
そんな俺の思考を遮るように、リイナが決定的な一言を呟く。
「我々と出会ったこの奇縁、どうか我らに力を貸していただけないでしょうか?」
(って! ちょっと待てい! 話を進めるなああああ! 俺は嫌だぞ! 爺さんと旅して、これが極大消滅呪文じゃあ、とかいう爺さんをなんだかんだで頼りにしてたのに、ある日ポックリ寿命か、数万の魔獣相手に自己犠牲魔法で俺たちを逃がすために逝って、涙ながらに葬式しているのに、花を手向けてる横でレイラが『保険金、ガッポリです♪』とか言ってるシーンを見るのは!)
俺が本気で止めに入ろうと手を伸ばすが、事態は想定外に進んでしまった。
「うおおおおおおお、このパーカッション! 90年の生涯で、これほど胸が高鳴ったことはない! 残されたこの命、王女様に捧げ……グキッ!」
見事なまでの音を立てて、大魔導士パーカッションは腰を押さえ、その場に崩れ落ちた。
倒れ込んだ爺さんに駆け寄り、回復魔法をかけたレイラだが、すぐに俺たちの方を向いて静かに首を横に振る。
爺さんの目から、無念の涙が一雫、ぽろりとこぼれ落ちた。
(……爺さんが仲間にならなくて良かったのか、悪かったのか。なんだかなあ……)
俺は複雑な気持ちで、村人たちに担架で運ばれていく伝説の大魔導士の背中を見送るのだった。