第41話 エルフは闇落ちするのに、ドワーフが闇落ちする作品ってあんまり無い気がする
ザッハークの薄暗い牢獄は、湿った空気とカビの匂いが満ちていた。
王都から来た役人に引き渡される直前のドリアン伯爵と人形師アガットを前に、俺とリイナは最後の尋問を行っていた。
「なぜ王国を裏切ったのです。ドリアン伯爵、人形師アガット。国王陛下への忠誠を忘れたというのですか?」
リイナが鉄格子越しに厳格な声で問う。
2人は最初、牢の隅で膝を抱え、ただ嘲笑うだけだったが、リイナの「陛下への忠誠を」という言葉が彼らの心の琴線に触れたらしい。
ドリアンが溜め込んでいた不満を、けたたましい高笑いと共に爆発させた。
「ワハハハ! 王国なんぞが決めた、人間の国の法に嫌気がさしたのよ!」
ドリアンの甲高い声が牢獄に響き渡る。
「身分の高いものに都合よく法がねじ曲がり、イケメンしか真実の愛を得られない腐った世の中がなあ! 王への忠誠だと? あのイケメン国王は我らのようなブサイクの気持ちなど、微塵も理解しておらんわ!」
涙ながらに訴えるドリアンの横で、アガットも静かに頷いた。
「それに比べて魔王様は単純明快。生まれや容姿ではない。強さと実績のみを重んじてくださる。我らのような男が誘われたら、当然そちらにつく」
アガットは確固たる意志を込めて言った。
奴の視線が不意に俺へと注がれる。
ドリアンも俺を見つめてきた。
「勇者! お前だってそう思うだろ! イケメンに全てを奪われ、ラブドールに夢を見るしかなかった我々の気持ちが! お前は我らの心の友だろ! 顔がそう告げておるわ!」
ドリアンからのムカつく共感の、俺の中の異世界に来てから溜まりに溜まった何かがついに決壊した。
「一緒にするな! 俺は……俺は……ラブドールにも! 生身の女にも! 一度だって経験ねえんだよッ! お前らみたいに裏切られた過去も、女に捨てられた記憶もねえ! だって、始まることすらなかったんだからな! わかるか! ゼロなんだよ、俺は! マイナスにすらなれない、無なんだよ!」
しーん、と、牢獄は水を打ったように静まり返った。
俺の切実で情けない魂の叫びに、その場にいた誰もがどう反応していいかわからずにいた。
リイナはこめかみをピクピクと引き攣らせ、アンナは「あちゃー」という顔で天を仰ぎ、レイラはどこからか取り出した新しい串焼きを食べる手を止めて、憐憫の目で俺を見ていた。
ドリアンとアガットの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……すまなかった、勇者殿」
「我々は……貴殿の苦しみを何も知らずに……。貴殿こそ、真の弱者男性の星じゃ……」
俺はいたたまれない気持ちになり、地面の石ころを蹴飛ばした。
涙を流すドリアンとアガットに、リイナは構わず、今度はアガットに鋭い視線を向ける。
「人形師アガット。このような精巧な人形の量産体制、ドワーフ族である貴様1人でできる所業ではあるまい。本当のことを話してもらおうか」
アガットは俺の方をちらりと見ると、深いため息をつき、全てを諦めたように真実を口走り始めた。
「……勇者殿の気持ち、痛いほどわかるわい。我らも、お主と同じじゃった。……もういい、全て話そう。我らの後ろにはパトロンがおった。パトロンは魔王軍の諜報機関所属のボインちゃんじゃ。ボンキュッボンじゃった。名前は知らん。教えてくれんかったわい。薄桃色の長い髪に、背中に小さな黒い羽根。……くっ! 成功したら性交してくれる約束じゃったのに!」
アガットは大粒の涙をボロボロと流し、鉄格子を掴んで泣き崩れた。
リイナとアンナとレイラが魔王軍のまだ見ぬ敵に気合を入れる中、俺の脳内は別の情報処理でフル回転していた。
(薄桃色の長い髪でボンキュッボンで背中に小さな黒い羽根だと⁉ それってサキュバスじゃねえか! 会いたい! サキュバスなら俺を精気目的で、童貞を馬鹿にしないで奪ってくれるはず! いや、ちょっと待て! 奪われたらリア充絶対殺すマンが失われる! それに俺の初めてはリイナだ! 状況によってアンナかレイラでも可だ! 何よりサキュバスなんて絶対処女じゃねえ! 俺が絶対交わっちゃいけない強敵だ)
役人たちが気まずそうに咳払いをし、ドリアンとアガットを連行していく。
「ドリアンよ、私は貴殿を信頼し、重用したつもりだったが足りなかったか?」
ザッハーク卿の無念さが滲む声。
「こっちが嫁がいないからと、ババアとの縁談ばかり持ってきおって……こっちはあんたの三女にアピールあんなにしたのに!」
ギリッと歯軋りするドリアン。
三女ってアレか? 俺たちの背後でアッカンベーしてる、気の強そうなレイラと同じ年齢ぐらいの女の子。
「……ドリアンよ。本人の意志というのがあるのだ」
「ほざけええ! ババアどもも、こっちが断る前に断りおってええええええ! 顔がそんなに大事かあああああああああああ!」
あれ? 俺の目頭が熱くなるぜ。ドリアンの魂の叫びに俺の魂が共鳴したのだ。
去り際、ドリアンが俺たちにだけ聞こえるように呟いた。
「我らは駒にすぎん。王国の腐敗はお前が思うより根深いぞ……」
「……他にも内部工作が進んでいるということか」
リイナの呟きが俺の耳に重く響く。
ドリアンたちの引き渡しを終え、俺たちはザッハーク領主邸で、今後の進路について話し合っていた。
顔に包帯が残るザッハーク卿が、深々と俺たちに頭を下げる。
「勇者様一行には感謝の言葉もございません。つきましては一つ気になる情報が……ここから南西にある保養都市ブリューレでも、若い女性の行方不明事件が多発していると聞き及んでいます」
「南西……。魔王軍の本拠地とは逆方向ですね」
レイラが串焼きの最後の一口を飲み込みながら言うと、リイナは腕を組んでしばらく考え込んでいたが、やがて迷いを振り払うように顔を上げた。
「耳にした以上、見過ごすわけにはいかん。若い女性を狙う卑劣な誘拐など、断じて許せんからな。ブリューレへ向かうとしよう」
「誘拐はもうこりごりです。それにしても、何で男の人って若い女性ばかり誘拐するんですかね?」
アンナが俺の顔をじろりと見ながら、素朴な疑問を口にした。
そんな決めつけ視線に、カチンときた俺は思わず声を荒らげてしまう。
「って! 俺はそんなことしねえっての! 俺は可哀想なのは抜けないの! ていうか、誘拐犯が男だと決めつけるのも早計だ!」
俺は熱弁を振るい始める。
「俺の故郷っつーか、外国だけど、実際にこんな話があったんだ。昔は絶世の美女だったおばさんが自分の肌のたるみに発狂してな。若さを保つために若い娘を次々と誘拐して殺害し、その処女血の風呂に入り続けたって話だ。こういうことがある。女だって若い女を狙う理由があるのさ」
俺が得意げに語り終えると、三者三様の反応が返ってきた。
「全く理解できません。血は血ですよね? なぜそれで若返るという発想になるのか、論理的根拠が不明です」
レイラが心底不思議そうに首をひねる。
「そのおばさん、人としておかしいですよ。若返りたいなら、もっとレベルの高い魔物を倒して、若返りのスキル習得に賭けた方が確実じゃないですか?」
アンナが経験値稼ぎの観点から、眉をひそめて憤慨する。
そんな中、リイナは俺の話に、顔を青くしてガタガタと震えていた。
ほほう? こういう話は苦手なのか。いいことを知ったぞ。
「か、怪談話をいきなりするな、このアホンダラ! わ、わかった! わかったから、と、ともかくブリューレに向かうぞ!」
リイナが恐怖を誤魔化すように叫んだ。
「「「オーッ!」」」
俺たちの声が復興し始めたザッハークの空に響き渡った。
一方その頃。
燃え盛る廃墟のような場所で、リュカは片膝をつき、愛剣を杖代わりにして必死に立ち上がろうとしていた。
「グッ……な、ぜだ……この僕が……勇者にしか負けたことのない……1級冒険者の……この僕が……」
彼の周囲には、すでに完全に地に伏しているシルフィとミャミャの姿。
彼らの前に燃え盛る炎に照らされてシルエットとなった1人の男が、静かに剣を構えて立っていた。
男はリュカを見下ろし、冷たく呟いた。
「リア充は……殺す」