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第40話 IN〇KIボンバイエ! in〇kiボンバイエ! ~心に愛がなければスーパーヒーローじゃないのさver~

 黒幕であるドリアン伯爵と人形師アガットを、俺の人間としての尊厳と引き換えに打ち倒し、ザッハークの街にはようやく平和が戻った。

 アジトに囚われていた女性たちは全員無事だった。出荷前だったのが幸いし、1人残らず解放されたのだ。

 街の男たちの欲望の象徴であったラブドールも、リイナとアンナの手によって粗大ゴミと化し、ラブドールの残骸が風に吹かれている。


 ああ、これで全て解決。街には元の平和な光景が……戻るかと思っていた。

 俺の目の前に広がっていたのは地獄の釜の蓋が開いたかと見紛うほどの、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


「どこ見てんのよ、この浮気者がァ!」


「私の愛より、あの無機質な人形の方が良かったって言うの⁉」


 そこかしこで解放された奥様方や恋人たちが、パートナーの男たちに怒りの鉄槌を下していたのだ。


「さあ始まりました! ザッハーク統一王座決定戦! まずはあの奥様、旦那様を綺麗な弧を描いたジャーマン・スープレックスで石畳に叩きつけたあああああ! ゴシャッ! と鈍い音が響き渡っております!」


 どこから持ち出したのか、広場の噴水の上に特設された実況席で、シャーロットが張りのある声で叫んでいた。


 って⁉ なんでいるんだよ! あのバニーガール!


「解説は勇者選定武闘大会ベスト4のアンナさんです! アンナさん、今の見事な投げ技、どうご覧になりましたか?」


「はい、素晴らしいですね! フォームも安定していますし、何より技のキレが最高です! 10点満点中9点ですね! 非常に参考になります!」


 アンナは目をキラキラさせ、解説者ノートらしきものにメモを取っている。


「続いてはあちらの淑やかな貴婦人! 流れるようなステップから、旦那様の延髄に強烈な手刀を一閃! あっと、旦那様、完全に白目を剥いております! これは一本!」


「美しいですねえ。無駄な動きが一切ありません。10点満点です! あの動き、今夜の素振りで練習してみます!」


「あちらの酒場の看板娘は……おおっと、コーナーポスト代わりに露店の屋根に登った! 華麗なムーンサルト・プレスだーっ! 綺麗な放物線を描いて、客の男の腹部に炸裂しましたーっ!」


「高得点ですね! 滞空時間が長く、フォームも美しい。芸術点が高いです! 採点は……9.5点!」


「ところでシャーロットさん、どうしてここにいるんですか?」


 アンナがようやく、素朴な疑問を口にした。


「いや~久し振りに実家に帰ったら、ものの見事に巻き込まれてしまいまして……。ピチピチの17歳の美少女の私が奴隷として出荷されていたらと思うと、ゾッとしますよ~」


 シャーロットがやれやれと肩をすくめていると、いつの間にか実況席の真下にいたレイラが、串焼きを片手に見上げながら冷ややかに呟いた。


「あれ? ですがシャーロットさん、私たちのいた10代部屋にいませんでしたよね?」


 レイラの無慈悲な一言に、シャーロットの顔がピシリと固まる。


「どう見ても一桁ではありません。つまりシャーロットさんは20だ……」


「おおっとおおおお、ここであのドワーフの奥様、旦那を上空に投げて真っ逆さまに落下する旦那の両太ももを掴んだああああああ!」


 シャーロットはレイラの追求を無視し、絶叫で実況を再開する。


「20だ……」


「旦那の首が、奥様の肩でグキっていったああああああ! これは再起不能かーっ!」


「す、すばらしい技……。着地の衝撃で、対戦相手の身体が完全にくの字に折り畳まれましたね。首と腰への同時攻撃……完璧なフィニッシュ・ホールドです。これはもう採点不能、満点超えです!」


「20代ですよね?」


「ああああああ、あっちでは非モテ軍団が、お母様や持て余した老婆たちによるエルボードロップの嵐だああああ! 人生の厳しさを身体に叩き込まれております!」


「ひっ……!」


 俺もリイナに全裸戦法を咎められ、ボコボコにされた顔を恐怖で引きつらせる。

 ただただ、男たちの最期を見つめるしかないだろこんなの。

 女の怒り、怖すぎだろ。

 つーか、なんで全員プロレスできるんだよ!

 

 そんな地獄絵図の中で、唯一、俺の心を温める光景があった。


「ユイナ! 心配したんだぞ、俺の可愛い天使!」


「お兄ちゃん!」


 牢屋で出会った童貞仲間、スレイブが無事に解放された妹のユイナちゃんと涙ながらに抱き合っている。

 うんうん、良かったな、スレイブ。感動的な再会じゃないか。


「ユイナ……。あの男たちに、裸を見られたりしなかったか? スリスリされたり、チューとかされなかったか? 大丈夫か、処女膜は……」


「しょじょまくってなあに? お腹が空いたあ!」


 ……まあ、感動の再会で口にするセリフじゃねえな、それ。

 スレイブはぺこりと俺たちに深々と頭を下げてきた。


「勇者様一行のおかげです! このご恩は一生忘れません! 俺とユイナ、2人で力を合わせ、あなた方の武勇伝を旅の先々で伝えていきます!」


 純真無垢なユイナちゃんも兄に倣って、ぺこりとお辞儀をする。

 俺は笑顔で手を振り、感動的な別れを演出するが心の中では固く、強く、念じていた。


(ユイナちゃん……! 初潮を迎えたら、一目散にそのヤバいお兄ちゃんから逃げるんだぞ……!)


 そんな混沌とした街の中、顔に痛々しい包帯を巻いた威厳のある老紳士がリイナに声をかけた。

 この街のトップ、領主のザッハーク卿だ。


「リイナ姫殿下。あの方が噂の勇者様でございますか。いやはや、貴女様と共にあって、未だ命があるとは。彼はやはり、特別な存在のようですな」


「何を言う、ザッハーク卿。私は特別な男性など作らん」


 リイナがピシャリと撥ねつけるが、ザッハーク卿は悪戯っぽく笑う。


「おやおや? 私はただ、勇者として姫殿下の側にいられる特別な存在、という意味で申したのですが……。姫殿下は男として認識されておりましたか」


「なっ⁉」


 リイナの白い頬が夕焼けのように真っ赤に染まる。


「あ、あり得ん! あんな男として以前に、人として終わっている奴など! ……そ、それよりもザッハーク卿! 此度の責任は重いぞ! だがまあ、私からは……貴殿も十分に罰は受けたとだけ、父上には取りなしておこう」


 ザッハーク卿は「恐れ入ります、姫殿下」と深々と頭を下げる。

 よく見れば、彼もまた顔の包帯だけでなく、身体中に縄の跡があり、腕はギプスで固定されていた。奥様や娘さんたちにボコボコにされたのだ。


「勇者殿が、姫殿下の呪いを打ち破るその日を心待ちにしております」


 ザッハーク卿の言葉に、リイナは表情を曇らせた。

 婚約者が死んだ直後、必ず自分の純白のドレスがまるで返り血を浴びたかのように真っ赤に染まっている……そんな忌まわしい過去を思い出し、暗い顔で俯く。


 そんなシリアスな空気などお構いなしに、実況のシャーロットと解説のアンナの声が男たちの断末魔と重なって響き渡っている。

 レイラは瀕死でピクピクしている男たちに、串焼きを頬張りながら「ワンコインで回復魔法、いかがですかー?」と荒稼ぎに精を出していた。


 俺は「俺が君たちを助けたんだぜ」と解放された行為経験無の表示の少女たちに、歯をキランとさせてアピールしまくっている。

 だが、わかっちゃいたけど効果はなかった。


「……あの人だよね、全裸で戦ってた変態さん」


「うん、なんかイケメンでもないし、小さかったって話だよ」


 俺の全裸戦法の記憶はあっという間に女性たちの間で情報共有され、ひそひそ話とジト目によって、俺の存在は華麗にスルーされた。


「でっかくもねえけど、小さくもねえよ! 日本人男性の平均だって言ってんだろ! ちくしょう!」


 俺は血の涙を流しながら、女性たちにフルボッコにされ、虫の息で転がされているドリアンとアガットの元へと駆け寄った。


「アガットォ! 勇者からの命令だ! 早く目覚めて、俺専用の! 絶対に裏切らず、俺だけを愛してくれるラブドールを作ってくれええええええええええ!」


 俺の魂からの絶叫が夕暮れのザッハークに虚しく響き渡る。

 そんな無様で、情けなくて、どこか必死な俺の姿を遠くから見つめながら、リイナはぽつりと、誰にも聞こえない声で呟いた。


「……そうだな」


 その声に含まれた本当の意味を、この時の俺は知る由もなかった。

 

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