第39話 勝ちに不思議の勝ちあり負けに不思議の負けなしって言うが、勝つためには何でもしたほうがいい
ドゴオオオオオオオオオオオオンッ!
広間の分厚い鉄の扉が凄まじい轟音と共に内側へと吹き飛んだ。
逆光の中、そこに立っていたのは全身から怒りのオーラを立ち上らせ、両目を血のように真っ赤に染め上げた女装した男。
「女子トイレの神隠しは……俺がこの世で最も許せねえことなんだよおおおおおおおおおおおッ! 寒村の惨劇を思い出させるなあああ!」
俺、大石星翼の魂からの絶叫がカビ臭い石造りの広間に響き渡った。
フリフリ貴族用ドレスに、黒髪ロングのカツラを被って。
「な、な、なぜ現れたのだ⁉ どうやってこの場所に⁉」
リイナとアンナが、俺の女装姿に一瞬ポカンとしたが、すぐに我に返り躊躇なくドール君どもを破壊し始める中、ドリアン伯爵の裏返った絶叫が響き渡る。
俺はゆっくりと埃っぽい石畳を踏みしめながら、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「決まってるじゃねえか。アンタらの手口は単純だ。女子トイレで女性が1人になった時や、お風呂に入ってる時を狙ってんだろ? なら……」
俺はニヤリと口の端を吊り上げ、衝撃の事実を告げる。
「俺も女装して女子トイレで用を足せば、このアジトに乗り込めるんじゃないかってな!」
「なっ⁉」
「あんたらの手口は、この街のスライムどもに空間転移の起動魔法を仕掛けたってとこだろ? だが、あいつらに人間の雌雄なんて見分けついてるとは思えねえ。だからこうして、スカートとパンティ履けば騙せると思ったのさ」
ドリアンが絶句する隣で、人形師アガットも「馬鹿な……」と信じられないものを見る目で俺を見つめていた。
「じょ、女装して女子トイレで用を足すじゃと? そんな、人間としての尊厳を捨てた変態がこの世に存在するとは……」
「フッ……まあ、犯罪者になった気分で、正直ちょっとドキドキしました」
アガットもチッと忌々しげに舌打ちする。
「盲点じゃったわい。まさか男が女装してまで罠を作動させるとは……。勇者、恐ろしい子……!」
俺は不敵に笑うとカツラを脱ぎ捨て、着ていたフリフリの貴族令嬢用ドレスを豪快に引き裂き、投げ捨てた。
下から現れるのは見慣れた高校の制服姿。
俺は仲間たちに向かって、ビシッと指を差した。
「そっちのイケメン人形どもは任せた! 俺がこいつらを……ボスどもをまとめてぶん殴る!」
「ええ⁉ ちょっと待ってくださいよ、セイヤさん! 男型の人形相手とか、普通に気持ち悪いです! こいつらの無駄にリアルな下半身、殴るたびにこっちの精神が削られるんですけど!」
「そうです、セイヤさん! 私たちがもし負けて、この人形たちに押し倒されたらどうするんですか? まさか……それが見たいのでは?」
アンナとレイラが抗議の声を上げるが、口とは裏腹に2人の動きに一切の淀みはない。
アンナの拳と蹴りがドール君の硬い身体を的確に破壊し、レイラの放つ聖なる光がドール君を粉々に浄化していく。
「いや、どう見てもお前ら圧勝だろ……」
(ていうか、そのドール君とやら、全員表示が『無』なんだよ! 俺のスキルが効かない相手なの! 頼んだぞ、みんな)
「場所取り的に致し方あるまい、セイヤ! 任せたぞ!」
リイナがドール君の首を鮮やかに刎ねながら叫ぶ。
「奴はラブドールを身代わりにする! 気を緩めるな! だが早く倒せ! 私もパンツ一丁の男人形を相手にし続けるのは、貴様を視界に入れるのと同じくらい不快で気持ちが悪い!」
「最後のセリフは完全に余計だろ!」
俺はリイナに悪態をつきながらも、再び気合を入れ直す。
ドリアン伯爵と人形師アガット。俺の『リア充チェッカー』に2人の頭上に煌々と輝く表示が浮かんでいる。
【最終性交時間: 24時間以内(相手:ラブリーちゃん)】
うん、攻撃さえ当たれば敵ではない。
「喰らえやああああ!」
得意技となった右ストレートを、神域レベルの速度で2人同時に叩き込もうと肉薄する。
だがリイナに言われた通り、2人の前に滑り込むようにして現れたラブリーちゃんが潤んだ瞳で俺を見つめながら、その身を盾にしようとした。
「クソっ……!」
俺の拳がピタリと止まる。
卑怯だ。あまりにも卑怯な戦法だ。さすがの俺も、いかにラブドールで非処女であろうがこんな超絶美少女を殴る勇気はない!
「フハハハ! 噂と違い、随分と心優しい勇者様ではないか! 攻撃できぬのなら、こちらから仕掛けるまでよ!」
ドリアンの号令一下、周囲にいたラブリーちゃんたちが一斉に襲いかかってくる。
避けるのは簡単だ。だがこのままではジリ貧。決め手に欠ける。どうする? どうすれば、この鉄壁の美少女ディフェンスを突破できる……?
ぶっちゃけ全部お持ち帰りしたい!
未来永劫ラブリーちゃんたちとしていたい!
すると、俺の脳裏に閃きが舞い降りた。
(そうだ……所詮はラブドール。男の欲望を叶えるために作られた存在。ならば……)
俺は覚悟を決め、制服のベルトに手をかけた。
「セイヤ! 貴様ああああ! 何を脱ごうとしている!」
俺の意図を察したリイナが絶叫する。
だがもう遅い。俺は一瞬にして、生まれたままの姿になった。
「うわあああ! 最低です、セイヤさん!」
ドン引きしたアンナが両手で両目を覆いつつ見て、俺の股間をへし折る練習でもするかのように、近くにいたドール君の股間を強烈な蹴りで粉砕し続ける。
「フフッ……」
レイラは俺のを見て嘲笑うかのように、意味深な笑みを浮かべていた。
「小さくねえよ! 日本人男性の平均だよ!」
俺は自己弁護を叫びながら、効果を待つ。
案の定だった。俺を攻撃しようとしていたラブリーちゃんたちの動きがピタリと止まる。
彼女たちの無機質な瞳が一斉に俺の下半身へと注がれた。
プログラムされた本能には逆らえない。男の裸を見れば、奉仕せよと。
ラブリーちゃんたちは唾液を滲ませた口をあんぐりと開け、俺の下半身に向かってくる。
ふっ、人間の女の子たちのように無視されたらどうしようかと思ったが、所詮は人の心を持たないラブドール。
それが彼女たちの、悲しい性なのだ。
生まれた、一瞬の隙。
俺はその好機を見逃さない。
本当はさ、このまま立ったままでいたかったさ。
だがな、俺の口での初めてもリイナって決めてるんだ!
状況によって、アンナかレイラって場合でも可だがな!
「今だあああああっ!」
俺は床を蹴って高く跳躍し、がら空きになったドリアンとアガットの顔面に、渾身のダブルキックを叩き込んだ。
予想通り、ラブリーちゃんたちは身代わりに間に合わなかった。
「そ、それが……勇者の、やることか……グフッ!」
「バーカ。戦いはな、勝ったほうが正しいんだよ」
ドリアンの断末魔が響き渡る中、俺は全裸のまま、高々と勝利のガッツポーズを掲げる。
「フッ、決まった」
背中に仲間たちの、絶対零度より冷たい視線を浴びながら。