第34話 男のロマンは絶対口にしては駄目なことが多い
牢屋へと向かう道中、俺は最悪の考えを脳裏で展開させていた。
クソッ、胸騒ぎが止まらん。
こういう、美少女が攫われる展開ってのは相場が決まってる。
どんなエロ漫画も、犯人のアジトで陵辱されてるってオチだ。
アンナとレイラがそこらのチンピラに負けるとは思えんが、あっさり誘拐に成功する敵どもだ。どんな卑劣な手を使われたかわかったもんじゃない。
もし……もし、あいつらが処女じゃなくなってたら……。
いや、違うだろ、大石星翼! 違う! あいつらの処女を奪うのはこの俺の役目だ……って、そうじゃなくって!
仲間が危ないんだ! 頼む、無事でいてくれ……!
俺の知らないところでパンッパンッて、汚されるのだけは絶対に許さんからな!
見てる前でも許さん!
そんなこんなで牢屋に到着した。
当然ながら、門番兵が槍を交差させて行く手を阻んでくる。
「待て。ここは罪人を収監する場所だ。何人たりとも通すわけにはいかん」
ククク、ここは俺が勇者だと名乗って、こいつの度肝を抜いてやるか。
「いいか一度だけ言うからよく聞け、俺を誰だと……」
「控えよ。私はこの国の第一王女、リイナ・レンデモール。先の暴漢に尋問がある。道を開けなさい」
俺の言葉を遮り、リイナが威厳に満ちた声で言い放った。
門番兵は顔面蒼白になり、慌てて道を開ける。
ちくしょう、俺の出番が!
「ついでに、この俺が勇者オオイシセイヤだ! どーん!」
誰も見ていない虚空に向かって決めポーズするも、リイナに冷たい目で見られ、すごすごと後に続く。
まあ、そんなお約束はさておき、俺とリイナはお目当ての男と面会した。
鉄格子を挟んで会話をスタートさせる。
「あんたら……今更なんの用だ?」
「すまない。単刀直入に聞く。この街で起こっている、女性連続失踪事件について何か知らないか?」
リイナは鉄格子の前に膝をつき、囚人である男と目線を合わせる。
そんな彼女の気高い態度に、俺はこいつがリイナに惚れて、変な気を起こしたら許さんぞ、とステータスオール1のありったけの威圧感を放ちながら、核心に迫る質問をしていく。
「なあ、あんた。このザッハークの街はもう魔族にでも乗っ取られてるんじゃないのか?」
俺がそう言うと、男は明らかに動揺した。
「どういうことだ、セイヤ? もし街が陥落しているなら、魔王軍がそれを公表しない理由はないだろう。戦果を誇示するのが常套手段のはずだ」
うぐっ……さすがリイナだ。俺が上手く説明できないポイントを的確に突いてくる。
困った俺が助けを求めるように男に視線を送ると、男はチッと舌打ちして語りだした。
「……俺の名はスレイブ。17歳。行商人だ。この街で取引を終えて、王都に向かおうとしてたんだが……妹が消えた。たった6つの妹が宿の湯船からドロン、と忽然とな」
……なるほど、こいつも被害者だったのか。
「そうか。私にも21人の異母弟がいるから気持ちは痛いほど分かる。……それで、どうして女性……いや、お友達人形を襲ったのだ?」
リイナの冷静な問いに、スレイブの瞳孔がカッと開き、憎悪に満ちた声で叫んだ。
「決まってるだろ! あの人形どもが街に溢れ始めてから、女どもの失踪事件が頻発してるんだ! 原因はあいつらに決まってる! あんな精巧な人形作れるなんて人間やドワーフには絶対無理だ! 魔族が絡んでいるに決まっている! 一体一体、壊して壊して壊し続ければ、いずれ黒幕が尻尾を出すと睨んだんだがな!」
うーんこの、商人なのに脳筋ゴロツキのような発想。
だが俺は嫌いじゃないぜ。何より、俺と同じ『無』の称号を持つ、童貞仲間だしな。
「よし、わかった! その話、俺たち勇者一行が引き受けた! こういうのはな、街の領主や、善良を装った診療所の看護婦が裏で糸を引いてるのがお約束ってもんだ。とりあえず領主の屋敷に乗り込んで、真相を確かめようぜ!」
「確かにセイヤの言う通りだな。あのような不埒な人形の蔓延を国に報告しなかったのは不自然だ。ザッハーク卿……父も信頼を置いていた人物だが……」
リイナが顎に手を当て、深く考え込む。
「セイヤ、領主邸に行くよりも、あのお友達人形を売っていた親父を締め上げたほうが早いのではないか?」
リイナがもっともな指摘をするが、スレイブは忌々しげに吐き捨てた。
「無駄さ、あの店は一度しか入れん。クソっ! 妹そっくりなラブドール作れやっ! て、首絞めただけで追い出しやがってあの店主!」
ん? こいつ今、さらりと何かヤバいこと言わなかったか?
「にわかには信じられん話だな。セイヤ、この男の言うことが本当か領主邸に行く前に店に行ってみよう」
多分本当だろうし、無駄な動きはリイナがトイレに近くなるリスクがあるし、拐われたアンナとレイラの処女が散る確率も高くなるが、ここはリイナの気が済むようにしないとな。
これは考え込む話じゃない。単純な話だ。
だってそりゃそうだろ。男からすりゃ、こんな都合のいい話はない。
文句も言わず、逆らいもせず、好きなだけヤり放題の動いて会話する美少女なんだぞ。
ギャーギャーうるさい生身の女は邪魔だから消す。母親がいなくなって騒ぐ子供もついでに消す。
それで、はい、男だけの理想郷、ユートピアの完成だ。
そりゃ外部に漏らすわけないわな。
歴史がまた一つ証明してしまったな……。
最も効果的な統治とは、愚民に娯楽と思考停止を与え、緩やかに搾取することだ、と。
これが魔族侵攻の策だとしたら恐ろしすぎる策だぜ。
そんな俺の男のロマン思考など露知らず、リイナは正義感に燃えて宣言する。
「許せん……。このリイナ・レンデモール、王家の威信に賭けて、あのような破廉恥な人形どもを一体残らず駆逐してくれる!」
えっ⁉ もったいない! 一体ぐらい俺にくれよ!
「貴様……今、内心で欲しいと思ったな」
俺の心の声を聞いたかのように、リイナが殺気を込めて俺を睨む。
慌てた俺は話を逸らすようにスレイブに尋ねた。
「お、おい! あんたの妹の情報を詳しく教えてくれ。助け出すために必要だ」
「……妹のユイナは6歳だ。お目々パッチリで、この世で一番可愛い女の子だ……ちくしょう、あと数年だったのに。ユイナが初潮を迎えたその日に、この俺が……俺がユイナの初めてを頂くつもりだったのに……!」
スレイブは鉄格子を掴み、嗚咽を漏らしながら大粒の涙を流し始める。
あのさあ……こいつもやっぱり、やべえ奴じゃんか!
ちくしょう、この街の連中、どいつもこいつも救いようがねえ! だが、不幸なことに、俺は助けを求める声を見過ごせねえ性分でな!
「何を頂こうと言うのだ?」
純粋にハテナマークを浮かべるリイナに、俺は気合を入れ直して、自分の右手を高々と掲げた。
「……行くぞ、リイナ。ザッハークの幻想をぶち壊すために!」