第29話 昔語り(アンナ)
王都を出発して数時間。俺たち勇者一行を乗せた大型の幌馬車は、工房都市ザッハークへと続く街道をガタンゴトンと心地よいリズムで進んでいた。
車内の空気はお世辞にも和やかとは言えなかった。
俺の隣ではリイナが腕を組み、窓の外を眺めては時折ため息をついている。
対面の席ではレイラがどこから取り出したのか、巨大な干し肉に夢中でかじりついており、アンナは腕立て伏せをしながら、時折「ふふっ」と不気味に笑っていた。
アンナちゃん、永遠に腕立て伏せしてそうだぞこれ。ダンベル何キロまで持てるんだ? って聞いてみてえ。
(ダメだこいつら……。まったく結束力がない……! このままじゃ、ちょっとしたゴブリンの群れにも連携ミスで全滅しかねん!)
リーダーとしての危機感を覚えた俺はパンッ、とわざとらしく手を打ち鳴らした。
「よーし、みんな! このままじゃいけないと思うんだ! ここはひとつ、お互いのことをもっと深く知るために、昔語りでもしないか? ほら、どんな人生を歩んできたか、どんな想いを抱いているのか、知りたいだろ? 仲間として!」
俺の熱弁に、返ってきた反応は恐ろしく冷ややかだった。
「ふん。私の過去など、噂で流れている通りだ。婚約者が次々と怪死するだけの、退屈な話だぞ? 聞いて面白いものでもあるまい」
「私もずっと教会にいましたから、おもしろおかしい話はないですね。この干し肉の方がよっぽど面白い味がしますよ、もぐもぐ」
「私も経験値稼ぎで忙しかったですし、面白い話は特にありませんよ?」
あまりの乗り気のなさに、俺の心が折れそうになる。だがここで引くわけにはいかない。
「いーんだよ、どんな話でも! 互いを知り、結束を高めるのが目的なんだから! よし、まずはこの俺が見本を見せてやる!」
俺はコホンと咳払いをし、遠い目をして語り始めた。
「俺は……ごく平凡な高校生だった。だがある日を境に俺の世界は崩壊したんだ。密かに想いを寄せていたクラスの太陽のような少女と、清楚な文学少女……その2人がそろいもそろって、いけ好かないイケメン野郎と、俺の机で、体育倉庫で……!」
俺は声を震わせ、涙ながらに語る。陽キャどもから味わった悲劇、異世界に来て初めて仲間だと思ったリンネとフェルトが一晩で結ばれた裏切り……。悲壮感たっぷりに、身の上話をぶちまけた。
「だから俺は……リア充を、絶対に許さねえ……! みんなも恋愛は一切禁止だ。破ったら勇者パーティから追放だと心得てくれ」
ビシッと、俺は天を指差す。
それから最後に、前髪をクールにかき上げ、キザな笑みを浮かべて呟いた。
「……まあ、こんな俺でもいいって言うなら……いつでも、俺とそうなりたいって人は言ってくれて構わないぜ? パーティ内恋愛は可さ」
しーん……。
馬車の揺れる音だけが虚しく響く。
俺の渾身の告白は干し肉を咀嚼する音にかき消され、華麗にスルーされた。
「……さて、じゃあ次は誰が話す?」
リイナが気まずい空気を断ち切るように言う。
すると、今まで黙々と腕立て伏せをしていたアンナが「それじゃあ、私が」と手を挙げ、コホンと一つ咳払いをした。
「私、産まれた時に、働いていた飯屋の門の前で捨てられてたんです。布にくるまれただけの、いわゆる捨て子ってやつですね。それで、そこの店長に拾われて、看板娘として育てられました」
いきなりヘビーな滑り出しに、車内の空気が変わる。レイラも干し肉を食べる手を止め、真剣な眼差しでアンナを見つめた。
「でも、成長するにつれて、どうしても噂が耳に入るんですよね。私の容姿が昔この街にいた、ある貴族の令嬢にそっくりだって。……だから、8歳の時に、自分の母親がどういう人だったのか、こっそり調べてみたんです。話さない人には夜の闇に紛れて闇討ちしてりして。そしたら、大体わかりました」
アンナは淡々と、まるで天気の話でもするかのように続ける。
「私の母親はやっぱり貴族のお嬢様でした。でも、冒険者の男に恋をして、駆け落ちしようとしたみたいです。けど、その冒険者に裏切られて……金品を奪われた挙句、道端で、色んな人に乱暴されて……それで、私を身籠ったって」
しん……と、車内は重い沈黙に包まれた。
「……辛かったな」
リイナが目を真っ赤にし、声を震わせる。俺もいきなりの壮絶な過去に言葉を失う。
(ま、待て、重すぎるだろ……! ていうか8歳で闇討ちってなんだよ! さらっと言ったけど、そこが一番おかしいだろ!)
「それで……母親を裏切った冒険者や、乱暴した人たちに復讐するために、強くなろうとしたんですか……?」
レイラが同情を込めて尋ねる。
そんな問いに、アンナは「ほえっ⁉」と奇妙な声を漏らし、数秒間、虚空を見つめて考え込んだ。
「うーん……。そうですねえ……。闇討ちしていくうちに、自分のレベルが上がって、どんどん強くなっていくのが実感できて、すっごく楽しかったのが一番の理由……かなあ? 母親も、とっくに自殺しているとわかりましたし」
車内の空気が氷点下まで凍りついた。
「一時期、王都に『連続闇討ち通り魔事件』のせいで夜間外出禁止令が出ちゃったことあったじゃないですか、すごく困ってたんです。夜に経験値稼ぎができなくなって……。そんな時に、飯屋で暴れるお客様を見て、『これだ!』って閃いたんですよね♪」
リイナが青ざめた顔で、ボソリと呟いた。
「……犠牲者3桁と噂された、あの未解決事件の犯人って……まさか……」
「そんなに有名な事件なのか?」
俺が隣に座るレイラに尋ねると、彼女は干し肉をゴクリと飲み込み、真剣な顔つきで答えた。
「私が3歳の時ですが、よく覚えています。毎日のように教会に重傷者が運ばれて来ましたので。重軽傷者計108名、行方不明者8名と、奇跡的に死者が出なかったのが救いですね」
(行方不明者って……それ、死者だろ。見える、見えるぞ。黒いシルエットが暴かれて、8歳のアンナがにこにこ笑ってる姿が……!)
俺は内心でツッコミを入れる。
ドン引きするリイナとレイラ。俺も背筋に冷たい汗が流れる。
(これ、絶対話しちゃいけないやつだったんじゃ……! この子、マジでヤベえ……!)
そんな俺たちの反応に、アンナはようやく自分が失言したことに気づいたのか、悪びれる様子もなく、にこやかな笑顔のまま、自分の頭にコツン、と可愛らしく拳骨を落とした。
「う~ん、テヘ♪」