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第24話 最強ウェイトレスの勧誘

 勇者認定という名の公開処刑が終わり、俺はパーティメンバーである呪いの王女リイナと、呪殺シスターのレイラを伴い、王都で最も活気のある飯屋の扉を開けていた。

 目的はただ一つ。武闘大会を「バイトがあるから」という理由で棄権した、最強のウェイトレス、アンナを仲間に引き入れるためだ。


「いらっしゃいませー!」


 店内に響き渡る、鈴を転がすような明るい声。

 その声だけで、この店の繁盛ぶりがうかがえる。

 俺たちは案内されるがまま、4人掛けのテーブル席へと腰を下ろした。


「……あの、セイヤさん」


 対面に座ったレイラが不満げに眉をひそめて俺を睨む。


「私の半径5メートル以内に座らないでいただけますか?」


「いやいや、無理だろ! テーブル席だし、他に空いてる席もないし! 手が届かない距離なんだから、これで勘弁してくれよ」


 俺がそう言うと、レイラはぷくーっと頬を膨らませてむくれる。

 11歳の少女がやると、ただただ可愛い。まあ、実態はエグい呪殺使いなのだが。


「……くっ、しょうがない。これから旅の間、飯代も宿代も、全部俺が持つから」


 俺が財布の紐を握っていることを示すと、レイラの表情は一瞬で変わった。

 不満げな顔はどこへやら、ぱあっと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。


「本当ですか⁉ さすがは勇者様、話がわかります!」


(ちょろい! この子、めちゃくちゃちょろいぞ!)


 金で懐柔できるなら安いものだ。俺は安堵のため息をつく。

 一方、斜め向かいに座るリイナ王女はというと、相変わらず俺のことを汚物でも見るかのような冷たい視線で観察していた。


(……不思議だ。闘技場ではあれほどの威圧感を放っていたというのに。今のこの男からは力の片鱗すら感じない。まるでそこらの村人のようだ。一体、この男の強さの源は何なのだ……?)


 リイナが冷静に分析しているが、俺の出し切れない実力は処女のせいなんだよな。

 俺は腕を組んで2人に宣言した。


「よし、とりあえず飯食いながら、アンナをどうやって口説くか作戦を練るぞ!」


「すみませーん、注文いいですかー!」


 俺が店員を呼ぶと、「はいはーい、お待たせしましたー!」と、緑色のツインテールを揺らしながら、都合よくアンナ本人がやってきた。渡りに船とはこのことだ。


「ご注文、お決まりですか?」


 にこやかな笑顔を向けるアンナに、俺が口火を切ろうとした瞬間、レイラが目を輝かせながらメニューを指差した。


「はい! この『肉盛り火山プレート』と『ギガント・シーフードパエリア』、それから『森の恵みチーズフォンデュ』を全部大盛りで! あと、デザートに『びっくりチョコレートパフェ』を!」


 どう考えても1人で食べる量ではない。

 俺とリイナが「えっ」と固まる中、アンナは完璧な笑顔のまま、少しもリアクションを変えずに注文を復唱していく。


(この子、私が王女だって気づいてない? それでこの態度なの⁉ いえ、逆に大衆の前で特別扱いしない気遣いかも……? そう、きっとそう!)

 

 リイナが1人で納得している横で、俺は恐る恐るアンナに尋ねた。


「あ、あの〜……俺たちのこと、覚えてますか?」


「はい、もちろん覚えてますよ?」


 アンナはにっこりと微笑むと、流れるように言った。


「優勝おめでとうございます、性犯罪者さん♪ 王女様も、ご来店ありがとうございます、ごゆっくりしていってくださいね♪ 聖女様、ベスト8おめでとうございます♪」


「そのリアクション、おかしくね?」


 俺が思わずツッコむと、アンナは小首を傾げる。


「ええ? だって、聖女様のパンツを大勢の前で……」


「わー! わー! ストップストップ! それじゃなくって!」


 俺は慌てて彼女の言葉を遮る。


「ていうか! 勇者と王女と聖女が3人揃って飯食いに来てるんだぞ! なんかこう、もっと驚くとか、違和感とかないのかよ⁉」


「ふふふ。飯屋に入れば、お客様はみんなお客様ですから」


 アンナは完璧なプロフェッショナルスマイルを返すだけだった。

 注文を聞き終え、「少々お待ちくださいねー」と忙しそうに厨房へと戻っていく。


「……あの子、プロ意識は高いけど、なんかズレすぎだろ……。なんであんな強い奴がこんな場所でバイトなんかしてんだ?」


 俺が疑問を口にすると、レイラは「お料理、楽しみですね!」とワクワクしており、リイナはアンナが王女が現れて喜んでくれなかったことに対してなのか、少し凹んでいる。


 やがて、山のような料理がアンナの手によって運ばれてくる。

 目をキラキラさせ、涎を垂らしそうな勢いでフォークを握るレイラ。

 そんな光景を横目に、俺は意を決してアンナに切り出した。


「なあ、アンナさん。単刀直入に聞く。なんで君みたいな強い人がただの飯屋でバイトなんてやってるんだ?」


 俺の質問を遮るように、リイナも悔しさをにじませた声で口を開いた。


「そうです! 大会ベスト4の腕前……いえ、あなたが棄権しなければ、優勝して勇者になっていた可能性も高かった。どうして棄権したのですか! あなたが棄権したせいで、こんな性犯罪者が勇者に……! 私は準々決勝の段階であなたが優勝して、私とあなたと聖女レイラの3人で、女の子だけのパーティを組んで、キャッキャウフフの楽しい旅になると妄想していたというのに……!」


 リイナの瞳から、絶たれた止まらない未来を目指していた想いが一滴の涙となって、ぽろりとこぼれ落ちる。


(えぇ……? ……女の子3人パーティ……? 東京タワーで召喚でもされるのかよ! 俺をせめてうさぎ風のマスコットで認識して! 俺にも、ゆずれない願いがあるんだ! リイナ王女と結ばれる純粋無垢な願いが!)


 俺の内心の葛藤をよそに、アンナは少し照れたようにはにかみながら答えた。


「えっと……私が大会に出場したのはあくまで経験値稼ぎでして……。優勝とかは特に考えてなかったんです」


「「経験値稼ぎ⁉」」


 俺とリイナの声が図らずも綺麗にハモった。

 その間もレイラは巨大な肉塊をフォークに突き刺し、幸せそうに口をもぐもぐさせている。


「はい」とアンナは頷く。


「私がここでバイトしているのも、理由があるんです。このお店、酔ったお客様とかがよく暴れるでしょう? だから、毎日のように実践形式で経験値稼ぎができるんですよ。おかげさまで、私、とっても強くなれました!」


 フンスッ、と彼女は誇らしげに鼻息を荒くする。

 あまりにも斜め上な理由に、俺とリイナは頭真っ白になる。


「そ、それなら! 私たちの仲間になって、一緒に魔王討伐の旅に出ませんか! 魔王軍と戦えば、きっとものすごい経験値が稼げますよ!」


 リイナが希望を込めて誘う。

 俺も「そうだそうだ!」と頷く。だが。


「あはは、お誘いありがとうございます。でも、それって死ぬ危険もあるじゃないですか。私、安全にコツコツ雑魚狩りするのが好きなので、それで十分です」


 アンナは悪びれもせず、にこやかに断った。


(何その怒ったら金髪になる奴みたいな思考回路⁉ 強くなる目的が強くなること⁉ でもやってることはスライム倒し続けるって、ヤバすぎだろ!)


 俺が内心で激しく動揺する中、リイナはショックを隠せない顔で立ち尽くす。

 レイラは既に4人前の料理を平らげ、次の皿に手を伸ばしていた。


「ま、待ちなさい!」


 リイナは去ろうとするアンナの背中に、悲痛な声をかける。


「もし、この王都が魔王軍に攻め込まれ、陥落したらどうするのですか! そうならないために、あなたの力が必要なのです!」


 頭を下げるリイナの姿に、俺は慌てふためく。

 

(うわー! そのセリフ、めちゃくちゃ好感度上がるやつだ! 俺が言うべきだったあああああ!)


 だがアンナは振り返ることすらなかった。


「あはは、私は別にいいですよ? 魔族の世界になっても。魔族の統治は完全な弱肉強食だって聞きますし。それまでに力を蓄えておけば、どこでもやっていけますから。むしろ楽しみです♪」


 俺たちのテーブル席に、重い沈黙が流れた。

 食事は進まない。いや、俺とリイナはな。

 レイラは黙々と10人前の料理を胃袋に収めていく。

 俺は落ち込むリイナにいいところを見せ、頼りになる男だとアピールするため、必死に策を練った。

 どうする? アンナの思考は常識が通用しない、超個人主義だ。

 彼女は愛想よく接客していても、本質は自分の利益と成長しか考えていない。ならば……。


 俺の口元に、悪魔のような笑みが浮かんだ。


「……クックック。簡単じゃねえか」


 要はアンナがここにいるより俺たちと居たほうが得と思わせればいいんだ。

 簡単じゃねえか!


 俺は席を立ち、厨房に向かうアンナ目掛けて勝ち誇った顔で宣言する。


「アンナ。貴様をこの俺、勇者一行のパーティメンバーに加えてやる。これは命令だ。断ることは許さん。貴様の思考回路もおっぱいも俺色に染めてやろう!」

 

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