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第22話 どうやら王女様は外道がお嫌いのようです

 王国闘技場の中央は、先ほどまでの鬨の声が嘘のように静まり返り、歓声の残響だけがむせ返るような熱気の中に満ちている。

 西に傾きかけた太陽の光が、血と汗の染みた石畳を神々しい黄金色に染め上げていた。

 

 優勝者である俺、大石星翼と、準優勝者のウッド。

 ベスト8の栄誉を称えられた聖女レイラ、エルフの弓使いシルフィ、猫獣人の格闘家ミャミャが一列に並び、王の前に恭しく跪いている。

 バイトで去ったアンナと、意識不明のまま医務室にいるゴンズとリュークの姿はもちろんここにはない。

 玉座から降り立った威厳に満ちたレンデモール四世と、陽光を浴びて輝く絹のドレスが眩しい、リイナ・レンデモール王女が気高く佇んでいた。


 王が腹の底から響くような荘厳な声で、長く、格調高い演説を始める。


「此度の魔王軍の侵攻に対し、我が国は今、最大の危機に瀕しておる。本日この場に集いし者たちの熱き魂の比類なき武勇はまさしく闇を打ち払う希望の光である! 特に、数多の強者を打ち破り、頂点に立ったその力、見事であった! そもそもこの勇者選定戦は……」


 俺は跪きながら、内心で激しく悪態をついていた。

 

(話なげえええええ! 典型的な偉い人のスピーチかよ! いつ終わんだ、これ? 早く褒美の話しろって。褒美の段階になったら、俺の人生を賭けた一大イベントが待ってんだからな。『魔王を倒し、この世界に恒久の平和が訪れた暁にはどうか、リイナ王女を俺の嫁にください!』……完璧だ。完璧なプロポーズだ。この一世一代の告白で、俺の異世界ライフはゴールを迎えるんだ……!)

 

 期待に胸を最高潮まで膨らませ、俺は祈るような気持ちで、王様の横に立つ憧れの君、リイナ王女へと熱い視線を送った。

 俺の視線に気づいたリイナ王女は一瞬、涼やかな目をこちらに向けた。

 だが次の瞬間、彼女の美しい顔はみるみるうちに歪み、道端で腐臭を放つ名も知らぬ虫の死骸でも見るかのような、純度100%の侮蔑と生理的嫌悪に満ちた目で俺を射抜く。

 小さく「フン」と鼻を鳴らし、心底汚らわしいとでも言うように顔を背けた。


 ドクン、と俺の心臓が大きく、嫌な音を立てる。

 脳内に描かれていたバラ色の未来設計図が、凄まじい音を立てて粉々に砕け散った。


(……げっ⁉ なんだ今の目! ゴミを見る目どころじゃねえ! 存在自体を否定するような目だったぞ⁉ 俺、めちゃくちゃ嫌われてる⁉ なんでだ⁉ 理由は……準々決勝のパンツ強奪か? 決勝で男のデリケートなコンプレックスを大衆の面前で暴露したからか? ……ああ、どっちもか! 間違いなくどっちもだ! 異議あり! ……いや、ない! 異議、全くない! むしろ有罪判決しか見えねえ! 第一印象、最悪どころか地核を突き抜けてマントルまで到達してるレベルじゃねえか……!)


 動揺で全身から冷たい汗が噴き出す。だが俺はまだ諦めない。諦めてたまるか。

 こんな美少女で処女なんだぞ!

 あなたと幼なじみだっていうだけでも嫌なのに。それじゃ、さよなら。

 って言われて諦める奴は万死に値する。

 最高難易度を攻略してこそ男だろうがッ!

 

(いや、まだだ! ここから誠実な態度で魔王を倒す偉業を成し、マイナス評価も覆せるはずだ! 挽回してやる!)


 ようやく長い演説が終わり、まずはスポンサーであるエルグランド公爵が優勝トロフィーを持って俺の前に進み出た。

 公爵は満面の笑みで俺を立たせ、トロフィーを授与すると、健闘を称えるように力強く抱擁する。

 観客席からは温かい拍手が送られた。

 だがその抱擁の最中、俺たちの間では観客には聞こえない小声での腹の探り合いが交わされていた。


「フフフ、優勝おめでとう、勇者殿。……我が家の内情、他言無用で頼むぞ。口外すれば、貴様の知名度がどうなるか……わかるな?」


「ご心配なく、公爵様。俺が公爵邸から頂いた金品について、黙っていてくださるなら、の話ですがね。お互い様、でしょう?」


 一瞬、公爵の笑みが引きつるがすぐに元の表情に戻る。


「……フフフ」

「……ハハハ」


 俺と公爵は、互いの腹の底に黒いものを抱えながら、腹筋だけで笑い合った。

 

(こいつ……できる……!)

(この小僧……ただのアホではなかったか……!)

 

 互いの思考が、脳内に直接流れ込んでくるかのような、奇妙な一体感がそこにはあった。

 俺たちは何事もなかったかのように抱擁を解き、互いに笑顔で一礼し合った。


 王は高らかに宣言する。


「よって、ここにオオイシセイヤを、魔王を討つ勇者として正式に認定する! 国家の総力を挙げて、その旅を援助することを約束しよう!」


 会場から送られる拍手は白けた、まばらなものだった。

 観客の誰もが俺の常軌を逸した勝ち方に納得しておらず、期待よりも疑念の視線を送っている。


「さあ勇者オオイシセイヤよ! 旅立ちの前に、まずは共に歩む、信頼できるパーティメンバーをこの場で選ぶがよい!」


(え? まずそこから? 褒美より先にメンバー選考かよ……。まあいい。メンバーは……まずウッドは決まりか? 決勝で心は通じ合ったし、もう俺の尻を狙ってくる心配もないだろう。童貞同士、変な気遣いもいらない。何より、あの剣の腕は本物だ。これほど頼もしい仲間はいない)


 俺は希望を込めて、隣に跪くウッドに向き直り、声をかけた。


「ウッド、俺と一緒に来てくれるか?」


 ウッドは顔を上げた。そこにはもはや迷いのない、晴れやかな笑顔があった。彼は俺に深々と、感謝を込めて頭を下げる。


「すまない、セイヤ。君との魂の対話で、俺は本当に大切なものに気づくことができた。俺は故郷に帰り、幼馴染に全てを話して謝罪する。その上で……結婚を申し込むつもりだ。だから、君の旅に同行することはできない。だが心から君の武運を祈っている。強敵(とも)よ」


 俺はあんぐりと口を開けたまま、完全にフリーズした。


(はああああ⁉ 俺のカウンセリング、効果ありすぎだろ! タイミング今じゃないだろ! 俺の最強戦力が!)


 次に俺は苦虫を噛み潰したような顔で、シルフィとミャミャに視線を移す。

 彼女たちは腕を組み、最初から俺を拒絶するオーラを全身から放っていた。


「アンタなんかに誘われるわけないでしょ」

「こっち見ないでくれるにゃ?」


 なんて顔に書いてある。


(チッ、わかってるよ! お前らみたいなハーレム野郎すらを裏切るビッチども、こっちから願い下げだ! 本当はな、お前らが媚びへつらって『ぜひ同行させてください、勇者様!』って言ってくるのを、『誰がお前らみたいな浮気女をパーティに入れるか! 身の程を弁えろ!』って一喝して、公開処刑してやろうと思ってたのによ! なんでこっちが振られる前提の空気になってんだ!)


 残るは聖女レイラのみ。俺はもはや選択肢がなく、恐る恐る彼女の方を向いた。

 11歳の銀髪シスター。これだけ聞くとちっちゃくて可愛いねえだけの反応だろう。

 だが、戦ったならわかる。こいつはエグい。あっさり人を呪殺しようとするヤバさだ。

 ていうか、野放しにして敵にしたくない! ならば手元に置いておくしかない!


「……あ、あの、レイラちゃん。よろしければ、一緒に、旅を……」


 レイラは顔を蒼白にさせ、露骨に「心底嫌だ」という表情を浮かべる。

 腕を組み、ぶつぶつと何かを呟きながら、真剣に考え込むこと数十秒。


(おい! そんなに嫌かよ! 国の命運を賭けた勇者パーティだぞ! 国民栄誉賞と文化勲章とノーベル平和賞を同時に貰うようなもんだろ! なんでそんなに悩むんだ!)


 耐えきれなくなった俺は壇上であるにもかかわらず、その場で勢いよく土下座する。


「もう二度と! 二度とあなたのパンツは奪いません! 神に誓います! だからどうか、この通りです! この……クズに……! 最後のチャンスを……! お願いしますっ……!」


 俺の必死の懇願に、レイラはビクッと肩を震わせ、少し顔を赤らめながら言った。


「……わかりました。その言葉を信じます。ただし、旅の間、宿の部屋は必ず別々に。それから、私に半径5メートル以内に接近することを固く禁じます。これが条件です」


 かくして、ソーシャルディスタンスを義務付けられた、非常に気まずい仲間が1人、決定した。


 王はあまりにも心もとないパーティ構成を見て、深くため息をつき、自慢の髭をさする。


「うーむ。勇者セイヤと聖女レイラ……たった2人とはいささか心許ないのう……」


 俺は体裁を保つため、咄嗟に言う。


「あ、あの、ベスト4の1人、アンナというウェイトレスにも、後ほど声をかけてみる所存であります!」


(絶対断られるだろうけど、名前出しとけば格好はつくだろ……)


 王は納得いかない様子で、会場全体に向かって大音声で呼びかける。


「他に誰ぞ! この勇者セイヤを助け、その身を挺して共に魔王討伐の旅に加わりたいと願う、勇気ある者はこの場におらぬかーっ!」


 シーン……と、闘技場は水を打ったように静まり返る。

 風が砂埃を巻き上げる音だけが虚しく響いた。


(だよなー! 知ってた! 俺、人気ねえもんなー! でも、こうも露骨だとさすがに精神に来るわ! 泣きそう!)


 重苦しい静寂を破り、観客席の一角から、ミイラのように包帯で全身を巻かれたリュカがおずおずと手を挙げるが、シルフィとミャミャ、壇上の俺から同時に悪鬼のような形相で睨まれ、ビクッと震えながらすごすごと腕を引っ込めた。


 そんな気まずい空気の中、リイナ王女が無表情で手を挙げた……だと⁉

 

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