第20話 自由人のせいで準決勝なしに決勝戦始まる!
闘技場を揺るがした準々決勝の喧騒が嘘のように静まった。
ゴンズとリュークが両者戦闘不能で運び出され、勝ち残ったのは俺、大石星翼とギルド飯屋の看板娘アンナ、孤高のイケメン剣士ウッドの3名だ。
闘技場の中央に再び集められた俺は神に、仏に、あのクソ神に、心の底から祈っていた。
(頼む! 頼むから不戦勝を引かせてくれ! 俺が不戦勝で決勝進出! そしてアンナとウッドが潰し合って、さっきのドワーフと獣人のように両者KO! それが最高のシナリオだ! それしかない!)
リイナ王女との輝かしい未来のため、俺は羞恥心を捨てて祈りに全神経を集中させる。
準決勝の組み合わせを決めるくじ引きの箱が虚ろな目をした審判シャーロットによって掲げられた。
最初にくじを引くのはアンナだ。彼女の引いた棒の色で、俺の運命が決まる。
ゴクリ、と俺自身の唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。
アンナがにこやかな笑顔で箱に手を入れ、一本の棒を引き抜こうとした、その瞬間だった。
「あああああああああああああっ!」
彼女は突然、空でも裂けんばかりの素っ頓狂な声を上げた。
なんだ⁉ まさか、俺の心の声が聞こえたのか⁉
俺がビクッと肩を震わせると、アンナは慌てた様子で頭のツインテールをぶんぶんと揺らしながら叫んだ。
「やっば! もうこんな時間⁉ バイトの時間、とっくに過ぎてるじゃないですかー! 店長に怒られちゃう!」
そう叫び、彼女は俺とウッド、審判のシャーロットに向かって、深々と慌ただしくお辞儀をすると、満面の笑みで言い放った。
「というわけで私、棄権しまーす! 皆さん、応援ありがとうございましたー! 楽しかったでーす!」
それだけを言い残し、彼女は「急げ急げー!」と、少しも迷いのない足取りで闘技場を駆け去っていった。
後に残されたのは完全なる静寂。
貴賓席の王も、公爵も、観客席の全ての民衆も、俺とウッドも、ただあんぐりと口を開けて、嵐のように去っていったウェイトレスの背中を見送ることしかできなかった。
「…………」
俺は絶句した。口から魂が抜け出ていくのがわかる。
(なんでだよおおおおおおお! これで俺とウッドとかいう無表情野郎との決勝戦が確定しちゃったじゃねえか! ていうか、なんで参戦してたんだよあの子! 優勝賞金より飯屋のバイトの方が大事なのかよ!)
俺が内心で絶叫していると、対面のウッドがフッと、本当に一瞬だけ、氷が溶けるように笑みを浮かべた。
そして次の瞬間、獲物を見つけた鷹のような鋭い視線を真っ直ぐに俺へと送ってきた。
(ぐにゃあ……。ダメだっ……! こんな殺気、受けきれねえ……! 金が欲しくて、女が欲しくて、ただそれだけでここまで来た小僧が……! こんな、剣に魂を捧げた本物の狂人相手に……勝てるわけがねえっ……!)
その視線だけで、俺の膀胱がキュッと締め付けられる。やばい、チビりそうだ。
「えーっとお……それでは準決勝は両者不戦勝ということで……。次が決勝戦になりまーす……」
シャーロットの、もはや生きる気力すら感じられない、やる気のない実況が闘技場に虚しく響き渡る。
準決勝なしの決勝戦が始まろうとしていた。
俺とウッドが再び中央で対峙する。
ウッドは静かに剣を構えると、無表情のまま、落ち着いた声で語りかけてきた。
「貴様の実力が常軌を逸しているのは認めよう。この決勝、俺が勝った暁には俺と共に魔王を倒す旅に同行してもらう。無論、報酬は均等に分配すると約束しよう」
(怖ええけど、なんかいい奴じゃん! 童貞なのもポイント高い! でもな、このイケメン野郎と旅なんて、絶対にお断りだああああああ!)
「フッ……」
ウッドは再び短く息を吐く。
「貴様が勝った場合も、俺を魔王討伐の旅に誘ってくれないか? その場合、報酬は無報酬で構わん」
(いやいやいや! なんで俺が勝つ前提でも、お前を連れていくことになってんだよ! しかも無報酬って! 俺がお前をタダ働きさせる悪党みたいになるじゃねえか!)
俺たちの緊迫した対峙に、会場の客たちがゴクリと唾を飲む音が聞こえる。
敗北した出場者たちも、それぞれの席から固唾を飲んで俺たちを見守っていた。
視界の端に、ミイラのように全身を包帯で巻かれたリュカらしき人影が映る。
奴の両脇を、シルフィとミャミャが甲斐甲斐しく支えている。
(チッ……あの2人、お前以外の男とヤッてたぜって暴露してやりてえ……)
そんな黒い衝動を必死に抑え込み、俺はこのスキルが通用しない強敵をどう倒すか、必死に思考を巡らせる。
いや、待てよ……。
「ん? ていうか、優勝して勇者認定されなくても、魔王討伐の旅には参加できるってことか?」
俺はふと、根本的な疑問に思い至った。
俺の呟きに、審判のシャーロットがマイクを通して気だるげに答える。
「ええ、過去の記録でも、優勝者が参加者からメンバーを決めてますね。大体5~6人ぐらいで、ベスト4は確実、ベスト8からも実力者が選ばれていく感じですねえ……」
(なるほどな……。それなら、ここで無理に勝たなくても、ウッドに負けて旅について行って、グリーンウェルのおっさんの八百長計画を影から操るのもアリか……? ベスト4は俺とウッド、それに棄権したアンナだけ。全員、行為経験なし。リンネとフェルトの悲劇を繰り返す心配はあるが……)
うーん、と俺は腕を組んで悩む。
それからもう一つ確認のため、ウッドに尋ねた。
「ちなみに、あんたが勇者になったら、俺以外に誰を仲間に誘うつもりなんだ?」
ウッドは真顔のまま、即答した。
「貴様とだけだ」
「……え?」
俺は思わず間抜けな声を漏らす。聞き間違いか?
ウッドは構わず、その目に熱を宿して続けた。
「他はいらん。この旅は貴様と俺、2人だけでいい。貴様と俺の、バディ伝説を紡ごうじゃないか」
握手を求めるように、手を伸ばしてくるウッド。
バディ伝説ねえ。王道だよな。特にコンビものの変身シーンは興奮度マックスになる。
全力で走ってクロスする俺たち……カッコいいじゃねえか。
そんなことを考えていると、ウッドがさらに続けて言う。
「道中、寂しさなど決して感じさせん! 溜まったら、俺の尻を使え! 俺も、貴様の尻を使わせてもらおう!」
ウッドの魂からの叫びが闘技場に響き渡った。
しーん……と、再び世界から音が消える。
観客も、王族も、当人である俺も、彼の言葉の意味を咀嚼できずに完全にフリーズした。
「えーっと……それは要するに?」
俺が震える声で尋ねると、静寂を破ったのはシャーロットだった。
「な、なんとー! 孤高の剣士、ウッド選手! 全世界が注目するこの舞台で、まさかの愛の告白だあああああああああ!」
シャーロットの絶叫実況が俺の終わりの始まりを告げるファンファーレのように鳴り響く。
(絶対に……絶対に負けられねえ!)
リイナ王女との未来のため。
全てのバディものにハアハアする、雌豚たちの目を覚まさせるために。
何より俺自身の尻の、貞操を守るため。
俺の人生で最も負けられない決勝戦のゴングが今、鳴り響こうとしていた。