第18話 運命のくじ引きだけど、しれっとヒロイン候補その3も混じってます
闘技場の選手控室の空気は熱気と汗、そして男たちの闘争心が混じり合った、むせ返るような匂いで満ちていた。
トーナメントは順調に進み、準々決勝に進出するベスト8が決定する。壁に貼り出されたトーナメント表の前で、俺、大石星翼は勝ち残ったメンバーの顔ぶれを見て、深いため息をついた。
(やべえ……。マジでやべえ……)
俺の脳内リア充チェッカーが勝ち残った猛者たちの情報を無機質にリストアップしていく。
まずは俺。リュカを空の彼方に葬り去った、正体不明の新人。
次にシルフィ。リュカのパーティメンバーで、美しいエルフの弓使い。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 8時間30分前(相手:王国騎士団員のイケメン)
そんでミャミャ。同じくリュカのパーティメンバー。俊敏な猫獣人の格闘家。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 8時間43分前(相手:王国騎士団員の猫獣人)
それからアンナ。ギルド飯屋の看板娘。笑顔の裏に恐るべき実力を隠す、緑髪ツインテールのウェイトレス。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 無
飯屋で見たウッド。孤高のイケメン剣士。圧倒的な剣技で勝ち進んできた。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 無
歴戦のドワーフ戦士、剛腕のゴンズ。巨大な戦斧を軽々と振るう。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 18時間前(相手:酒場の女)
俊足の獣人盗賊、疾風のリューク。二本の短剣で相手を翻弄する。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 21時間前(相手:馴染みの踊り子)
最後に聖女のレイラ。紺色のシスター服に身を包んだ、銀髪の11歳の少女。
【リア充チェッカー】最終性交時間: 無
(やべえ……。ベスト8のうち俺除く7人中、3人が無だと? 頼む、神様仏様クソ神様! 俺にリア充を当てさせてくれ!)
闘技場の中央に、ベスト8の選手が円形に並ぶ。
審判のシャーロットがまだリュカショックから立ち直れていない虚ろな顔で、対戦相手を決めるくじが入った箱を掲げた。
会場のボルテージは最高潮に達している。
剛腕のゴンズと疾風のリュークが最初に引き、お互いを指差して獰猛に笑い合った。
シルフィとミャミャは顔を見合わせ、「アンタとは決勝で当たりたいわね」的な視線を交わしている。
アンナは相変わらずにこやかに観客席に手を振り、ウッドは石像のように無表情を貫く。
聖女レイラは小さな胸の前で手を組み、静かに祈りを捧げていた。
俺の番が来た。
冷や汗で手のひらがびっしょりだ。リイナ王女との未来を掴むため、ここで終わるわけにはいかない。
俺は震える手を隠さず、覚悟を決めて箱の中の棒を一本掴んだ。
頼む、頼む、頼む……!
シャーロットが気だるげな声で、対戦カードを読み上げる。
「えー、準々決勝の組み合わせを発表します……」
「第一試合、ミャミャ選手対アンナ選手!」
「第二試合、ウッド選手対シルフィ選手!」
「第三試合、ゴンズ選手対リューク選手!」
「そして、第四試合……オオイシセイヤ選手対レイラ選手です!」
その瞬間、シルフィとミャミャがチッと舌打ちするのが聞こえた。
俺をボッコボコにしたかったのに当たらなかった、という不満が顔に書いてある。
だが俺の耳にはそんなものは届いていなかった。
俺の顔は絶望に固まっていた。
(なんでだよ! 最悪のパターン引いたじゃねえか!)
俺が硬直していると、対戦相手となったレイラがこちらに向かって、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。
彼女の純真無垢な姿で、こういう状況じゃなければ「お嬢ちゃん、何か食べたいものはない?」ってハアハアしたいぐらい可愛い。
まったく、小学生ぐらいの年齢は最高だぜ!
そんなギャップが、逆に俺の絶望を深く抉ってくる。
(終わった……。ああ、王女様……。てか、俺が負けたらグリーンウェルのおっさん、どう動くんだろ……)
思考が停止しかけた、その時だ。
(……ん? でも、待てよ……)
俺はトーナメント表を思い返す。
聖女レイラのこれまでの試合は対戦相手が皆、戦闘開始直後に「参りました」と頭を下げて棄権していた。
彼女は一度も武器を構えず、ただ微笑んでいただけだ。
(この子、戦わずに勝ってる……? 何か特殊な能力か? 聖女だからみんな遠慮してるとか、ロリにお願いされたからみんな胸キュンして不戦敗したとか? なら……ステータスオール1の俺でも、ワンチャンある……のか? いや、でも……)
一縷の望みが絶望の闇に差し込んだ。
観客席の熱気が肌を焼く中、準々決勝の火蓋が切って落とされた。
「第一試合、始め!」
ゴングと共に、ミャミャが嵐のような速度でアンナに襲いかかる。
パンッ! パンッ! パンッ!
目にも留まらぬ速さで繰り出される手刀と蹴りの応酬。
猫獣人の俊敏さで攻め立てるミャミャに対し、アンナは愛想の良い笑顔を一切崩さず、最小限の動きで的確にいなしていく。
一見、実力は拮抗しているように見えた。
だが決着は一瞬だった。
ミャミャが渾身の連撃を仕掛けた瞬間、アンナはその勢いをふわりと利用して高く跳躍。
空中で美しく回転しながら、おっぱいを揺らしつつ強烈な回し蹴りをミャミャの側頭部に叩き込んだ。
ゴッ、と鈍い音が響き、ミャミャは糸が切れた人形のように崩れ落ち、ノックアウトされた。
「しょ、勝者、アンナ選手!」
アンナの観客ににこやかに手を振る姿と、圧倒的な実力のギャップに、会場はどよめきに包まれた。
……この子と当たったら、胸の中で倒れるとしよう。
続く第二試合、ウッド対シルフィ。
遠距離から矢を雨のように降らせるシルフィ。
ウッドは剣を振るって風圧を起こし、矢の軌道を逸らしながら距離を詰めるという離れ業を見せる。
シルフィは精霊魔法で巨大な茨の壁を作り出し、ウッドの足を止めようとするがウッドはそれを力任せに切り裂き、一気に懐へ。
シルフィが驚いて後ずさるよりも早く、ウッドの剣閃が彼女の喉元にピタリと止められた。
「……参りました」
シルフィが潔く敗北を認める。
ウッドは静かに剣を納め、女性客から黄色い声援を浴びてるのに無表情のまま、静かに闘技場を後にした。
第三試合、ゴンズ対リューク。
パワーのゴンズとスピードのリューク。
ドワーフの豪腕が闘技場を揺るがし、獣人の疾風が残像を描く。
観客が固唾をのんで見守る、まさに死闘だった。
消耗しきった両者が最後の力を振り絞って同時に突撃する。
ゴンズの戦斧とリュークの短剣が交錯し、凄まじい衝撃音と共に両者が同時に吹き飛んだ。
審判が駆け寄ると、2人とも完全に意識を失っていた。
「りょ、両者戦闘不能! 引き分けです!」
前代未聞の事態に、会場は騒然となった。
(ちょっと待てやあああああ! 何してくれてんだよ、あのおっさん共! こいつらが勝ち上がってくれれば、俺がレイラに勝った後の準決勝で、リア充と戦えたかもしれないのに! これじゃあ、俺がレイラに勝てたとしても、準決勝の相手はアンナかウッドのどっちかになるじゃねえか! 地獄への片道切符じゃん!)
会場の混乱も収まらぬ中、審判のシャーロットが気を取り直し、最後のカードを高らかにコールした。
「さあ、波乱続きの準々決勝! これが最後の戦いだ! 未知数の実力者、オオイシセイヤ選手と! ここまで一戦も交えず勝ち上がってきた聖女、レイラ選手の入場です!」
観客席の期待と疑念が入り混じった視線の中、俺は重い足取りで闘技場の中央へと進み出る。
反対側からはレイラが静かに歩いてくる。彼女の銀髪が夕日を浴びてキラキラと輝いていた。
(どうする……どうすれば勝てる……? この子の能力がわからない以上、打つ手がない……。いや、やるしかない。リイナ王女と結ばれる、その未来のためなら!)
俺が覚悟を決めてレイラを睨みつける。
ゴォォォン、とゴングの音が俺の運命を告げるかのように、闘技場に重く響き渡った。