第17話 ヒロイン候補その2登場! 高嶺の花をトーナメントを勝ち上がって手に入れよ!
リュカとかいう、もはや俺のサンドバッグと化した金髪を空の彼方に葬り去り、俺は選手控室の硬い長椅子にふんぞり返っていた。
三度目ともなると、もはや何の感慨も湧かない。ただ、これで二度と俺の前に現れないでくれと願うばかりだ。
「……暇だな」
次の出番まで時間がある。控室でじっとしているのも性に合わない。
俺は選手用の通路を抜け、一般の観客席の隅に紛れ込み、他の試合を観戦することにした。
熱気と怒号、そして汗の匂いが渦巻く闘技場の雰囲気はやはり肌で感じてこそだ。
「さあ、続いての試合はBブロック1回戦! 美しきエルフの射手、2級冒険者シルフィ選手の登場だ! 対するはギルドの暴れ牛! 筋肉ブラザーズが1人、マッスルーン選手!」
審判の甲高い声と共に、闘技場に現れたのはリュカの取り巻きだったエルフの美少女、シルフィだった。
(ふーん、あいつも出るのか。リュカの子分だし、大したことないだろ。まあ、見てやるか)
俺は完全に舐めきっていた。
ゴングが鳴った瞬間、筋肉自慢のマッスルーンが雄叫びを上げて突進する。
だがシルフィは冷静に指を鳴らした。
その瞬間、マッスルーンの足元から巨大な茨の蔦が瞬時に生え、抵抗する暇もなく巨体を拘束する。
身動きが取れなくなったところに、シルフィは弓に3本の矢をつがえ、寸分の狂いもなくマッスルーンの肩、膝、そして眉間すれすれへと同時に放った。
矢は鎧を貫通し、マッスルーンは絶叫と共に意識を失った。
あまりに一方的な、芸術的ですらある圧勝劇だった。
続く試合では猫獣人のミャミャが登場し、筋肉ブラザーズのマッスルータと対峙した。
ゴングと同時に、ミャミャの姿が霞む。
嵐のような速度でマッスルータの懐に潜り込むと、舞うようにして身体中の急所を的確に打ち抜いていく。
ドン、ドン、ドン、と小気味よい音が響き、マッスルータは泡を吹いて白目を剥き、崩れ落ちた。
開始から、わずか10秒。こちらもまた、瞬殺だった。
(……は? 強っ! あいつら、あんなに強かったのかよ! どっちも2級冒険者だったとは……)
俺は少し驚いたがすぐに鼻で笑う。
(まあ、いい。どれだけ強くても、どうせヤッてるんだろ? ヤッてさえいれば、俺のスキルが発動する。つまり、俺の敵じゃない)
そう高を括り、俺はいつもの癖で、闘技場に立つ2人に『リア充チェッカー』を発動させた。
【シルフィ(エルフ・冒険者)】【最終性交時間: 1時間02分前(相手:王国騎士団員のイケメン)】
【ミャミャ(猫獣人・冒険者)】【最終性交時間: 1時間15分前(相手:王国騎士団員の猫獣人)】
(……ん? 相手がリュカじゃない……だと……?)
俺は目を疑った。主君であるリュカじゃなくて、他の男と……?
その事実を認識した瞬間、俺の脳裏にお星様になったリュカの哀れな姿が浮かんだ。
俺に三度も顔面を殴られたことよりも、きっとこっちの事実の方が彼の心を深く傷つけるに違いない。
仲間からの、あまりにも無慈悲な裏切りだ。
俺の頬に、熱い一滴が伝った。
「リュカ……。お前の気持ち、痛いほどわかるぜ……」
俺は生まれて初めて、あのいけ好かない金髪野郎に心からの同情を寄せ、天に向かって敬礼するのだった。
気を取り直し、俺は貴賓席へと視線を移す。
案の定、エルグランド公爵一家がいる。
そんな公爵が隣に座る、一目で王だとわかるほどの威厳を放つ髭のおっさんに、俺の方を指差しながら何やら耳打ちしている。
(やべえ、チクりやがったか? あの時の金品強奪の件を。国家権力で俺を捕まえる気なら、今すぐこの闘技場から逃げ出さねえと……)
冷や汗が背中を伝う。
だが俺の視線は、王の隣に立つ1人の少女の姿に釘付けになった。
陽光を反射して輝く、絹糸のような長い金髪に雪のように白い肌。
気品と、強い意志を同時に感じさせる蒼い瞳。
穢れを知らないという言葉をそのまま形にしたかのような、同い年ぐらいの美少女。
凛々しいドレス姿は彼女が王族であることを示していた。
俺の心臓がドクン、と大きく跳ねる。
これは……なんだ、この感情は……。
俺は震える視線で、恐る恐る、彼女に『リア充チェッカー』を発動させた。
【レンデモール四世(王)】【最終性交時間: 12時間44分前(相手:第7夫人)】
(王様はどうでもいい!)
俺は隣の少女に、全神経を集中させる。頼む……頼む……!
【リイナ・レンデモール(王女)】【最終性交時間: 無】
その文字を見た瞬間、俺の世界に、祝福のファンファーレが鳴り響いた。
(キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!)
俺と目線が合った王女様が、ニコッと微笑んでくる。
これは俺に惚れたに違いない。優勝候補を瞬殺したもんな!
歓喜の涙が今度は滝のように溢れ出す。
いた。この腐りきった世界に、本物の天使がいたんだ。
一目惚れだ。これが恋だ。
俺の心に、確固たる目標が生まれた。
(優勝する! 俺が勇者になる! そして、魔王を倒す! その褒美として、リイナ王女を俺の嫁にもらうんだ! そのためなら、俺はなんだってできる! 俺のこの拳に不可能はない!)
グリーンウェルのおっさんには悪いが、俺はこの恋に生きるんだ。
俺のモチベーションが人生の最高潮に達したその時だ。
闘技場から、再び割れんばかりの大歓声が響き渡る。
「おおっと! ここでまたしても秒殺劇だ! ギルド飯屋の看板娘、アンナ選手! 筋肉ブラザーズ最後の生き残り、マッスルース選手を、得意の背負い投げでマットに沈めたァーッ!」
闘技場では愛想の良い笑顔を浮かべたまま、ぺこりとお辞儀をする、あの緑髪ツインテールのウェイトレス、アンナの姿があった。
俺の脳裏に彼女の頭上に浮かんでいた、あの絶望的な表示が再び浮上する。
【アンナ(人間・ウェイトレス)】【最終性交時間: 無】
サーッと、俺の全身から血の気が引いていく。
(なんであの子が参戦してんだよ! 体術使いでトーナメント参戦って、おてんば姫かよ! しかも無! 俺のスキルが効かない! 俺、あの子と当たったら絶対負けるじゃん! 当たったら負ける前に、せめて胸を揉んでやる! ワンチャン胸を揉んだ責任取ってくださいとか言って、惚れてくれるかもしれん!)
俺の恐怖をさらに煽るように、次の試合のゴングが鳴る。
「一閃! まさに一閃! 対戦相手が剣を抜くことすら許さなかった! 孤高の剣士、ウッド選手! 2回戦進出だァーッ!」
闘技場に立つ、飯屋で見かけたあのクールなイケメン剣士、ウッド。
もちろん、奴の表示も無だ。
やばい。やばい。やばいやばいやばいやばい。
俺は通路に貼り出されたトーナメント表に駆け寄り、震える指で自分の対戦ルートを必死に目で追った。
ベスト8までは当たらないが、その後はくじ引きのようだ。
(なんでだよ! なんで無の奴らがこんなに勝ち上がってきてんだよ! リア充どもは何やってんだ! 俺に瞬殺される前に、ちゃんと仕事しろよ!)
俺は天を仰ぎ、リイナ王女との未来を掴むため、心の底から、魂を込めて叫んだ。
「いいか、俺! 聞こえるか、俺の中の俺! 弱気になるな! 絶望に屈するな! 俺が信じるのはただ一つ、勝利を掴むと誓った、今の俺自身だ!」
自分自身に言い聞かせる。
そうだ、この理不尽を、この絶望を、気合と根性で乗り越えてこそ男だ。
「俺を誰だと思っている! 俺の名を覚えておけ! 俺こそが、この世界の理不尽を打ち砕く男、大石星翼だあああああ!」
魂の絶叫が、闘技場の喧騒にかき消える。
だが俺の心は決まった。
(もし……もし、アンナかウッド、どっちかと当たって、負ける前に……一言だけ……! 一言だけ言わせてくれ……!)
俺の瞳に、不退転の決意の炎が宿る。
「俺はもう独りじゃない! 俺の中には、先に逝った全てのアニキたちの魂が宿っている! その想いを、この拳に乗せる! 王女様を射止めるという、俺の願いを叶えるために! それが俺の戦いだ! 俺の道だ!」
俺は天を指さし、高らかに勝利宣言をするのだった。
(フッ……死んだ兄たちがいたのか。差し入れで持ってきた毒入りケーキ。今日のところはやめておこう)
俺の背後で、エルグランド公爵の目からほろりと一滴の涙が落ち、立ち去った。
政争で毒殺された兄を思い出しながら。
フッ……非モテのアニキたち、サンキューな。