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第13話 パーティメンバー2人追放しました。なお、俺1人しか残らないのでパーティ解散です!

 世界が崩壊する音を聞いた。

 たった一晩で築き上げた、脆く、儚い信頼という名の砂の城が無慈悲な波に攫われていく。

 俺の頬を、熱く、塩辛い液体が伝った。

 それはただの涙ではなかった。期待と希望が裏切られた時にだけ流れる、魂の血だった。


「……う……ああ……っ」


 俺は声にならない呻きを漏らし、踵を返して宿屋から飛び出した。

 走れ。走れ。走れ。

 この悪夢から、この裏切りから、この絶望から、一秒でも早く遠くへ。

 砕け散った心の破片が走るたびに身体の内側を鋭く切り裂くようだった。


「セイヤ! 待ってください!」

 

「待って、セイヤ! どうしたのよ、急に!」


 背後から聞きたくない声が追いかけてくる。

 リンネとフェルトの声だ。

 ちらりと振り返ると、リンネが必死の形相で腕を伸ばし、フェルトが少し内股気味に、痛みをこらえるように顔を歪めながら俺を追ってきていた。

 彼女の走り方だけで、昨夜の情事の激しさが嫌でも伝わってくる。


「うるさい! ついてくんな!」


 俺は血涙で滲む視界の中、絶叫した。


「お前ら……お前ら、結ばれたんだろ! ちくしょう! おめでとう! そしてサヨナラだ! パーティ解散だあああああ!」


 俺の魂からの叫びが、朝の穏やかな村の空気をビリビリと震わせた。

 俺の言葉に、リンネとフェルトの足がピタリと止まる。

 2人の顔には純粋な動揺と困惑が浮かんでいた。


「え……? む、結ばれたって……なんでそれを……」

 

「い、いや、た、たしかに、その……しちゃいましたけど……あれは事故みたいな……」


 リンネがしどろもどろに、意味不明な言い訳を口にする。

 奴の言葉に、隣に立つフェルトが「事故?」と氷のように冷たいジト目をリンネに向けた。


「いや、フェルト、違うんだ! 俺は君を生涯愛する! それは本当だ! でも、きっかけは事故だっただろ! 俺が湯船で昨日の疲れを癒していたら、フェルトが女風呂と間違えて入ってきて! 慌てた拍子にお互い足をもつれさせて、その……勢いで、入っちゃって……」


 滑稽なまでの言い訳だぜ。

 だがそんな光景が目に浮かぶようだ。

 そんな光景を想像してしまった俺の心は、さらに深く抉られていく。

 全力で走ったせいで、ステータスオール1の俺の身体はすぐに限界を迎えた。

 ゼエゼエと肩で息をし、膝に手をつく俺に、2人はあっさりと追いついた。


「そんで……」


 俺はぜいぜいと途切れる息の中、なんとか声を振り絞った。


「やめなかったんだろ?」


 俺の一言は全ての言い訳を封殺する、決定的なナイフだった。

 リンネとフェルトは顔をボンッと真っ赤に染め上げ、気まずそうに視線を彷徨わせた後、こくりと小さく頷いた。


「だ、だって……リンネが私のこと、ずっと前から好きだったって言うから……私も、その……」

 

「フェルトも、俺とずっとこうなりたかったって、言ってくれたから……つい、その……」


 お互いのせいにするように、それでもどこか嬉しそうに、はにかみながら告白し合う2人。

 俺が求めていた、穢れを知らないはずだった光が目の前でいちゃつき始めた。

 ああ、地獄だ。ここが地獄か。


 俺は血の涙をだらだらと流しながら、最後の追い打ちをかける。


「……どうせ1回だけじゃないだろ?」


「えっと……5回、ほど……」


 リンネが指を折りながら、小さな声で答える。

 その隣で、フェルトがプイッと顔を背けながら、さらに小さな声で呟く。


「……私は寝ないで朝までしたかったのに。リンネが先にばてちゃって」


 ブツン。

 俺の中で、理性の最後の糸が音を立てて切れた。

 視界はもはや血涙で赤く染まり、耳も遠くなる。

 ああ、もういい。もう、どうでもいい。


「と、ともかく! パーティ解散は待ってください、セイヤ!」


 必死に訴えかけてくるリンネに、俺はゆっくりと顔を上げた。

 俺の瞳から、人間的な感情は全て消え去っていた。


「……7級冒険者、なあ」


 俺の身体から、蒼白いオーラが陽炎のように立ち上り始める。


「10級冒険者のこの俺にボロカスに負ける程度の実力で、今後もこのクソみたいな世界で、冒険者として生き残れるわけねえよなあ?」


【ユニークスキル:『リア充絶対殺すマン』発動!】


「ひっ……!」


 俺から放たれる神域のプレッシャーに、リンネが恐怖で後ずさる。

 そんな彼を庇うように前に出たフェルトも、俺が発するオーラの風圧だけで吹き飛ばされそうになり、必死に地面に踏みとどまっていた。


「くっ……! セイヤ、話を……!」

 

「リンネ!」


 俺は叫ぶ。俺の魂の、二度とこいつらの顔を見たくないという叫びだ。


「あんたはフェルトさんを一生幸せにするんだろ! 惚れた女を命懸けで守るんだろ! なら、こんな危険な冒険者稼業なんてさっさと辞めて、故郷の村で畑でも耕して、彼女を幸せにすることだけを考えるんだ! それがあんたの、男の務めだろうがッ!」


 俺の説得に、リンネとフェルトは一瞬、呆気に取られた顔をしたが、やがて2人の瞳にみるみる涙が溜まっていく。

 彼らは俺の言葉を、仲間を危険から遠ざけようとする、不器用で、究極の優しさだと勘違いしたのだ。


「セイヤ……! 俺たちのことを……そこまで……!」

 

「ごめんなさい、セイヤ……私たち、あなたの気持ちも知らずに……!」


 2人は俺に向かって深々と頭を下げると、感涙にむせびながら、手を取り合って故郷の村へと帰っていった。

 俺は去っていく2人の後ろ姿が見えなくなるまで、ただ血の涙を流しながら、その場に立ち尽くしていた。


 ***


 冒険者ギルドに戻ると、俺を見る目が昨日とは明らかに違っていた。

 畏怖と、軽蔑と、恐怖が入り混じった視線。

 すれ違いざまに、冒険者たちのヒソヒソ話が耳に入る。


「おい、見たかよ、あいつだぜ」

「ああ、リンネとフェルトのパーティに入ったと思ったら、もう1人で戻ってきやがった」

「あの2人、どうしたんだ?」

「知らねえのか? 昨日のコボルト討伐で、2人が使えなかったからってパーティ追放したらしいぜ」

「え? 3人パーティで2人追放って、意味わかんない」


 最悪の噂が俺の知らないうちに完成していた。

 だがもはやどうでもよかった。

 俺はまっすぐ受付カウンターへ向かう。

 そこには相変わらずの営業スマイルを浮かべたサリアがいた。

 その頭上には。


【サリア(受付嬢)】

【最終性交時間: 5分21秒前(相手:ギルドマスター)】


(この女も相変わらずやべえな……。ギルドマスターってどんな奴だよ)


 内心で悪態をつきながら、俺は討伐したコボルトの耳をカウンターに置いた。


「依頼達成の報告です。それと、リンネとフェルトは冒険者を辞めて故郷に帰りました」


 俺が淡々と告げると、サリアは「は、はい……」と引き攣った顔で頷き、決して俺と目を合わせようとはしなかった。

 ギルド中の誰もが俺という存在を、理解不能な化物を見るかのように遠巻きに見ている。


 それでいい。

 俺に仲間なんて、最初から必要なかったんだ。

 この力がある限り、俺は1人で生きていける。

 いや、1人で生きていくしかないのだ。


 俺は報酬の銀貨を受け取ると、誰に声をかけるでもなく、再び依頼掲示板へと足を向けた。

 孤高の冒険者、大石星翼。

 フッ、この表現、ちょっとカッコいいじゃねえか。


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