第12話 パーティ結成!
ギルドホールは先ほどの騒動が嘘のように、奇妙な静けさを取り戻していた。
床に伸びていた筋肉ブラザーズと黄金のナイトは他の冒険者たちに引きずられて医務室へと運ばれていった。
残った者たちは伝説の目撃者となったかのように、興奮気味にひそひそと噂話を続けている。
視線は全て、カウンターの前で佇む、俺に注がれていた。
俺は周囲から突き刺さる畏怖の視線から逃れるように、依頼掲示板の隅で「迷子犬ポチの捜索」の依頼書をただ握りしめていた。
……独りぼっちは、寂しいもんな。探してやるぞ、ポチ。
(ていうか、最弱ステータスなのに、実力者を瞬殺した謎の新人……完全にヤバい奴だと思われてるだろ、これ……)
居心地の悪さに、俺は大きなため息をついた。
受付嬢サリアが、震える手で俺の依頼を受理するスタンプを押そうとしていると?
「あ、あの……! 君、ちょっといいかな?」
背後から爽やかで実直そうな声がかけられる。
振り返ると、そこには赤毛の快活な青年と、水色ショートヘアの、少し気難しそうな顔立ちの美少女が立っていた。
(またかよ……今度はどんなリア充だ……)
俺はうんざりした顔で、半ば無意識に2人の頭上を見る。
だが、そこに表示された文字列に、俺は我が目を疑った。
【リンネ(人間・戦士)】
【最終性交時間: 無】
【フェルト(人間・魔女)】
【最終性交時間: 無】
「は……?」
時間表示がない。何度瞬きをしても、目をこすっても、表示は変わらない。そこにあるのはただ、行為経験がないことを意味する、無だけ。
(バグか⁉ あのクソ神のシステムがとうとうイカれたか⁉ いや、でも……まさか……まさか、本当に……⁉)
俺の心臓が期待と疑念で激しく脈打つ。この腐りきった世界に、こんな存在がいるはずがない。
「俺はリンネ、戦士だ。7級冒険者で年は17。こっちはフェルト、魔女で同じく7級で16歳。同じ村の出身の、まあ、腐れ縁ってやつさ」
リンネと名乗った青年が人懐っこい笑顔で自己紹介する。
「ま、他にパーティに誘われるまでの約束で組んでるだけ。まだどっちも誘われないから、仕方なくね」
フェルトはそっぽを向き、ツンと澄まして言う。
そんなやり取りは、俺が今まで見てきた上辺だけの男女関係とは明らかに違う、自然で気兼ねない空気をまとっていた。
(美男美女の幼馴染で、性行為経験なし……だと……? そんな……そんなフィクションみたいな存在が……本当にいたのか……⁉)
俺の目から、一筋の涙がこぼれ落ちそうになる。
目の前にいるのは俺がずっと探し求めていた、穢れを知らない本物の光だ。
「どうかな? 君みたいな実力者に、俺たちじゃ足手まといかもしれないけど……もしよかったら、一緒にパーティを組んでくれないか?」
リンネが深々と頭を下げる。
彼の態度はどこまでも真摯で、嫌味な雰囲気は微塵も感じられない。
「……俺なんかで、いいのか? その……お前ら、付き合ってるとかじゃないのか? 俺がいたら邪魔だろ?」
俺は卑屈な自分を抑えきれず、ついそんな言葉を漏らしてしまう。
すると、フェルトが心底呆れたという顔で告げる。
「はぁ? あるわけないでしょ。私はこいつが7歳の時におねしょして、お母さんに泣きついてた姿も知ってるのよ? 今さら恋愛感情なんて湧くもんですか」
「フェ、フェルト! それは言うなって! 俺だって、お前が昔、森で迷子になって鼻水垂らしながら『リンネぇ』って泣き叫んでたこと、覚えてるんだからな!」
「それ言ったら殺すって言ったでしょ! ……どう? こんな私たちが恋人に見える?」
フェルトが俺を睨みつける。
彼女の瞳に男女間の生々しい駆け引きはなく、ただ純粋な仲間としての信頼だけがある。
俺の心のダムがついに決壊した。
「う……うおおおお……! いた……! 俺の……俺の仲間がここにいたんだ……!」
俺は歓喜の涙を流しながら、裏返った声で叫んだ。
「大石星翼です! よろしくお願いしますッ!」
突然泣きながら叫んだ俺に、リンネとフェルトは顔を見合わせ、少し引きながらも、困ったように笑うのだった。
こうして俺は、人生で初めての仲間を得た。
俺は迷子犬ポチの依頼書を掲示板に戻していく。
ごめんよポチ、君を探すより、もっと大事なことを見つけちゃったんだ。
俺たちが受けたのは隣村の畑を荒らす魔獣『コボルト』の討伐依頼だった。
道中、俺は自分の力のことを隠し通すことを決意する。
この穢れなき2人に、俺の能力の汚らわしさを知られたくなかったからだ。
森の中で、俺たちはコボルトの群れに遭遇する。
(こいつら、つがいで行動してやがる……。まさか、魔獣もヤッてんのかよ……!)
俺はスキルを発動させて瞬殺する。
魔獣たちは幸いにもリア充だったのだ。
「セイヤ、危ない! まだいるわ! 後ろに下がってて!」
フェルトが炎の矢を放ちながら叫ぶ。
彼女の矢は魔獣に命中すると、巨大な魔法陣を展開し、大爆発を引き起こした。
「喰らいなさい! スプレットアロー!」
フェルトが光の矢を放ちながら叫ぶ。
おっと、危ない危ない。うわっ、あれが魔法ってやつか。くううう、異世界に来たって実感してきたぜ。
ここには仲間に出会える奇跡もあれば魔法もあるんだよ。
「リンネ! 右は任せた! フェルト、俺が合図したら、あそこの崖に火の壁を!」
俺はリア充魔獣を駆逐しながら、指示を飛ばす。
2人にも活躍させて、パーティらしくしないとな。
俺の指示通りに動いた2人の連携は見事に決まり、コボルトの群れを崖下へと追い落とすことに成功した。
「すごいな、セイヤ! 君の腕は本物だ! 俺の師匠になってくれよ!」
興奮気味に肩を叩いてくるリンネに、俺は満更でもない笑みを浮かべる。
(師匠か、悪くない。でも、スキル発動しないリンネとタイマンしたら、俺は指一本で負けるんだよなあ)
依頼を終えた一行は村の宿屋に一泊することになった。
質素だが温かい夕食を3人で囲む。リンネの豪快な食べっぷり、それを見て呆れるフェルトの光景は俺が夢にまで見た仲間との時間そのものだった。
(ああ……もう何も怖くない。俺は独りぼっちじゃないんだ)
食事の途中、フェルトがふと見せた柔らかい笑顔に、俺の胸が小さくときめく。
(フェルトさん……綺麗だ……。いつか、魔王を倒して、この力を失ったら……彼女に告白しよう……)
俺は仲間ができた安堵感と、フェルトへの淡い恋心を胸に、生まれて初めて幸福な気持ちで眠りについた。
翌朝。小鳥のさえずりで、俺は爽やかに目を覚ました。
(最高の朝だ……これからこんな幸せな時間がずっと続くんだ。それはとっても嬉しいなって思うのでした)
俺は伸びをしながら、階下で朝食の準備をしている仲間たちの元へ向かう。
リビングで談笑しているリンネとフェルトの姿を見つけ、俺は「おはよう」と声をかけようとした瞬間、俺の視界に、世界が崩壊する音が響いた。
【リンネ(人間・戦士)】
【最終性交時間: 4時間28分15秒前(相手:フェルト)】
【フェルト(人間・魔女)】
【最終性交時間: 4時間28分19秒前(相手:リンネ)】
俺の笑顔が凍りつく。
昨夜。俺が幸福な眠りについていた、そのあとに。
信じていた光が穢れてしまった。
「あ……あ……」
声にならない声が漏れる。俺の足から力が抜け、俺はその場に静かに崩れ落ちた。
たった一晩だけの、あまりにも儚い夢だった。
(わけが……わからないよ……。こんなのってないよ……)
俺の周りにはやはり絶望しかないのだと、世界は再び俺の魂を黒く染めていく。
(俺って……ほんとバカ)
パリンッ!