第11話 星翼、ギルドに立つ
王都の冒険者ギルドは興奮と喧騒の坩堝だった。
巨大な酒場を兼ねたホールには汗と安いエールと、微かな血の匂いが混じり合って漂っている。
屈強な戦士たちが豪快に笑い、エルフの魔術師が静かに書物を読み、獣人の盗賊がテーブルの隅でナイフを手入れしている。
壁には巨大なドラゴンの頭蓋骨が飾られ、眼窩の闇がここが命のやり取りをする者たちの巣窟であることを理解させる。
そんな異様な熱気に、現代日本の高校生である俺は完全に気圧されていた。
「ヒャッハー! 今日のエールは消毒液の味がしねえぜ!」
モヒカン頭の男がジョッキを叩きつけて叫んでいる。
俺は完全に気圧されていた。
(うわ……無理……。陽キャどころか、世紀末のモヒカンみたいな奴らが普通に酒飲んでる……。俺、ここにいていいのか……?)
背中に冷たい汗が流れ、喉がカラカラに乾く。
俺は壁際をこそこそと歩き、なんとか受付カウンターへとたどり着いた。
(おお! 可愛い受付嬢ばっか! ただ全員24時間以内ってなんだよ! もしかしてそういうお店も兼ねている⁉)
チラリと見えた貼り紙に、受付嬢にセクハラ行為をした者はちょん切りますと書かれてるのを目にする。
もういいや……考えるのやめよう。
眠くなったら寝てお昼過ぎに起きるんじゃなくて、ヤりたくなったらヤッてお昼過ぎに起きるビッチリア充どもめ!
やがて俺の番になり、カウンターの向こうには栗色の髪をポニーテールにした、快活そうな笑顔が魅力的な受付嬢がいた。
「はい、こんにちは! 冒険者ギルドへようこそ! ご用件は何でしょうか?」
完璧な営業スマイルなんだが……俺の目には彼女の頭上に浮かぶ無慈悲なウィンドウしか映らない。
【サリア(受付嬢)】【最終性交時間: 12分04秒前(相手:初めて会った冒険者のおっさん)】
(こいつが一番意味分からん! さっきまでバックヤードででもヤってたのかよ! 相手が初めて会った冒険者のおっさんってなんだよ! 微塵もそんな素振りを見せないプロ根性すげえな! 逆に怖えよ! なんで俺には誘惑してこないの?)
俺は内心で絶叫しながらも、顔を引き攣らせ、か細い声で告げる。
「あ、あの……冒険者に、なりたいんですけど……」
「新規登録ですね! かしこまりました! ではこちらの水晶球に手をかざしてください。現在のステータスを測定します。レベルが10以上でしたら、晴れて冒険者として登録可能ですよ!」
サリアはにこやかに説明する。
(……は? レベル10? 俺、公爵邸で暴れてもまだレベル3だぞ……詰んだ……終わった……)
血の気が引いていく俺。
終わった、と天を仰ぎ、ふと自分のステータスを内心で確認してみる。
【名前】 大石 星翼
【職業】 勇者ぁ?
【称号】 童貞、盗賊殺し、黄金殺し
【レベル】 10
(……レベル10ッ⁉ 増えてる! そうか、あの金髪野郎、リュカを倒したからか! あいつ、そんなに経験値うまかったのかよ! よっしゃあ! てか勇者ぁ? ってなんだよ)
一転、地獄から天国へ。俺の顔に自信がみなぎる。
「ふんっ!」
俺は自信満々に水晶球に手をかざした。
水晶は眩い光を放ち、表面に文字が浮かび上がる。
水晶球の光が収まると、受付嬢のサリアが「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「こ、これは……⁉」
彼女の驚きの声に、近くにいた他の受付嬢や、暇を持て余していた冒険者たちが興味深そうに視線を向ける。
サリアは信じられないといった様子で、水晶の表示を何度も確認し、震える声で読み上げた。
「レベル、10……。ですが……HP:10、MP:5、力:1、体力:1、速さ:1、賢さ:1、魔力:1、幸運:1……! ステータスが……全部1⁉ こ、こんなの、記録上初めて見ました……!」
しーん、とギルド内が静まり返る。
嘲笑でもなく、同情でもなく、ただただ理解不能なものを見るような、なんとも言えぬ空気がその場を支配した。
「俺……冒険者になれます?」
俺がおずおずと尋ねると、サリアはハッと我に返り、慌てて営業スマイルを取り繕った。
「は、はい! 規則ではレベル10以上ですので、なることは可能です! 最低ランクの10級冒険者からですね! あ、あの、もしよろしければ、こちらの生命保険へのご加入を強くお勧めしますが……!」
大量のパンフレットを差し出してくるサリアに、俺は引き攣った顔で「い、いりません……」と断った。
(絶対死ぬと思われてるだろ俺!)
ともかく、俺は銅製の冒険者証を受け取り、晴れて冒険者となった。
(こっから俺の異世界ライフ、スタートだ!)
意気揚々と依頼掲示板を見るが10級冒険者が受けられるのは「街のどぶさらい(銅貨3枚)」「薬草摘み(銅貨5枚)」「行方不明の猫探し(銅貨10枚)」といった雑用ばかり。
(これじゃまともに稼げねえな……。やっぱり仲間を探すべきか)
そう思い、メンバー募集の掲示板を覗いていると、背後から影が差した。
「よう、新人。お前、見たところパーティを探してるみてえだな? 俺たち『筋肉ブラザーズ』のところはどうだ? ちょうど荷物持ちを探してたところなんだよ」
振り返ると、筋骨隆々の男3人が腕を組み、威圧的に見下ろしていた。俺は彼らの頭上を一瞥する。
【筋肉ブラザーズ(長男マッスルーン)】【最終性交時間: 5時間03分前(相手:街でナンパした女の子と無理やり)】
【筋肉ブラザーズ(次弟マッスルータ)】【最終性交時間: 5時間44分前(相手:街でナンパした女の子と無理やり)】
【筋肉ブラザーズ(末弟マッスルース)】【最終性交時間: 5時間19分前(相手:街でナンパした女の子と無理やり)】
(全員24時間以内かよ。筋肉だけじゃなくて、下半身も元気だな、お前ら。てか無理やりかよ)
冷めた目で、俺は一応尋ねる。
「報酬の取り分はどのくらいですか?」
「ハッハッハ! そりゃあゼロに決まってんだろ? 俺たちの武勇伝を聞けるだけでもありがたく思えや! まあ、飯ぐらいは奢ってやるぜ、俺たちの残飯をな!」
3人組が下品に笑う。
「ふーん。じゃあ、この話はなかったことで」
俺は興味を失い、報酬がまだマシな「迷子犬ポチの捜索」の依頼書を剥がそうと歩き出した。
「待てゴルァ! 2級冒険者である俺たち筋肉ブラザーズの栄誉ある誘いを断るってことは、この王都じゃ死と同義なんだよ!」
リーダーの拳が俺の後頭部めがけて振り下ろされる。
数秒後。
ドゴォッ! バキッ! ゴスッ!
床に倒れ伏し、泡を吹いて気絶しているのは筋肉ブラザーズの3人だった。
ギルド内が「おお……⁉」「あの筋肉たちが一瞬で……⁉」とどよめく。
そんなどよめきの中、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「見つけたぞ、クソガキ! こんなところにいたとはな!」
現れたのは鼻に包帯を巻いたリュカと、取り巻きの美少女シルフィとミャミャだ。
「この僕の美がッ! この完璧な美しさが穢されたのだぞッ! ここで貴様を塵にしてくれる!」
怒りに燃えるリュカ。
だが俺の目は冷ややかだ。
【リュカ】【最終性交時間: 25分08秒前(相手:クラリス)】
【シルフィ】【最終性交時間: 27分13秒前(相手:リュカ)】
【ミャミャ】【最終性交時間: 29分16秒前(相手:リュカ)】
(俺を探しに来る直前までヤってたのかよ! 探す気あんのか! 早撃ち野郎が! てか、クラリスって誰だよ!)
怒りと呆れが一周して、もはやツッコミしか出てこない。
「おい、金髪」
俺が静かに声をかける。
「なんだ! 今さら命乞いか!」
「お前らさあ……探してんのかヤってんのか、どっちかにしろよ!」
「はあ⁉」
俺はリュカの言葉を無視して、一直線に突っ込む。
「ていうか! クラリスって誰だよッ!」
ゴッ!
俺の理不尽な怒りが乗った拳がまたしてもリュカの顔面を完璧に捉えた。
前回よりも派手に吹っ飛んだリュカは壁に叩きつけられて白目を剥き、完全に気絶した。
「「リュカ様あああああ!」」
フハハハ、美少女たちの悲鳴が響き渡るのが心地いいぜ。
ギルド内は先ほどのどよめきを遥かに超える静寂に包まれた。
誰もが目の前で起きた二度の瞬殺劇を信じられずにいた。
俺は呆然とする一同を尻目に、「迷子犬ポチの捜索」の依頼書をひったくると、カウンターに叩きつけた。
「これ、受けます」