第101話 愛は世界を救わない、だから俺が救う!
王都から遠く離れた、のどかな村の一コマ。
月の光が小さな家の窓から差し込み、ベッドの上で絡み合う男女の姿を優しく照らし出していた。
「ん……ねえ、リンネ。もう1回……」
「ははっ、フェルトは元気だなあ。お腹の子もびっくりするぞ?」
赤毛の青年リンネは隣で甘える水色ショートヘアの少女フェルトの、少しだけ膨らみ始めたお腹を愛おしそうに撫でた。
あの日、勇者セイヤと袂を分かち冒険者を辞めて故郷に帰った2人は今、穏やかで幸せな日々を送っている。
「……今頃、セイヤはどうしてるのかしらね」
「さあな。でも、あいつのことだから、どこかでとんでもない騒ぎを起こしてるに決まってるさ。なんせ噂も風の便りで聞こえてくるぐらいだからな。『王都で幼女のパンツを奪った変態勇者』って」
「ぷっ……あはは! 全然変わってないじゃない、あいつ!」
2人は顔を見合わせて声を上げて笑った。あの奇妙で、強烈で、どこか哀しい非モテの勇者がいたからこそ、自分たちの今の幸せがある。
「でも、あいつなら大丈夫よ。なんだかんだで、やる時はやる男だもの」
「ああ、そうだな。……さて、と。お腹の子が起きる前に、もう一仕事するか!」
「んっ……ばか……!」
2人の唇が重なり、甘い喘ぎ声が静かな朝の空気に溶けていく。
世界のどこかで続いている死闘など知らずに。
***
王宮謁見の間の床に、気絶したマーサ王女と戦意を喪失した魔王アルディスが転がり、街ではリュカたち冒険者が魔獣の残党狩りを終え、荒い息をついている。
残る脅威はただ一つ。
俺の目の前で未だに二つの魂を身に宿し、不安定に揺らめき続ける哀しき男の姿だけだった。
「ハア……ハア……。セイヤ……! もう、限界だ……! 俺の意識が……完全に喰われる……!」
フェリックスのおっさんが血を吐くような声で呻く。
身体から噴き出すオーラは、グリーンウェルの禍々しい絶望の色に急速に染まりつつあった。
「うるさい! 黙れ、この器が! あと少し……あと少しで、俺は完全なる復活を遂げるのだ!」
グリーンウェルの声が勝利を確信したように高らかに響く。
マズイ。このままじゃ、おっさんの人格が完全に消滅しちまう。
「セイヤ! どうにかならんのか!」
「セイヤさん! このままだとフェリックスさんが!」
リイナとアンナの悲痛な声が飛ぶ。
分かってる。分かってるんだよ、ちくしょう!
だが、俺の『リア充絶対殺すマン』も、発動と解除を繰り返すこの状況じゃ、決定打を与えられねえ!
「俺の攻撃を受けて死なないお前が、フェリックスの結界を破壊できない……か。クックック、俺とフェリックスの相違点、お前の今までの戦いっぷり……読めた。勇者セイヤ、どういう理由か知らんが性行為経験ない者には力を発揮できないのか」
なっ⁉ 俺はまだダメージ少ない暴露だが、フェリックスのおっさんは大ダメージ受けてるぞ!
当然だ。41歳おっさんが、国王やお偉いさんやリイナたち美少女の前で童貞だと暴露されてしまったのだ。
急速に、フェリックスのおっさんの気配が消滅していく。
すると俺の背後から、静かだが強い意志を宿した声が響いた。
「ふむ……古より伝わるリア充絶対殺すマンの能力じゃな。童貞しか授からぬ能力で、性行為経験者には絶対負けぬが、童貞を喪失すれば消滅する使い勝手の悪い能力よ」
パーカッションのクソジジイイイイイイイイ! なんでバラすんじゃああああ!
「多くの能力所持者が力に溺れ、非合意で童貞喪失して悲惨な末路を遂げるというのに……セイヤ殿……貴殿は……なんという苦行を!」
ん? そうなの?
「ま、セイヤさんですからね。乱暴する勇気がなかっただけでしょう」
レイラちゃん? のんびり観戦モードしながら、身も蓋もないこと言わないでくれよ。
「びっくりです。娼館行ってなかったのにびっくりです」
アンナちゃん? びっくりするポイントちがくね?
「なるほどな。あたしたちに手を出さなかったのは返り討ちに遭うからか。ずっと疑問に思っていた。セイヤは口ほどに行動……もしていたっけ。うん、でも無理やりとかそういうのはなかったな」
カレンちゃん? 庇ってるのか貶しているのかわからん分析ありがとよ!
フッ、俺が力に溺れず、リア充絶対殺すマンをし続けた理由まではわかるまい。
これだけは絶対秘匿せねばならぬ! 知られたら、世界中の女性から嫌われる恐れがあるのだ!
「どうせ処女厨なんじゃろ。そんな顔しておるわい。処女もヤリマンも、穴は同じだというのにのお」
「クソジジイイイイイイイイ! グリーンウェルを倒したら次の相手は貴様だああああああ!」
そんな俺の絶叫をお構い無しに、リイナが爺さんに跪く。
「……パーカッション殿。そんなことより、この状況だ。セイヤは……勝てるのか?」
リイナちゃんは真面目だなあ。俺にもっと興味持ってるよ的な発言して!
リイナの真摯な問いに、パーカッションはゆっくりと目を開いた。
瞳に深い悔恨と、覚悟の色が浮かんでいる。
「セイヤ殿がリア充絶対殺すマン。……これなら道は開ける。じゃが、それは……あまりに危険な賭けじゃ」
爺さんは俺の方をちらりと見た。
「セイヤ殿。あれを使うのじゃ! 貴殿の童貞魂でフェリックス殿を呼び覚まし、グリーンウェル殿の魂の最も深い場所へと潜り込むのじゃ。そこに巣食う絶望の根源を断ち切ることさえできれば……あるいは」
「根源だと⁉ そんなこと、どうやって!」
「案ずるな。儂とカレンの力を合わせれば、道を開くことはできる。じゃが……」
爺さんは厳しい顔で俺を見据えた。
「一度入れば、二度と戻れんかもしれん。お主の魂もまた彼の絶望に飲み込まれるやもしれん。……それでも、行くか?」
俺は一瞬、躊躇した。
でもすぐに仲間たちの顔を見つめ、気合を入れる。リイナ、アンナ、レイラ、カレン……。
こいつらを護るために命を賭ける。
「……フッ。上等じゃねえか」
俺はニヤリと笑い、親指をビシッと立ててみせた。
「俺を誰だと思ってる。勇者オオイシセイヤだぜ? 他人の絶望なんざ、飯のオカズにするくれえの芸当、見せてやらあ!」
「セイヤ!」
「セイヤさん!」
仲間たちの声援を背に、俺は覚悟を決めた。
「頼む、じいさん! カレン!」
「……うむ!」
「……死ぬなよ、セイヤ!」
爺さんとカレンの魔力が合わさり、黄金の光の奔流となって俺を包み込む。
光に包まれて動かなくなった俺の姿を、仲間たちは固唾を飲んで見守っていた。
「……セイヤ……必ず、戻ってこい……!」
リイナは強く拳を握りしめる。
「セイヤさんなら大丈夫です! きっと、美味しいご飯の話をすれば戻ってきます!」
アンナは涙目ながらも無理に笑顔を作った。
「……ここで死んだら保険金ガッポリです。まあ、あの世で美味しいものでも作っていてください。いずれ私も同じところへ行くんですから」
レイラはそっぽを向きながら、祈るようにそっと手を組む。
「……バカな勇者だな。でも、そういう理屈抜き、嫌いじゃないぜ」
カレンは俺の手を、そっと強く握った。
「させると思うか!」
グリーンウェルが攻撃してくるが、童貞フェリックスが現れなくなった奴の一撃は俺より劣る!
「「「「行け! 勇者セイヤ!」」」」
俺の意識は仲間たちの想いを乗せた光と共に、グリーンウェルの魂の最も深い場所へと引きずり込まれていった。
……次に目を開けた時、そこはどこまでも続く荒涼とした灰色の世界だった。
空には太陽も月もなく、ただ絶望だけが冷たい風となって吹き荒れている。
そんな世界の中心で、男が膝を抱え座っていた。
若き日の王子だった頃のグリーンウェル。彼の瞳からは光が完全に失われていた。
「……セイヤ。また、俺の絶望を抉りに来たのか」
「ああ、そうだぜ、おっさん」
俺は彼の隣にどかりと腰を下ろした。
「あんたの純愛話、聞いたぜ。……正直、胸クソ悪くなるくらい、いい話だった。だからこそ、ムカつくんだよ」
「……何が言いたい」
「てめえは、いつまでここにいるつもりだ? 死んだ女房の幻影に囚われて、一生ここで膝抱えてるつもりかよ。……あんたの娘、たった1人で、ずっとあんたを待ってんだぞ」
グリーンウェルの肩が、ピクリと震えた。
「愛は世界を救わねえ。あんただって身をもって知っただろ? だがな、愛は目の前のたった1人を、笑顔にすることぐらいはできるかもしれねえんだ」
俺は立ち上がり、彼に向かって手を差し伸べた。
「立てよ、おっさん。あんたの娘が待ってる。……俺の仲間たちもな。こんなところで、いつまでも油売ってんじゃねえ」
グリーンウェルは俺の手を、そして俺の顔をただ黙って見つめていた。
やがて光の消えた瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……そうか。俺は……ずっと、誰かにそう言ってほしかったのかもしれんな」
彼が俺の手を取った瞬間、灰色の世界に温かい光が差し込み始める。
「……セイヤ、礼を言う。お前のような男が勇者なら……この世界も、まだ捨てたもんじゃない。……娘を、世界を……頼んだ」
……はっ!
俺が意識を取り戻した時、謁見の間は静寂を取り戻していた。
フェリックスのおっさんは安らかな顔で眠りこけ、隣では幽体となったグリーンウェルが、涙を流すアルディスを優しく抱きしめている。
「父様……!」
「……済まなかったな、アルディス」
親子の再会の光景に、誰もが涙を流していた。
……ああ、そうだ。
愛は世界を救わない。
だが、愛がなければ始まらない物語だってある。
俺はそんな当たり前のことに、ようやく気づいたのかもしれない。
……まあ、俺の『リア充チェッカー』の表示は、相変わらず【童貞】のままなんだがな!
俺の戦いは、まだ終わっちゃいねえんだ。
この果てしなく長い、処女で童貞を捨てるという壮大な夢を叶えるための戦いは。
だが、それでいい。
このどうしようもなくクソで、最高に愛おしい日常を守るためなら、俺はこれからも勇者として戦い続けよう。
――俺のハーレム計画が、成就するその日まで!




