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case.6:食堂の看板娘アーニャ・ホルツマン ~おふくろの味と経営戦略~

六人目のヒロインは、王都の下町で小さな食堂「ひだまり亭」を切り盛りする看板娘、アーニャ。太陽のような笑顔と、誰もがホッとする家庭料理で、地元民から愛されていた。


ゲームでは、彼女の健気さに惹かれたカイルが、店に通ううちに恋に落ちるという、庶民派ラブストーリーが展開されるはずだった。


カイルが「ひだまり亭」を訪れたのは、市場調査の一環だった。彼の目に映ったのは、味も雰囲気も素晴らしい店が、すぐ向かいにできた安さを売りにした大手チェーン店「ジャミルフード」に客を奪われ、苦境に立たされている姿だった。


「いらっしゃいませ!」


客が減ってもなお、アーニャは笑顔を絶やさなかった。カイルは彼女が作った日替わり定食――素朴だが、素材の味が活きた、心のこもったシチューだった――を一口食べ、確信した。


「アーニャさん。この店の味は、間違いなく一級品だ」


食後、カイルは真剣な眼差しで切り出した。


「しかし、味がいいだけでは生き残れない。特に、巨大資本を相手にした場合、価格競争に持ち込まれれば必ず敗北します」


「うう……わかってるんです。でも、うちはお父さんの代からずっとこのやり方で……」


「伝統を守ることと、時代に対応しないことは違います。あなたに必要なのは、『マーケティング』と『差別化戦略』です」


カイルのコンサルティングが始まった。まず彼は、アーニャと共に「ひだまり亭」の強みを徹底的に洗い出した。SWOT分析を、今度は食堂バージョンで行ったのだ。


強みは、手作りの温かい味、地元の農家から仕入れた新鮮な食材、そしてアーニャ自身の明るい接客。弱みは、価格競争力、知名度、一度に提供できる客数の少なさ。


「狙うべきは、安さだけを求める不特定多数の客ではありません」とカイルは断言した。「あなたの店の価値を理解してくれる、『特定の顧客層』です。例えば、食の安全に関心が高いファミリー層や、温かい繋がりを求める常連客。彼らにとって、あなたの店は『安食堂』ではなく、『特別な場所』にならなければなりません」


カイルの提案に基づき、アーニャは次々と改革を実行した。地元の有機野菜を使った「お子様も安心!健やかランチ」の開発。常連客向けのポイントカードと、誕生日サービスの導入。手書きの温かいメッセージが添えられた「日替わりおすすめメニュー」の設置。店の内装も、カイルのアドバイスで、より家庭的な温かみが感じられるよう改装された。


アーニャの努力は実を結び、「ひだまり亭」は徐々に客足を取り戻した。それも、ただの客ではない。この店を愛し、応援してくれる「ファン」とも言うべき常連客たちだった。


彼女の成功は、同じように大手チェーンの進出に苦しんでいた周囲の個人商店にも希望を与えた。魚屋、八百屋、パン屋の店主たちが、次々とアーニャを通じてカイルに助言を求めてきた。


カイルはこれに応え、商店街全体で協力する「エリアマーケティング」を提案。共同での感謝祭の開催、商店街共通のスタンプラリー、そして「ジャミルフード」にはない「下町ブランド」としての魅力発信。


アーニャは、その中心に立つリーダーとなっていた。彼女はもはや、店のカウンターの内側で笑顔を振りまくだけの看板娘ではない。自分たちの街と生活を、自分たちの手で守り、盛り上げていく、たくましい商いのプロだった。


そして、この「ジャミルフード」こそが、地域経済を破壊して流通網を支配しようとする、「ジャミル商会」の直営事業だったのである。


こうして、カイルの奇妙なヒロイン育成(?)は、着々と進んでいった。そして、ついに六人全員の自立という形で結実した。

ヒロインたちは、カイルに恋愛感情とは少し違う、だが鋼のように強固な信頼と、同志としての尊敬の念を抱くようになった。彼女たちはもはや、誰かに守られるだけの存在ではない。それぞれの分野で、誰にも負けない専門性と実力を身につけた、自立したプロフェッショナルへと成長していたのだ。


その間、頭の中のシステム音声は悲鳴を上げ続けていた。


《好感度は全員とっくにカンストしてます! なのに、恋愛フラグが一本も立っていません! なぜですか!? なぜ壁ドンからの顎クイという恋愛ゲームの王道を選ばないのですか!?》


「それは刑法第223条、強要罪にあたる可能性がある」


カイルは、ヒロインたちの相談に乗る中で、全ての事件の背後にちらつく「ジャミル商会」という共通の敵の存在に確信を深めていた。

イザベラの実家が抱えていた借金。

リリアナの才能を妬む貴族派閥への資金提供。

セラフィナが突き止めた寄付金の不正ルート。

モルガナの研究の不当な買い叩き。

エレナを縛り付けた奴隷契約。

アーニャの商店街を脅かす巨大チェーン。


「これは、単なる恋愛ゲームではないな」


カイルは手帳に新たな仮説を書き込んだ。これは、個人の感情の問題などではない。より大きな、国家の存亡に関わる経済的な構造問題である、と。

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