case.1:公爵令嬢イザベラ・フォン・ヴァレンシュタイン ~薔薇とバランスシート~
SWOT分析の後、カイルはイザベラのメンターとして定期的に面談を重ねた。
当初は半信半疑だったイザベラも、カイルが提示する具体的かつ論理的な計画――アクションプラン――を実行するうちに、目に見える成果が現れ始めたことに驚きを隠せなかった。
最初の成功は、彼女が愛する薔薇園の改革だった。カイルは「それはあなたの聖域であり、同時に素晴らしいビジネス資産です」と述べ、趣味の園芸から事業としての栽培への転換を促した。
新品種の開発、香水やポプリといった加工品の製造販売、さらには貴族向けのガーデニング教室の開催。
カイルが提案する事業計画は、イザベラのプライドを傷つけることなく、彼女の「好き」を「強み」に変えるものばかりだった。
「見てください、カイル様! 今月の売り上げですわ!」
数か月後、イザベラは誇らしげに帳簿をカイルに示した。その顔にはもはや以前のような棘のある高慢さはなく、自信に満ちた経営者の輝きがあった。
しかし、事業が拡大するにつれ、新たな問題が浮上する。ヴァレンシュタイン公爵家が、実は火の車であったという事実だ。
浪費家の父が作った多額の借金が、イザベラの事業の足枷となっていた。
債権者の中には、不自然なほど好条件で融資を持ちかけ、じわじわとヴァレンシュタイン家を追い詰める隣国の大商会「ジャミル商会」の名前があった。
「これは……典型的な債務超過を狙った乗っ取りスキームの可能性があります」
カイルは帳簿の裏に潜む悪意を即座に見抜いた。
「イザベラ様、これはもはや薔薇園だけの問題ではありません。領地経営そのものの健全化、すなわちリストラクチャリングが必要です」
カイルはイザベラと共に、公爵家の資産と負債を徹底的に洗い出した。そして、無駄な歳出の削減、遊休資産の売却、そしてイザベラの薔薇事業を中核とした領地の産業構造改革案を、彼女の父である公爵に提示させた。
最初は娘の進言を鼻であしらっていた公爵も、カイルが作成した詳細なプレゼンテーション資料と、何より娘の真摯で情熱的な説得の前に、ついに首を縦に振った。
イザベラは、もはやただ守られるだけの令嬢ではなかった。自らの手で家と領民の未来を切り拓く、気高き改革者へと成長を遂げていた。カイルへの感情は、恋というにはあまりに同志的で、尊敬というにはあまりに熱い、複雑なものへと変わっていた。