第一章 7 「新たな名前を」
その赤ん坊はそっと目を開いた。
何も無かった暗闇から一筋の光が差し、それから視界がパッと開かれる。
「はっ…」
辺りを懸命に見渡す。
すると木の柵のようなもので覆われていてその中に自分が入っていることが理解出来た。
そしてその部屋はどちらかと言えば西洋風…とにかく白い壁と天井が印象的だ。
ここは…クソっ、一体どうなって…
手で目を擦り、ぼやけた視界を晴らそうにもその小さな手でできることは精々軽く擦る程度、そこでようやく異世界へと転生したことを再度、認識した結果となった。
そしてその小さく不自由な体では見渡せるのは精々自身の首の動く範囲だけ、その範囲すらも少ないため本当に不便であることを実感する。
―ガチャッ
音が聞こえた。扉の開くような音が、それと同時に足音が赤ん坊の方へと近づいてきて…
「なんだ、起きたのか」
無愛想な男の声がまたもその赤ん坊の耳へと届く。
「はぁ…ほんとに困ったもんだぜ。リンレン様に聞いても知らないの一点張り、その他の剣士さんたちも全くもって相手にせず…誰が好き好んで黒髪黒目の赤ん坊の世話なんか…」
グチグチ言いながらも手早くその男は赤ん坊を持ち上げると
「まぁ、けどいいか。いいか?お前は今日からうちの子だ。名前はー…そうだな、名前とかないもんな…お前とか言われるんじゃ寂しいだろうしな…うーん、」
嫌がる素振りを見せる割には以外にもその男が自身の面倒を見てくれていること、これからも見てくれそうなことに驚きつつもまだ康には覚悟ができていなかった。
ただ、そんな赤ん坊の覚悟など知る由もない男は勝手に話を進めていく。
「えーっと、そうだなぁ…アスラン…アスランってのはどうだ?」
赤ん坊に対しての問いかけに、その人物名とも思しき『アスラン』という単語。
それが異世界へ来て初の贈り物であり、これから先の異世界生活にも大きな影響を及ぼすことになる単語になるということは当の本人…赤ん坊改め、朝宮 康改め、ようやく名付けられたこの世界での真の名…アスランはまだ知らないのであった。
「よろしくな、アスラン…不本意ではあるがまぁ…俺のことは…そうだな…父様と呼べ、これは絶対だぞ?」
誰が呼ぶかよ!
本気で本人に対し言ってやりたいというのが本音ではあるが、それを許してくれない体に改めて不便だと思いつつも、朝宮 康―アスランは、その贈り物を大切にしたいと思った。
「つってもやっぱり赤ん坊は苦手なまんまなんだよな…」
深い溜息をつきながらまだ言うかと言わんばかりにまだそれが不本意であったことを証明する。
それでも捨てるという選択肢は男にはなく、だからわが子としてその家へと迎え入れた。
それが、それこそが、アスランにとって初めての出会い…自らの父、ダイツ・フォルトと改まった異世界での自身、アスラン・フォルトの出会いとなるのであった。