第一章 21 「時が経つのは早く、そして時にそれは残酷なものへと変わりかねない」
アスラン・フォルトはつくづく思う。
時とは常に動いているものなのだと、それを実感するのは過去を振り返る時、そしてその過去を後悔する時なのだと…
「お母さんまだかなーっ、」
「まだ朝だぞ?そんな早く帰ってくるわけないじゃん」
シトラがアリベルへと旅立ってからちょうど5日が経過した時の事だった。
5日という時は長いように見えて意外にも早く、そしてそれを実感しているのはおおよそアスランだけであった。
セトはこの5日間、待ちに待っていた日が来たのだとそう、長い目で見ればこれからの人生でも訪れるであろう長い長い苦痛、その中でも1番と言っていいほどに長い5日間をセトは暮らしてきたのだ。
「うん、アスランくんは今日も綺麗…」
「そうかい、そりゃよかったよ」
なんとなく、いつも通りに軽くその言葉を流すアスランはそっとセトの手を引いて中庭へと連れ出した。
「今日は何して遊ぶ?」
そんなことを聞くよりも先に、それは起こった。
「あっ…」
ポタっ、ポタっ、と雫の垂れ出す音が聞こえ始める。
それと同時にその音は段々と強まっていき、その雨音は次第に辺りの空気さえも変えてしまった。
「これじゃあ今日は外では遊べんな、、」
「うん…じゃあさ…」
今度はセトがアスランの手を引き、どこかへと向かった。
「ちょっ、どこ行くんだよ、」
「内緒、…えへへ、」
不覚にもこれを可愛いなどと思ってしまうアスランは1、2度首を振ってそれが幼女であることを再認識させる。
「着いたよ…」
いつの間にかそれは、見覚えのある景色となっていき、ただ、アスランがここ一週間ほど訪れていなかった場所へと訪れることとなった。
「ここは…」
「ん、ダイツさんの本読むとこ、」
そのままドアノブに手を掛けたセトはアスランを半ば強引にその部屋へと入れさせる。
「はぁ、どうしたんだよ…ここで一体何を…」
その時だった、少女は…セトの体はアスランに身を預けるようにそっとアスランに抱きついたのだった。
「セ…ト…?」
そうだ、いくら見栄を張ったって、大丈夫な振りをしていたとしても、遊んでいる時、喋っている時、アスランも本当は気づいていた。
気づいていながら、放置していた。
「アスラン…くん…」
この少女はアスランとは違う。
身も心もちゃんと4歳児なのだ、そんな子が親離れなどできるわけが無い。
遊んでいる時だって、喋っている時だって、いつもの彼女はアスランの瞳をのぞきこんでいた。
だが、ここ5日間はどこか上の空で、その理由がわかっていながら何をするのが正解かわからずに、ただひたすらにそれを見て見ぬふりをしていた。
そんなアスランに回ってきたツケと言っても過言ではないだろう。
「ほんとに…大丈夫…かな、?」
その少女の弱々しい言葉に声も出ない。
「セトが…セトが悪い子だからって、セトを見捨てたり…しないかな?」
声を出そうと思っても出せない。
それだけ今のアスランには大きな圧力がかかっていた。
そう、絶対そうであるという決めつけはそうでなかった場合に相手に大きな傷を負わせかねない。
それをわかっているからこそ、アスランはその言葉を言うのを躊躇ったのだ。
たった一言、そんな一言で少女の心は大きく救われるというのに…
「お母さんは…セトのこと…嫌いだから…だからって、見捨てたり…しない…よね?」
「それは違うっ!」
「えっ?」
大きな誤解を抱いた少女の一言、それをアスランはあっさりと一刀両断したのだった。
その続きとして言う言葉も見つからない中で、そっと否定だけして、また沈黙へと移った。
「それ…は、…どういう…」
「少なくとも…シトラさんは誰よりもセトのこと大切に思っているし、それにシトラさんは誰よりもセトのことを愛しているはずだ…」
「そんな…けど、お母さんからはいつも怒った色が…」
セトの声に、言葉に、表情に、とうとうアスランはセトを強く抱き締め、そしてアスランはその言葉を口にした。
「大丈夫だ!俺が…俺が保証する…」
とうとうらしくもない一言を言ってしまったと反省しつつも、それでもアスランはそんなことはどうでもいいと思った。
そんなクソのような不安は、少女の笑顔を対価として消え去ったのだから…
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「雨が強いけど…大丈夫か?」
「ええ、これ以上セトを待たせる訳にも行かないしそろそろ…ね?」
そう言いながら、レインコートを纏った女性は、その長い水色の髪を隠しながら目の前の男と抱き合い、最後の時を噛み締める。
「次はセトも連れて来るから、」
「じゃあ、気をつけて」
そうして口付けを交わすと、シトラはそっと竜に乗った。
雨の中だろうと竜は走ってくれるため、とてもそういった意味では馬よりも便利だろう。
そうしてシトラはアリベルを出て、自身の帰りを待っているであろう少女の元へ、1秒でも早く帰るためにと竜を飛ばした。
ただ、その竜の怯えるような異変にも気づかずに、真っ直ぐにシトラは、その道を駆けていった…




