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第一章 19 「いってきますといってらっしゃいの狭間で」

1人の男はその場で難しそうな顔をした。

食卓を囲む5人の影、その中に1人、どうしても落ち着かない様子の女性がその男の表情を伺う。


これは全て女性の1つの発言によるもの…メイドであるシトラが愛する元夫に会いに行きたいという要望を話した瞬間から始まった。


「シトラ、それはもう決めたことなのか?」


「はい、決めました。私はスイルスに会いに"アリベル"へ行きます。」


日頃から能天気で気分屋のダイツでさえも自身の従者のこととなればそれは変わった。

そしてそれはシトラも同じだ。

自分にとって愛おしい存在の元夫と会うことの出来る機会、そんなものは事情が事情だけにあまりなく、今を逃せば次はいつ会えるのかと言った状態であった。


「お願いします、私をアリベルに行かせてください、」


「とは言ってもな…」


「ダイツっ!シトラさんがこう言ってるのに何がダメだって言うの!ねぇ、」


そんな焦れったい態度にムッとした女がその男の言葉を遮った。


「私が家事は全部引き受ける!だからお願い…シトラさんをスイルスさんのところに…」


ただ、女は1つ勘違いをしていた。

ダイツがシトラを元夫の元へ向かわせるのを躊躇う理由…それは―


「そういうことじゃない…そんなことなら俺だって家事を手伝うなりなんなりで補えたさ。そうじゃないんだ…」


「父…さん」


違うと否定したダイツの雰囲気がやけに重いことを皆が気に止める。


「だったらなんで…」


悲痛な女性―ダイツの嫁でもあるチサが悲痛な声でそうダイツに問いかける。

だがそれも全てわかっているかのような顔で、シトラはそっと俯いた。


「それは…スイルスから聞いた。近頃、アリベル地区の森林域で魔物が出るらしいんだ。シトラも聞いてるだろ!」


「それでも…私は…」


ダイツの一言でシトラもアスランもその意見が変わった。

今まではシトラになんとしてでも愛しの旦那さんに会わせてやりたいと思う一心だったが、やはり危険なのであればそれはやめるべきだと言うのがアスランとチサの意見だ。


「それなら…シトラさん、まだ会える日なんていくらでもあるんだから、ね?」


そう駄々をこねる子供を鎮めるような口調でチサがシトラの方に手を伸ばす。


「すみませんが、これだけは譲れません。」


「あっ…」


「シトラ…」

「シトラさん…」

「お母…さん?」


その手をはらいのけ、シトラはそっと立ち上がった。


「私はスイルスに、どうしても伝えたいことがある、伝えなければならないことがっ…そのためならこの命、惜しくありません!!」


そんな覚悟を胸にしたシトラにとうとう根負けしたダイツはそっと1拍置くとどこからか謎の木札を持って来た。


「これは…」


「ちょっとしたお守りみたいなもんだよ、その…スイルスによろしく伝えとってくれ、」


そうして手渡しでその木札を受け取るとシトラはそっと彼と瞳を合わせた。


「ありがとうございます、、」


「いいんだ、その代わりちゃんと帰ってこいよ?」


「はいっ!」


そうしてアスランもチサもダイツの判断を信じ、そうして見送る準備は…


「ん?どうしたの?セト」


そんな時だった。

1人の少女が食器を片付けながらも笑うシトラの足の裾を掴んだ。


「どっか…行っちゃうの?」


「ええ、けど直ぐに戻ってくるから心配しないで?ほらっ、いつもみたいにアスラン様と遊んでたらすぐに時間なんて経つよ」


「いやだ…」


微かに、だがはっきりと少女は言った。


「嫌だっ!」


「セトッ、」


強めの言葉で説得しようとするアスランを宥め、シトラはそっとセトのことを抱き抱えた。


「大丈夫、お母さんはすぐに帰ってくる。」


「すぐっていつ?」


「うーん、5日後くらい?」


「すぐじゃないじゃん…」


拗ねた様子のセトがシトラの肩に顔を擦りつけているのが見て伺える。

そして、アスランは改めて少女への評価を変えた。


そうだ、いくらアスランと仲が良く、そして昼中はずっとアスランと遊んでいたとしても、アスランにちょっかいをかける度に怒るような人であったとしても、セト位の年頃の子はいつでも母親に、父親に、そばにいて欲しいものなんだと。

決して離れることはしたくないと…


「大丈夫、必ず…きっと戻ってくるから…そして次に行く時は…」


それを最後にシトラは朝早くに旅立つこととなる。


「セトも必ずお父さんに合わせてあげるから…」


***********************


早朝、とは言ってもまだ朝日すら出ていない頃、シトラは大急ぎで竜車に荷物を積み込ませた。

フォルト家には竜車と馬車があるのだが、今回は魔物にいつ遭遇してもいいようにと竜車を使用してもらうことになったのだ。

実際、竜車の竜は戦闘面ではそれほど優れているとは言えないまでも、それ故に身についた危機察知能力がシトラを危険から遠ざけてくれる。

という理由でダイツが用意したのであった。


「こんなものに乗って行けるなんて、私は幸せ者ですね、」


「シトラ、気をつけて行ってこいよ?」


「はい、気をつけます」


浮かれた表情で、ただ死ぬ気はないと言わんばかりの志を胸に、今、シトラは出発した。


「危なかったー!おーい!シトラさーん!!いってらっしゃーい」


そっと進み出した竜車の背後から聞こえた声にシトラはそっとほくそ笑んだ。

予め、アスランとセトが寝ている時間に出発する予定だったシトラはその2人を除く2人、チサとダイツに手を振られながらアリベルへと旅立った。


「5日間にはなりますが、家事を任せてしまうのは申し訳ないですね」


とてもそう思っているとは思えない表情で笑いながらにそう独り言を呟きながら…

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