第一章 17 「何気ない日々」
「アスランくん、おはよう」
瞼を開くとそこにはいつも通りの水色髪の、いつも通りの薄い青の瞳の、いつも通りの明るい声の、いつもより穏やかな少女が朝の訪れを告げた。
「おはよう、セト…今朝はやけに大人しいね」
「ふふふ、そうかな?」
皮肉をたっぷり込めて言ったはずのアスランでさえ呆れてしまうほどの能天気、そんな少女が現在ご機嫌な理由があるとしたら昨日のことだろう。
昨日、アスランと少女は裸の付き合い…言わば入浴を共にした。
その新鮮さと今まで以上にアスランと深い関係になれたような感覚が少女はたまらなく嬉しいのだ。
「はぁ、、朝ごはん?」
「ん、だからアスランくんも早く来てねー!」
少女は小さく頷くと笑いながらその部屋から出ていき、部屋の中はまたもアスランだけの状態となった。
そこでアスランは昨日のことを振り返る。
昨日は色々な事が起きすぎた。特にセトとの入浴なんかはほとんど経験したことがなく、ましてや母でもない人など前世から一人っ子のアスランには経験する機会など一切なかった。
「いや、さすがにセトに欲情とかは湧かないけどさ!」
それでもある意味での同年代の女性と裸の付き合いなど、ましてや可愛らしい少女となど、アスランは思ってもみなかったのだ。
それに何より、その後のことが問題だ。
確かに精神年齢だけで言えば21歳のアスランが4歳の少女と入浴するだけでもマズイのだが、アスランは少女の髪を洗い流す手伝いもした。
だが何度もアスランは心の内で繰り返す。
決して俺はセトにそういう感情は抱いてない!
そして次に起きた出来事も衝撃的であった。
アスランにとって今でも父であるダイツや、母であるチサに隠していること、セトも知らないであろうアスランにとってこの世界に来て初めてできた秘密を―
「異世界転生…」
アスランはその言葉をそっと口にした。
それがバレたのも昨日―否、バレたのは恐らくもっと前ではあったのだろうが確信を持たれたのは昨日の出来事だった。
バレたのはこの家の従者―わかりやすく言い換えればメイドのシトラだ。
とは言えバレたからには仕方がないと、アスランの切り替えも早かった。
そのためアスランはシトラの協力の元、今後も変わりなくそのことについては秘密にすることとした。
そしてもう一つ、アスランにとって衝撃的な事実を昨日アスランは知ってしまった。
魔人…この世で最も忌み嫌われるとされている種族、その同族であること、そしてセトもそれに類似する半魔人であることをアスランは知ってしまった。
それを伝えたシトラさえも半分以上は不本意な結果で終わったのだった。
だが、その後シトラは充分にアスランにそのことを気にするなと伝えることが出来たのだと思っていた。
そしてそれはアスランも同じこと、自身が魔人であろうとなかろうとそのことをまだはっきりと理解していないセトはもちろんのこと、ダイツやチサだって今となっては普通に接してくれている。
そしてそれはシトラも同じことであった。
「さてと、行くか」
そうしてベットから起き上がり、アスランの1日は今日もまた始まっていくのであった。
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「おはようございます、アスラン様。本日の朝食はこちらになります。」
いつもと何も変わらない表情にいつもと何も変わらない接し方、アスランは彼女のことをつくづくプロだと思う。
昨日はあれだけ多くの秘密を語り明かした中でも仕事となればそれを顔に出さない。
一体いつからそんな技能が身についたのか気になるところだが、そんな彼女の笑顔に―シトラの笑顔に安心を覚えてしまう。
「おはようございます、今日はパンと…これは何のスープですか?あとこれは…」
「そちらは山の幸…キノコや木の実を使ったスープです。それとそちらは流石アスラン様、御明答です。そちらはアスラン様の大好物、牛の肉にございます。」
そうテキパキと返答するシトラに関心を抱きつつアスランは毎度の事ながら不思議に思う。
なんせこの世界はアスランの住んでいた前世の世界と食物の名前が同じであることが多い。
それこそ、魔物以外の生物はアスランの暮らしていた世界とほぼほぼ同じだ。
唯一違う点があるとすれば―
「りゅう…か、、」
「アスラン様、竜なんて物は食べるものじゃありませんよ。体内には多くの毒素を含んでいますし、何より竜は私たちの足なのですから。」
この世界で唯一、普通に生きている生物のなかでもアスランが前世ではいなかった存在がいる。
それこそが"りゅう"だ。
だがアスランが現在住んでいるのは龍国…つまり"りゅう"に出会わないことの方が少ない。
そのことからもわかる通り、しっかりと躾られた竜は馬の代わりとして台車を引く馬車ならぬ竜車になり得るのだ。
「知ってますよ、、それにここ龍国ではりゅう殺しは死罪なんですよね?わざわざそこまでしてりゅうを食べようだなんて思いません。」
「ふふふ、そうですね、」
シトラはアスランの食事する姿を眺めながら、まるで我が子のように優しい青の瞳でアスランを見守っていた。
「あら、もう食べ終わったんですね」
「はい、ついつい美味しくて…それでセトは?」
辺りを見回して自身を朝食へと連れ出したセトが居ないことに疑問を抱く。
とは言ってもアスランとセトが一緒に食事をすることはほとんどないのだが。
「セトは先に食事を済ませて…今はいつもの場所でアスラン様を待っていますよ。我が子ながら申し訳ありませんがまたセトの相手をお願いできませんか?」
「わかりました、それで父さんと母さんはいつ頃戻ってきますかね?」
アスランはダイツとチサのことについては出張としか伝えられてなかった。
それで昨日の夜遅くに家を出て、それからどうなったのかはわからないがダイツもチサも今は家にいないということだけは確かだ。
「おそらくは本日の夜…早くても夕方くらいでしょうか、、」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます!じゃあまだ暇だしセトも待ってると思うんで、俺はこれで…」
そう言い終わるとアスランは食器を洗面台まで持っていき、そのままセトのいつもいる場所へと向かった。
「ふぅ、待たせたなー。セト」
その声とともに現れた少年に少女は歓喜する。
「アスランくんっ!もー、遅いよ」
そう、アスランとシトラにとって共通のセトの"いつもの場所"そこは広い広い中庭であった。
昨日もここで遊んだのだがどうやらセトは一生飽きないらしい。
そして今日は、
「アスランくん、さっかーしよう?」
「お、いいよ、」
セトの口から普通であれば出てくるはずのないもの…"さっかー"という単語がセトの口から発せられる。
そもそもサッカーを広めたのはアスランで、追いかけっこなどの足を動かす運動ばかりでは退屈してしまうであろうと思い、アスランが実際にシトラに頼んで作ってもらったのがこのボールだ。
ボールはしっかりと固く、そして跳ねる。
空気入れなんかも説明したらシトラは作ってくれたのだからとても有能どころでは済まされないレベルではあるが…
「何はともあれ、行くぞー?」
「うんっ!」
そうして球の蹴られる音と少女のキャッキャキャッキャと笑う声が、いつも通りにいつものようにその中庭に響いた。
「これなら安心できそうです…」
そして1人の女性が2人の子供の遊ぶ姿を見ながらそっと小さく呟いた。
「アスラン様、セトをよろしくお願いしますね…」




