第一章 15 「1人の少年と少女の秘密」
―昔、一人の少女はとある本に手をかけた。
それは今となっては御伽噺と化した400年も前の話…しかしそれを少女は信じ続けた。
その話が実在するものだと、そう何年も…
かつての少女は1人の子を持つ母親として、今も尚信じ続けているのだ。
幼き頃に1度だけ読んだその本を…1人の男の英雄譚を…
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『転生』、なんて単語は自分の世界でしか通用しないものだとばかりアスラン・フォルトは思っていた。
それ故に今しがた先程の女性の言葉が信じられずに呆然とするのである。
「なんでシトラさんは転生なんて言葉を…それに俺と一緒に暮らしていたからってそんなすぐすぐ勘づくはずがっ…」
「確かに、私はアスラン様と過ごしてきただけでアスラン様を転生者と見抜いた訳ではございません。しかしですね、私は予め『転生』というものに興味があった。そうであれば気づくのも自然でしょう?安心してください、もちろんダイツ様とチサ様に言うつもりはありませんから…」
「なら、シトラさんの目的は一体…」
アスランは目の前の女性の目的がわからず混乱していた。
そもそも、アスランが転生者であると気づいたとして、なぜそのことを告げるのか、なぜ他言する気は無いのに脅すようにするのか、なぜ他の…ダイツやチサが気づかずに彼女が気づいたのか、
「私はアスラン様にセトとずっと一緒にいてほしい、そう思っているだけなのです。そもそも、私はアスラン様の子守りも担当していましたからね、天才という言葉では片付けられないだけの異彩を放っていたアスラン様のことをダイツ様やチサ様は呑気に喜んでいましたが、私は知っています。」
シトラの初めて見せる不気味な笑みはしっかりとアスランの瞳の奥まで届いた。
そうして彼女はアスランと目線を合わせるべくして屈むとそっとその口角をさらに上げ。
「一体何度目の人生なんですか?伝説の英雄…エニス・フォルト様」
ただその声に恐ろしく言葉も出ないアスランは、全くもって聞き覚えのない名前とともにその女性の抱擁に包まれるのだった。
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この世界にはいくつかの伝説がある。
そしてその伝説は文字として語り継がれ、いつの間にかそれは御伽噺となり消えていく。
そんな物語の1つに『伝説の英雄』という物がある。
それはエニスと言う1人の少年の生涯を描いた、言わば伝記のようなものだ。
『初代英雄』と言われればこの世界は常識としてそれを彼だと語る。
だがその生涯などを語り継がれることはなく、その伝記すらも御伽噺として用いられ、いつの間にか彼を語り継ぐ本は消えていき、この世界に2つと無い代物になってしまう。
「とは言っても、アスラン様はご自身のことをよーく覚えているはずです。なんせ転生者は生前の記憶を持って生まれる者を指すのですから…」
「エリスってのも転生者だと?」
「何をとぼける必要がありますか、私はアスラン様が転生者だと言いましたよね?それをアスラン様はお認めになった…それはご自身を『伝説の英雄』であると名乗ったのと同義ですよ?」
「待て待て!待ってください!確かに俺は転生してこの世界に来たけど…」
「ん?この世界?元からアスラン様はこの世界の人間のはず…今となってはそんななりですがアスラン様はつくづく英雄なんですね。」
「だから根本が間違ってるんですよ!俺は別世界から来た転生者なんですって!」
アスランの発言で目が丸くなるシトラ、それは驚愕というよりありえないと言った表情であった。
「けれど…この世で転生できるものは1人のみ…それができるのはエリス・フォルトのみのはずじゃ…」
「俺にはわかんないですって、そもそも俺や父さんと同じ姓の人?誰なんですか?エリスって」
本当に困惑した様子のアスランに対し、さすがに嘘は無いと判断したシトラはそっとその部屋出た。
「あ、どこに行くんですか?」
「少々お待ちください、」
しばらく経つとシトラは1冊の古びた本を手に持って戻ってきた。
「それは一体…」
「『伝説の英雄』…この本を見れば私の言っていた事がわかると思います。」
アスランは『伝説の英雄』と書かれた本のページを1枚ずつめくっていく。
意外にも薄い本であったためにアスランは即座に読み終わるとシトラが先程まで言っていたことの意味がわかった。
その本に記されているのは『英雄』と呼ばれる以前の暮らしぶりからそう呼ばれるに至った経緯について大まかにまとめられたものであった。
その最後には『これからも彼の魂は巡り続けるであろう。死んでもなお死なない転生者、それこそがエリス・フォルトなのだから』と記されていた。
「確かに俺の事をこの人と勘違いしたことはわかりました。しかしこれは…」
アスランが気になったのはそこではない。
文中にはやはり『英雄』と呼ばれるに至った経緯が書かれている。
その経緯というのが―
「始まりの魔人…この特徴ってまさか…」
アスランはこの世界における歴史上最大最悪の悪魔と称された生物、『始まりの魔人』ストレリと書かれた文に目を向ける。
そう、その者こそがこの物語の主役でもあるエリスを『初代英雄』と言わせた理由、そして現在もなお忌み嫌われ恐怖されている存在として記されている者の名だった。
「はい、この世界で魔人は共通のの敵…ですね。一応、ですけど…」
そんなシトラのやらかしたという表情を見てこれはシトラにとっても不本意な結果だと悟った。
「黒の髪に黒の瞳…それこそが魔人の…この世の災厄の特徴…」
世界の半分を破壊し、その後も尚、脅威を奮った始まりの魔人…それを止めたとされる四国の強者。
その因果関係に引っ張られるかのようにしてアスラン・フォルトという者は…魔人、アスラン・フォルトは四国の内の一国、英雄一族の息子として生きてきたことを知ってしまったのであった…




