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絶望的な静寂が、破壊された空間を支配していた。マルトルルは、プラナの目の前で、砕け散る寸前の無残な姿で沈黙している。兜の奥の赤い光は消え、彼はただの冷たい鉄塊と化していた。しかし、脅威は去っていない。『魂喰らいの心臓杖』はなおも不気味な脈動を刻み、キーンというチャージ音を高めながら、次の破滅の衝撃波を放つべくエネルギーを溜め込んでいる。次は自分たちが、そしてこの街が飲み込まれる番だ。
(神よ…! どうか…! この異常事態を! 邪悪な力の暴走が、街を脅かしています! 私の力では止められません…! どうか、お力をお貸しください! この災厄を鎮めたまえ!)
プラナは砕けた地面に膝をつき、胸元の聖印を強く握りしめ、必死に祈りを捧げた。それは差し迫った危機を**神(管理存在)に報告し、その介入と救済を求める、魂からの祈り(いわばAPIコール)**だった。聖女としての彼女の祈りは、世界の根源へと直接響いていく。
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プラナの祈りが最高潮に達したその瞬間、レザインは周囲の空間に再び異様な変化を感じ取った。世界の“基盤”が応答したかのような感覚。そして、彼の研ぎ澄まされた感覚は、常人には不可知な、しかし彼にとっては無視できない奇妙な情報パターンを捉えた。それは、前回よりもさらに複雑で、具体的な“処理”の進行を示す無機質なログの羅列だった。まるで高次元のコンソールに、以下のメッセージが高速で表示されていくかのように――。
[Veritas@SystemAdmin] Incoming API Call from Trusted Node [Saint_Prana/P737] - Priority: URGENT
[Veritas@SystemAdmin] Event Type: Catastrophic_Resource_Drain - Item: [Cor_Devorator/CD_Instance] detected. System_Stability: 3.7% (CRITICAL).
[Veritas@SystemAdmin] Executing command: free -h --region=Ety_West_Sector
total used free shared buff/cache available
Mem: 128QiB 126QiB 2.0QiB 0QiB 0QiB 1.8QiB
Swap: 0QiB 0QiB 0QiB
[KERNEL] Memory pressure critical in Ety_West_Sector. Available resources dangerously low.
[KERNEL] Searching for OOM intervention agent... Agent found: Unit_Martolul (Guardian_Type/PID: M427, Linked_to_P737). Status: Damaged. Function: [OOM_Killer_Module_v3.1] available.
[Veritas@SystemAdmin] Executing command: systemctl start oom-killer.service --agent=M427
[Unit_Martolul/OOM_Killer] OOM Killer Module v3.1 activated via Unit_Martolul (PID: M427). Scanning local processes...
(なんだこれは…!? 前回よりもずっと具体的で体系だった情報…まるで何かの動作記録だ…!メモリ?カーネル?聞いたこともない言葉だが、これがこの世界の……!)
レザインはその情報パターンを完全には解読できない。それでも、これは世界の管理システムによる極めて具体的な介入手続きであり、プラナの祈りがその引き金、その実行エージェントがマルトルルであることを、戦慄しながら直感していた。
やがて、そのコンソールに表示されるかのように、現実の進行も始まった。沈黙していたマルトルルの内部、あるいは彼を通して、世界の何らかの機能が起動した。マルトルルの周囲には、一瞬だけ複雑な光のパターン――プロセスリストのようなもの――が浮かび、特定の項目がハイライトされているのが見える気がした。
[Unit_Martolul/OOM_Killer] PID: 1121 | Process: Cor_Devorator_Instance | OOM_Score: 987 (High) | State: Running (Resource_Hog)
[Unit_Martolul/OOM_Killer] PID: 345 | Process: Ambient_Nature_Mana | OOM_Score: 15 (Low) | State: Stable
[Unit_Martolul/OOM_Killer] PID: P737 | Process: Saint_Prana_Link | OOM_Score: 5 (Very Low) | State: Active
[Unit_Martolul/OOM_Killer] PID: L919 | Process: Rezain_Necro_Link | OOM_Score: 3 (Very Low) | State: Active
[Unit_Martolul/OOM_Killer] PID: M427 | Process: Unit_Martolul_Core | OOM_Score: 48 (Moderate) | State: Damaged/Unstable
[Unit_Martolul/OOM_Killer] Target acquired: PID 1121 (Cor_Devorator_Instance). Reason: Excessive resource consumption & instability.
[Unit_Martolul/OOM_Killer] Executing command: kill -9 1121
その「kill」コマンドが実行された瞬間、暴走を続けていた『魂喰らいの心臓杖』の禍々しい脈動がぴたりと止まった。キーンというチャージ音も消え失せ、周囲へのエネルギー吸収も停止する。そして、杖本体は急速にその形を失い始めた。まるで存在そのものが“削除”されるかのように、黒い粒子となって霧散し、跡形もなく消滅していく。
(杖が……消えた!? 世界から消滅するように……KILLの対象は、世界そのものから消えるのか!?)
レザインは息を呑んだ。
だが、安堵する間もなかった。レザインの知覚には、さらに別の処理が表示されていた。
[Unit_Martolul/OOM_Killer] Process 1121 terminated successfully. Rescanning processes...
[Unit_Martolul/OOM_Killer] Target acquired: PID M427 (Unit_Martolul_Core). Reason: Instability & potential resource conflict post-intervention.
[Unit_Martolul/OOM_Killer] Executing command: kill -9 M427
[KERNEL] ERROR: Signal 9 (SIGKILL) sent to self (PID: M427) by process M427 (oom-killer.service). Operation Aborted. Potential deadlock or recursive termination detected.
[KERNEL] OOM Killer Module v3.1 on Unit_Martolul (PID: M427) terminated abnormally. System intervention partially completed. Resource levels stabilizing.
(何だ!? 今度はマルトルル自身を消そうと……だが、例外? 中断した!? なぜだ…? 自分自身をKILLしようとして、矛盾による異常終了か……。理解は届かぬが、こいつは消滅を免れた。しかし――)
レザインは表示されたエラーログから、マルトルルへの強制終了プロセスは何らかの理由で失敗し、中途半端に終わったことを推測して驚愕した。
結果として、マルトルルの完全な消滅(還元)は回避された。しかし、彼が強力な世界の機能を起動し、その媒体となった反動は計り知れない。マルトルルの全身の鎧の亀裂からは、先ほどとは比較にならぬほど膨大かつ制御不能な神聖エネルギーが、黄金色の光の奔流となって溢れ出す。それは浄化の光であるとともに、彼自身が限界を迎え、不安定となった証でもあった。
レザインもまた、この予測不能な事態に言葉を失っていた。世界の機構、保護装置、その背後にある“神”。自分の知識体系を遥かに超えた現実が今、目の前で展開されている。そしてその中心にあるマルトルルは、消滅を免れたかわりに未知なるエネルギーを放出し続ける、極めて不安定な存在へと変貌しつつあった。




