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死霊術師と聖女  作者: よん


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21/27

4:5

 目の前で繰り広げられたのは、完全なる敗北だった。異端審問官チームは壊滅し、逃げ出した。院長タウルスも死んだ。残った私兵たちは、あのアンデッドの騎士と聖女の力に怯え、もはや戦意を喪失している。計画は破綻し、自身の破滅に繋がる証拠書類も敵の手に渡ってしまった。そして何より、あの忌まわしいアンデッドは未だ健在――。


(終わりだ…何もかも…! あの書類が中央に渡れば……いや、その前に「あのお方」に知られれば……!)


 ウォーザルの全身を、絶望的な寒気が襲った。このまま逃げ出しても、待っているのは破滅だけ。ならば……! 自暴自棄に近い思いが、恐怖をねじ伏せる。彼には、まだ最後の手段が残されていた。


「ふ、ふふ……これで終わりだと思うなよ……!」


 ウォーザルは狂気に歪んだ笑みを浮かべ、懐から慎重に一つの物体を取り出した。それは黒曜石のように鈍い光沢を持つ、奇妙な形状の杖だった。長さは腕ほどで、手元に握りとなる部分があり、先端近くの機関部と思しき部分には、脈打つ心臓を思わせる禍々しい装飾が施されている。さらに呪符が幾重にも巻かれ、それが内に秘められた強い力をかろうじて封じ込めているかのようだ。


「これは、秘宝『魂喰らいの心臓杖コル・デウォラートル』!」


 ウォーザルは、半ば自分に言い聞かせるように叫んだ。


「これを起動すれば、周囲のあらゆるエネルギーを吸収し、神にも等しい絶対的な破壊の力を、この先端から放射する! 高価な一度きりの使い捨てだが……貴様らを塵にするには十分すぎるわ!」


 -------------------------------------------------------------------------------


 その禍々しいアイテムが姿を現した瞬間、街の門の上から戦況を見ていたドウブの顔色が変わった。


(あれは……! まずい、早く離れなければ!)


 彼はウォーザルの意図、そしてそのアイテムの危険性を即座に理解したのだろう。自分まで巻き込まれかねないと判断したドウブは、ひるむことなく身を翻し、音も立てず城壁の内側へと飛び降り、全速力でその場を離脱した。


 -------------------------------------------------------------------------------


 ウォーザルはもはやためらいもなく、『魂喰らいの心臓杖』に巻かれた呪符を力任せに引き剥がした。


「これで終わりだぁっ! 貴様らも道連れにしてくれるわぁぁっ!!」


 封印が解かれるや、杖の心臓部がドクンッと禍々しく脈打ち始めた。低く不気味な鼓動が周囲に響き渡り、その瞬間から、空間のエネルギーが渦を巻きながら杖へと吸い込まれていく。


「ぐ…あ……? な、なんだ、これは…? 力が……吸い取られ……?」


 最初に悲鳴を上げたのは、杖を起動したウォーザルその人だった。彼の体から勢いよく生命力が奪われていく。顔はみるみる苦悶に歪み、皮膚は異常に乾燥し、生気は失われ、ミイラのように萎びていく。助けを呼ぼうと口を開けるが声にならず、苦しげな喘ぎだけがもれる。そして次の脈動と共に、ウォーザルの体は完全に石化し、苦悶と恐怖に歪んだ表情を永遠に刻んだまま、まるで岩塩で作られた醜悪な彫像のようにその場に固まってしまった。杖はその石化した手に絡まったまま、先端をプラナたちに向けて不気味な脈動を続けている。


 だが、それで恐怖が終わったわけではない。ウォーザルを失っても、『魂喰らいの心臓杖』の暴走は止まらず、自律的にエネルギー吸収を広げていく。


「うわぁぁ!」


「体が……! 動か……!」


 杖の近くにいた私兵たちが、次々とウォーザル同様に生命力を吸い取られ、叫び声をあげながら石や砂の塊へと変わっていく。死の波が円状に広がり、最初に犠牲となった兵士たちのすぐ外側にいた者も逃れられないまま悲鳴を残して変化していく。その影響は人間のみならず、地面の草も瞬時に枯れ、木々も急速に干からび、大地はひび割れていく。杖は周囲一帯を死の世界へと変え、内に破滅的なエネルギーを溜め込んでいった。心臓部の光は、吸収されたエネルギーとともにますます禍々しく輝き、キーンと音を高めていく。


 音が途切れたその瞬間、杖の先端から血色の破壊衝撃波が放たれた。それは、プラナとレザイン目掛けて一直線に飛ぶ。


 マルトルル(鎧)が発射直前、二人の前に立ちふさがった。鋼の巨体を盾とし、衝撃波を真正面から受け止める。


 ゴォォォン――!


 凄まじい衝撃に、マルトルルの体は大きく後退し、足元の地面がえぐれる。鎧はきしみを上げながらも、彼は倒れない。


「マルトルル!」


 プラナが叫ぶ。


 杖はふたたび脈動を始め、エネルギー吸収を再開した。


「させない!」


 プラナは光の矢を放つが、矢もまた吸い込まれてしまう。


「そんな……!?」


 今度は最初よりわずかに長い溜めとなっている。しかし、吸収範囲も明らかに拡大し、威力が高まっていくのが、その波動からわかった。


(いけない……このままでは街まで…!)


 プラナは恐怖に目を見開く。


 二度目の衝撃波が放たれる。


 ゴォォォン――!


 マルトルル(鎧)は再び正面から受け止めるが、衝撃は更に強く、その巨体は大きく揺らぎ、膝をつきかける。


 三度目のチャージ。今度はさらに時間を要し、吸収範囲は拡大し、溜め込まれるエネルギーも飛躍的に増していった。


(あれを受けたら、マルトルルでも……!)


 レザインも息を呑む。


 最後の悪あがきと知りつつも、レザインは近くに転がった院長タウルスの遺体に目を向け、右腕の焦点具ブレスレットに全魔力を注いで、即席の死霊術を強引に行使した。


(起きろ!意志なき肉人形よ! そして、あの禍々しい杖を止めろ!)


 命令に応じてタウルスの遺体がギギギ、と軋むような音を上げ動き始める。その動きは鈍く、到底生者のそれではない――即席のゾンビだ。ゾンビとなったタウルスは命令通り、暴走する魂喰らいの心臓杖に向かってよろめきながら歩く。


 だが、その試みはあまりに無力だった。ゾンビがエネルギー吸収範囲に踏み込んだ瞬間、その体さえも杖は容赦なくリソースと見做して凄まじい勢いで吸収し始めた。ゾンビは杖に近付く間もなく、数歩進んだだけで急速に腐敗し、肉は崩れ落ち、骨までも塵と化した。


「くそっ、手が出せねえ!」


 レザインは歯噛みし、無力感に打ちのめされた。もはや妨害の術は何もない。


 そして、三度目の衝撃波が放たれる。


 バキン!


 マルトルル(鎧)の胸部装甲に、大きな亀裂が走る。


 ドクン――。四度目のチャージが始まり、チャージ音はもはや咆哮のようだ。吸収範囲はさらに広がり、もう逃げ場はない。心臓部は太陽のように禍々しく輝き、この次の一撃が放たれれば、マルトルルはおろか、エイティの街までも無事では済まないだろう。


(だめ……! マルトルル!!)


 プラナが絶叫した。


 そして、四度目、最大級の衝撃波が放たれる!


 バキィィィィン――!


 甲高い破壊音と共に、マルトルル(鎧)の体は木の葉のように軽々とプラナの前へ吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた。鎧は今にも砕け散りそうなほどにひび割れ、兜の奥の赤い光は完全に消えた。そして彼は――全ての動きを止め、沈黙した。


「マルトルルッッ!!!!」


 プラナの絶望的な叫びが、死にゆく空間に響き渡った。彼女の目の前で、絶対的な守護者が、今度こそ完全に沈黙したのだ。


 レザインもまた、その光景に言葉を失った。ウォーザルは自滅したが、残された禁断のアイテムはまだ暴走を止めず、その脈動は続いている。そして次の一撃が放たれれば、自分たちだけでなくこの街すら消滅してしまうであろう。


 一行は絶対的な守護者を失い、今まさに本当の、そして広範に及ぶ絶体絶命の危機に直面していた。



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