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「ようやく見つけたぞ、聖女気取りの小娘と異端者どもめ!」
ウォーザル大司教の、憎悪と歪んだ高揚感に満ちた声が、包囲された空間に響き渡った。松明の赤い光が、その醜悪な笑みを不気味に照らし出す。
「ウォーザル大司教……!」
プラナは聖印を握りしめ、その名を呼んだ。
「あなたの悪事は、すでに明らかになっています! 神の御前で、その罪を悔い改めなさい!」
「ふん、神だと? この期に及んでそんな戯言を!」
ウォーザルは嘲けた。
「神がお前を救ってくれるものか! それとも、そこにいる薄汚い術師か? あるいは、あの鉄塊か?」
彼の視線が、侮蔑とともにレザインとマルトルル(鎧)に向けられる。
「へっ、随分な自信じゃないか、強欲な大司教」
レザインは挑発的に口の端を上げた。
「その自信がいつまで続くか、見ものだな」
「貴様……! その口の利き方、後悔させてやる!」
ウォーザルの顔が怒りでさらに赤黒くなる。
「かかれ! あの異端者どもを一人残らず捕らえろ! 抵抗すれば殺せ! ただし聖女だけは生かしておけ!」
ウォーザルの号令とともに、数十人の私兵たちが鬨の声を上げ、槍や剣を構えて一斉に動き出す。
「お待ちください、ウォーザル猊下」
だが、その私兵たちを押しとどめるように、異端審問官長バルドゥスが一歩前に進み出た。機先を制されてウォーザルが顔をしかめる。
バルドゥスの手には、仰々しいほど巨大なバトルハンマーが握られている。
「小娘! そして異端の術者よ!」
バルドゥスは憎悪に顔を歪め、マルトルル(鎧)を睨みつけて叫んだ。
「前回の屈辱、ここで晴らさせてもらうぞ!」
彼はその武器を誇示するように持ち上げ、その重さを感じさせない動きを見せた。そして、まるで戦場での演説のように語りはじめる。
「ふははは! この『破砕槌』を見よ!! 我が異端審問局が誇る至宝! 古代の技術と神聖なる力を融合して開発された、対災厄級異端制圧用の究極の破邪兵器だ! 先端の杭打ち機構は魔力で駆動し、神の怒りを打ち出す一撃は、あらゆる魔法障壁も古竜の鱗さえも容易く打ち砕く! この『破砕槌』の前では、お前の忌々しい鉄屑の体など赤子の玩具同然! これで跡形もなく粉砕してくれる! さあ、ひれ伏せ神罰の鉄槌を前に……そして――」
バルドゥスの演説は、周囲の私兵や部下の審問官たちが思わず引くほど長く続いた。どうも前回マルトルルに叩きのめされた記憶から、躁状態に陥っているようだった。
「バルドゥス! もういい、とっととやれ!」
ついにウォーザルが痺れを切らして怒鳴った。
「はっ、失礼いたしました!」
バルドゥスは我に返ると、部下たちに命じる。
「いいか、神聖魔法は使うな! あの鎧には逆効果だ! 兵どもは鎧の動きを止めろ! 聖女と術者を近づけさせるな! 我々審問官は、この『破砕槌』であの鎧を仕留める! 他の者どもはその後に処理しろ!」
(対災厄級異端制圧用? 当たれば確かにマルトルルには脅威だが……)
レザインはバルドゥスの長い解説を聞き流しつつ、冷静に状況を分析していた。
(神聖魔法を控えるなら、好都合だ)
彼は右腕の篭手の内に装着したブレスレット型焦点具に意識を集中し、背後に控える子供たちのゴーストへ念話で指示を送った。
(お前たち、出番だ。あの銀と黒の服の審問官と周囲の兵士たちに、恐怖と疑念、後悔を植え付けてやれ。お前たちの敵だ、お前たちの怒りを解き放て!)
バルドゥスの号令とともに、前衛の私兵がマルトルル(鎧)に襲いかかる。プラナは即座に
「守護の祈り!」
と叫び、聖印の光が鎧を包み込む。彼女自身もレザインの隣に立つ。
同時に、レザインの放った子供たちのゴーストが、戦場に出現した。神聖魔法の妨害がない今、ついに復讐の機会を得た彼らは、自由に飛び交い始める。
「うわっ!」
「なんだこいつら!?」
審問官や私兵たちは、ゴーストの出現に動揺した。ゴーストは彼らの精神へ直接干渉を始める。ある兵士は、死んだはずの母の幻影に戦意を喪失し、ある審問官は仲間が自分を裏切ると強く疑い、剣を向ける。また別の者は、無数の手が地面から伸びてくる幻覚に泣き叫び、その場に蹲った。戦場は瞬時に混乱と恐怖で満たされ、同士討ちすら発生し始める。
特に院長タウルスと取り巻きには、案内役の女の子を含む複数のゴーストが執拗にまとわりついた。彼らの耳元では、かつて自らが浴びせた罵声や子供たちの悲痛な叫び声が幻聴となって響く。目の前には、虐待し見殺しにした子供たちの、恨みを宿した幻影が立ち現れる。
「ひぃぃ! やめろ! あっちへ行け!」
「俺じゃない! 院長の命令だ!」
タウルスと取り巻きらは錯乱し、互いを敵と誤認したのか、それとも恐怖から逃れるためか、同士討ちを始める。レザインはそれを冷やかに見つめていた。
(……まあ、自業自得だな)
混乱のなか、タウルスは取り巻きの振るった鈍器に当たり、あっけなく絶命した。
一方、意気揚々と『破砕槌』を構えて狙い澄ましていたバルドゥス自身も、ゴーストの精神攻撃から逃れられない。脳裏には、礼拝堂での惨敗の光景が繰り返し再生され、ウォーザルによる侮蔑的な叱責の幻聴が満ちる。
『役立たずめ!』『審問官長の名が泣くわ!』
「だ、黙れ! 私は負けていない! 今度こそ……今度こそ奴を粉砕するのだ!」
彼は必死に気を保とうとするが、『破砕槌』を握る手は震え、的を定めることすらできない。その自信は、ゴーストによって内側から崩されていた。
その間にも、前線ではプラナとマルトルル(鎧)が着実に敵の数を減らしていた。プラナは的確に光の矢を放ち、私兵たちの武器を浄化し威力を削ぎ、あるいは行動を鈍らせる。マルトルル(鎧)は圧倒的な物理攻撃で、押し寄せる敵を次々となぎ倒す。その動きはプラナの支援もあり、より洗練されているように見えた。
「も、もう駄目だ……!」
「審問官長! しっかりしてください!」
「駄目だ、逃げろ!」
指揮官バルドゥスが機能せず、味方は同士討ちと精神攻撃で混乱し、目の前のアンデッドは異常な強さを示していた。異端審問官チームは、もはや完全に戦意を喪失した。彼らは、ゴーストの見せる恐怖の幻影やマルトルルの次の一撃を恐れ、武器を捨ててバルドゥスを引きずりながら無様に退散した。バルドゥスは最後まで叫んでいたが、その声は恐怖と屈辱にかき消された。自慢の『破砕槌』は、振るわれることさえなく、その場に置き去りとなった。
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ウォーザルは、その信じられない光景を包囲網の後方から呆然と見つめていた。切り札として送り込んだ異端審問官チームが、またしても敗れた。しかもゴーストのような存在により内側から崩壊し、無様に敗走していくとは。タウルスも死んだ。
「馬鹿な……なぜだ……なぜこうなる……!? あの審問官たちは何をしていたのだ!」
計画は完全に、そしてみじめに崩壊した。もはや残された手立てもない。ウォーザルの顔から血の気が引き、絶望的な怒りと焦りがその表情を覆っていた。
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その一部始終を、ドウブはエイティ西門の城壁上から夜風に吹かれながら冷静に見下ろしていた。眼下で繰り広げられた異端審問官チームの無様な敗走、怒りと絶望に震えるウォーザル大司教の姿。彼の唇には、かすかな嘲笑が浮かんでいた。
(……見事な連携だ。聖女の支援、鎧の物理攻撃、術者のゴーストによる精神攻撃――効率的で実に厄介だ。バルドゥス審問官長は、完全に精神を折られたな。そもそも前回、神聖魔法が効かぬ鎧と戦っておかしくなっていたか?)
ドウブは一連の戦闘と結果を、いつも通り冷静に観察・分析する。
(ウォーザルの駒は、これで打ち止めだ。門を閉じて退路を断ったのは正解だったな。扱いやすかった衛兵隊長にも骨を折ってもらったが、これでウォーザルはもう後戻りできまい。いよいよ、『アレ』の出番が近いか……それとも――)
彼は、戦場で今も圧倒的な存在感を放つマルトルル(鎧)と、隣で凛々しく立つ聖女プラナ、そしてゴーストを操る黒服のレザインへと冷たい視線を向けた。事態は、いよいよ予測不能で、興味深い方向へと転がり始めていた。




