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死霊術師と聖女  作者: よん


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18/27

4:2

 騒動から一夜明けた昼過ぎ、港町エイティに到着したウォーザルは、まず港の西倉庫へと直行した。私兵団を伴い、地下へ続く破壊された通路を進む彼の顔には、隠せない焦りと怒りが浮かんでいた。そしてオークション会場跡地、さらに奥の収容施設を目の当たりにした瞬間、その怒りは絶望に近いものへと変わった。壁は崩れ、「商品」を保管していた檻は破壊され、床には血痕と無惨な警備員たちの亡骸――自分の築き上げた秘密の金脈の一部が、完全に破壊し尽くされていたのだ。


「おのれぇぇぇ……!」


 彼の叫びが瓦礫の中にむなしく響く。


 そこへ、取り巻きに支えられて院長タウルスが青白い顔で現れた。頭には包帯を巻き、その目は恐怖に泳いでいる。


「げ、猊下……! も、申し訳ございません……!」


「タウルス! この惨状は何だ! 説明しろ!」


 ウォーザルはタウルスの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄る。


「そ、それが……聖女が……いえ、あの忌まわしい鎧の騎士が……!」


 タウルスは怯えながらも、昨夜の出来事を語った。そして、最後に震える声で付け加えた。


「そ、それだけでなく、奴らが去った後、確認いたしましたところ……金庫室が破られ、保管していた帳簿やリスト、通信記録など重要書類が、すべて持ち出されておりました……!」


「なんだと……!?」


 ウォーザルの血の気が引く。書類まで奪われた? あれが明るみに出れば、自分の地位はおろか、命すら危うい。


 あのお方になんと言い訳すればいい……。もはや後がない。絶対に奴らを捕まえ、書類を取り返さねばならない! 彼の怒りは、今や破滅への恐怖に煽られ、ますます燃え上がっていた。


「……今すぐ街の“関係者”を全員ここに集めろ! 衛兵隊長もだ! 一刻も早く!」


 ウォーザルはタウルスに厳命した。


 ほどなくして、地下の広間にエイティの裏と表を動かす者たちが集められた。院長タウルスとその腹心たち、港の荷役や闇市場を仕切るマフィア『黒蛇』の幹部――派手な絹の服をまとい、背後に屈強な用心棒を従えた恰幅の良い男。そしてウォーザルの事業から多額の賄賂を受け取り、その活動を見て見ぬふりをしてきた町の衛兵隊長。彼らは皆、ウォーザルの怒気と、地下施設の惨状、そして切迫した雰囲気に、緊張した面持ちで控えていた。壁際では、いつも通り無表情なドウブが、その様子をじっと観察している。


 ウォーザルは集まった者たちを睥睨し、もはや尊大な余裕もなく、荒々しい声で宣告した。


「聞け! 昨夜、この街で由々しき事態が発生した! 教会を愚弄し、我々の“事業”の根幹を揺るがす不届き者――聖女プラナと、それに付き従う黒服の男、そして死んだはずが蘇ったアンデッドの騎士――が、我々の重要な“記録”を持ち出し、この街のどこかに潜伏している!」


 彼はプラナたちの外見的特徴、とくにマルトルル(鎧)の異常さを強く描写し、説明した。


「貴様ら全員に命じる! 全ての組織、すべての手下を動員し、街の隅々まで捜索せよ! ネズミ一匹逃さぬよう、厳重な包囲網を張れ! 何としても奴らを見つけ出し、書類を取り戻すのだ!」


 ウォーザルの必死さが伝わったのか、場に一層の緊張が走る。最初に口を開いたのは、マフィア『黒蛇』の幹部だった。落ち着いた態度を見せつつ、計算高い目が光る。


「大司教猊下、お困りのご様子、お察しいたします。街の不審者を洗い出すことには我々も異存ありません。ただ、相手は聖女と、報告にあったような異常なアンデッド。正直、我々でも手に余ります。情報は集めましょう。見つけ次第ご報告いたします。それ以上の協力は、今後の“お付き合い”次第、ということで……よろしいですかな?」


 彼の言葉には、見返りを求める駆け引きが滲む。


 続いて、衛兵隊長が冷や汗を流し、視線を泳がせながら口を開いた。明らかに、厄介事には深入りしたくない様子だ。


「は、はっ、猊下! 我々衛兵隊も、街の治安維持には全力を尽くします! 不審者の情報があれば、すぐに対応いたします! ですが、その……聖女様とアンデッドとなると、我々が直接事を構えるのは……市民の安全も第一に考えねばなりませんし、マフィアの方々との兼ね合いも……」


 彼は保身をにじませながら、行政府としての苦境を示唆した。


(この役立たずめが……)


 ウォーザルは内心で激しく舌打ちしたが、今は彼らの協力がなければ、広いエイティの街でプラナたちを見つけ出すのはほぼ不可能だ。


「……よかろう!」


 ウォーザルは焦りを抑えて妥協した。


「衛兵隊は街の警備を強化し、報告を怠るな! 黒蛇は情報収集に全力をあげろ! タウルスは部下を使い、奴らが潜伏しそうな場所を虱潰しに調べろ! いいか、奴らを見つけ出すのだ! 我々の破滅がかかっていると思え!」


 その最後の言葉には、もはや脅しというより、懇願に近い響きが宿っていた。協力者たちは、ウォーザルの尋常ではない様子から、事態の深刻さを改めて認識したようだった。


 衛兵隊長は顔を引きつらせ、どもりながら応じた。


「は、ははっ! か、かしこまりました、猊下! 全力を尽くします!」


(面倒事に巻き込まれたくない、という本音が見え見えだ……)


 ウォーザルは腹の中で毒づく。


 マフィア『黒蛇』の幹部も、落ち着いた調子で、しかし計算高い光を宿して告げる。


「承知いたしました。情報は迅速にお届けしましょう。我々のできる範囲で、ですが」


 その言葉にも、協力への見返りと一線を画す思惑がにじんでいた。


 院長タウルスは恐怖に震え、意味のある言葉も発せず、ただ必死に頷くのみだった。


「よし、行け! 今すぐだ!」


 ウォーザルの号令で、協力者たちは足早に地下施設を後にし、それぞれの持ち場へ散っていった。


 彼らが去ったあと、ウォーザルは崩れた壁に手をつき、荒い息を吐く。


(どいつもこいつも、信用できん……だが、これで網は張られた。あの書類が外へ出る前に、必ず――!)


 彼の顔には、怒りや焦りだけでなく、破滅への恐怖がはっきりと浮かんでいた。エイティの街全体に、大司教の必死の捜索網が急速に張り巡らされようとしていた。




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